番外編 穂村荘RPG
「やっぱり一番興奮するのは、剣と魔法の世界に飛ばされたときだなぁトム先輩」
「サンドイッ〇マンの掴みをパクるんじゃないよお前は」
重厚な甲冑に身を包んだ我が後輩。宮野悠奈は、初っぱなからアクセルを踏み砕いてきやがる。
「やけにテンションが低いじゃないか。痛いのは嫌なのか?」
「痛いのはもちろんだけど、疲れるのも難しいのも、さらには頑張るのも嫌いなんだよ俺は。引きこもりゲーマー舐めんな」
「そうか。ならばここで待っているといい」
「しれっと置いてかないで?」
歩くペースを早める宮野に置いて行かれないよう、重い体を前に進める。
細かい説明は省くが、ここは剣と魔法、およびモンスターの存在する世界。その世界で俺たち五人は冒険をする。ということになった。
マヤさんがやけに乗り気だった。ということを言えば、なぜこうなったか理解してもらえるだろうか。……ま、どうあれもう下がれないんですけどね。
冒険をするには、パーティーを組む必要がある。俺たちは最初から五人いたので、人数は問題なし。大変だったのは、誰がどの役割につくか。
なんといっても、女性と男性の比が4:1である。まさか俺が後衛に下がるわけにもいくまい。
全自動で剣士になることが決定した戸村くん。いやマジで、辛いの無理なんすよ俺……。
一人で前に出るの嫌だなぁ。怖いなぁ。と思っていたら、自らパーティーの盾に立候補した漢(女子)がいた。それが宮野である。わりかし才能があるらしく、パラディンのおっさんから気に入られてた。
俺? 柄悪い剣士たちと地獄の日々を送ってたよ。「うりぃぃいい!」って叫んでた記憶しかねえ。Sっ気の強いお姉さんはファンタジーの中でもファンタジーなのかな。
残る三人は後衛職。まあ、攻撃を受けにくい場所からサポートをする役割だ。
マヤさんが黒魔術師。火とか雷を落としまくるらしい。俺ごと消し炭にされそうだぜ。
七瀬さんが白魔道士。回復を担当してくれる。心の回復も、ほぼ彼女頼りである。
古河は狩人。「自分で食材を集めてみたかったんだよねえ」とのことである。
それぞれが訓練を受け、今日、再集合の日になった。というわけだ。
「レディを待たせるなんていい度胸じゃない」
「はっ、すまない! ボクとしたことが」
「お前も区分上はレディだろ」
ナチュラルに紳士的な振る舞いをしそうになる宮野。俺がツッコむまでワンセット。どこに来ても変わらんね。
「それで、真広はどんなヒノキの棒を使うの?」
「俺の武器が金属製じゃダメですか?」
「違うわよ。縛りプレイ」
「命賭けてやることじゃないんだよなぁ」
軽くて扱いやすく、鈍器としてはわりと優秀かもしれないが。耐久性という面では不安が残る。壊れたらどうすんだよって話。
「そういうマヤさんは、どんな即死魔法を覚えたんですか?」
「真広特攻」
「需要が狭すぎる。あと怖い」
「だ、大丈夫です。私が蘇生できますっ!」
「無限ループ?」
命の輪廻が完成しちゃったよ。
「古河は?」
「毒キノコは避けられるよ!」
「せめて動物を狩ってくれ」
戦闘があるんだよ戦闘が。くっ、のほほんとした顔してやがる……。
「っていうか七瀬さん、蘇生できるのすごくない?」
ほんの少しの期間で極めすぎでは? 俺とかまだ、一般成人男性くらいの力しかないんですけど。
「はい。でも、うっかり生かしすぎちゃうことがあって……」
「待って怖い。聞きたくない匂いがぷんぷんする」
生かしすぎちゃうってなに? オーバーキルの対義語ですか? にしてもわからんが。
「落ち着きなさい真広。こっちは殺しすぎれるわ」
「仲間としては大変好ましいんですが、なんですかね。後ろは歩かないでもらえます?」
「背中はトム先輩に任せろ。ということだな」
「もうそれでいいよ」
ということで、探索の列は俺が一番後ろになった。集団登校の副班長ポジションだ。班長は宮野。
当然だが、街を出たら二歩でモンスターとエンカウントする。みたいなことはない。モンスターを倒したらお金がドロップすることもないし、売れるような戦利品なんてほぼない。
依頼を受けて、それをこなしてお金を貰うのだ。依頼は街が出すもの地主が出すもの、様々あって、結果として周辺のモンスターが減らされている。ということらしい。
ので、道中はほぼピクニック気分である。
「こっちの食べ物は、料理が難しいんだよねえ」
「古河をもってしてもか」
「うん。野菜も熱で固くなっちゃうみたいで。タンパク質が多いせいなんだと思うけど」
「ぜんぶ大豆みたいな?」
「そう。そんな感じらしいよ。だから弱火でコトコト煮ないとダメなんだけど。火も一定にするのが難しいし。キッチンが恋しいよぉ」
「大変そうだな」
「戸村くんは、なに食べてたの?」
「焼いた肉」
「焼いた肉」
沈黙が流れて、うーむと唸る古河。
「君はあれだねえ。あんまり食べ物に執着ないもんね」
「正直な。食べられればいいって節はあるけど」
「けど?」
「古河の飯は食いたいな」
「私も」
だな。と返して軽く笑う。彼女の料理を一番楽しみにしているのは、間違いなく彼女自身なのだ。それこそが古河水希の原動力である。
和やかなムードで歩くが、それも街を離れるにつれて大人しくなっていく。
不気味なのだ。周囲に感じる気配が、明らかに人や獣のそれではなくなる。邪悪で粘着質な、危険なものへと変わる。
「先輩。今日の依頼って、なんでしたっけ」
「森に住み着いたワームの巣を破壊することだよ」
「ワームって、細長いのですよね」
「残念ながら、太長いやつらしい」
「無理かもしれないです」
「ま、弱いらしいから後ろで見ててよ。宮野がなんとかしてくれる」
「先輩は活躍しないんですね」
「想像できる? カッコよく戦う俺。ちなみに俺はできない」
厨二病も期限切れだ。多少の後遺症はあるものの、自分に無限の可能性があるとかはない。右腕に魔物もいない。目も邪眼じゃない。伝説の剣は抜けない。
「ワームは木を主食にするらしいのでな。開けた場所があるらしい」
「木って美味しいのかな」
「早まるな古河」
「食べないよ?」
え、食べないんですか? マジで食うかと思った。この問題、古河検定一級に出せる難易度だ。
「要するに、キモいだけで簡単なクエストってことね。余裕よ余裕」
「マヤさんそれ、よくないフラグ立つからやめましょう?」
「フラグなんてあるはずないじゃない。いつの時代に生きてんのよあんた。これからはへし折ってなんぼの時代なの。メタっていきましょ」
まさに恐れ知らず。マヤさんの心臓、毛が生えてるとかそういう次元じゃない。勝手に出歩いててもおかしくないレベルだ。は?
そんな彼女は、もう一人の勇者たる宮野と並んで先頭を行く。
そしてとうとう、開けた場所に出た。
「「「「「…………」」」」」
五人揃って押し黙る。
開けた場所には、確かにワームの巣があったらしい。過去形。もうない。
今、そこにいるのは――
「ドラゴン?」
ギロッと、巨大な眼球が俺たちを見据える。巨大なトカゲのような、翼のある生物。一口で並の人間なら、体半分はもっていかれそうだ。
「これ、逃げられるやつか?」
「ボクは装備が重いから、絶対に無理だろうな」
「やるしかなさそうね」
「フラグのせいですよこれ」
「…………」
珍しく返事がない。マヤさんも気にしているらしかった。
「ま、やりますか。経験値はうまそうだ」
「おう」
前衛二人で前に出る。ガシャンと音を立てるのは、宮野の装備。俺のはほぼ革の防具なので、軽くて静かだ。ただし、まともに食らえば……はい。
幸いなことに、ドラゴンは小さめ。このサイズなら戦えると、訓練してくれたおっさんにも言われている。さんきゅーパッパ。
陣形を組んで、睨み合う。
「……あれ、古河は?」
ふと確認すると、姿が消えている。
次の瞬間、ドラゴンが苦悶の声を上げる。直前に目に映ったものから、矢による攻撃だと気がついて、それが誰のものかまで理解。
戦慄したように、マヤさんが口にする。
「聞いたことがあるわ……ドラゴンの肉は、美味しいって」
「どういうバフですかそれは」
WoW! WoW! って感じのやつかな。
「ま、先制したのはでかいか」
無駄口を叩きながら、前に走る。訓練の賜だ。怖くても足が動く。いや、めっちゃ怖いんすよ。だからいろいろ考えて、紛らわせてるだけで。
で、俺の仕事はけっこう大事。まずは古河へのヘイトを逸らさないといけない。
ポケットから小さな塊を取り出し、前へ放り投げる。同時に空いた手で、軽い炎の魔法。
「せっかくドラゴンとやるなら、考えときゃよかったな――カッコいい決め台詞!」
塊へと着火、瞬間、激しい音と共に弾ける。
こっそり材料を買い集め、作っておいた音爆弾。苛立ったドラゴンが尻尾を振り回す。
「やるなトム先輩!」
颯爽と現れ、受け止めるのは宮野。頼もしさが尋常じゃない。
「そっちこそ、完璧すぎて怖いよ」
「センスだけは、昔っから恵まれているのだ」
横目でしかわからないけど、こう、体の使い方というか。衝撃のいなし方が様になっている。サーファーが波に乗るくらい、簡単なことに見える。
「足一本もらうわよ」
後ろから声がして、ドラゴンの動きが鈍った。右足を軸にして、がくんと全身が傾く。
「重力操作が得意なのよ。さっさと片付けなさい」
「俺以外強くないですか?」
このままじゃ追放される日も近い。ガチの無能だもんな。
俺ももうちょい頑張らないとだ。
ナイフを取り出して、投げつける。ダーツに似ていると言えばいいのだろうか。ちなみに俺、ダーツやったことないです。
皮膚の柔らかい部分は、古河が攻撃した場所から推測できる。三本投げて、一本刺さった。
「トム先輩、あれは?」
「神経毒。麻痺って違和感でりゃ御の字だ」
「剣はいつ使うのだ?」
「気が向いたらだよ」
俺は自分の剣術を信用していないのでね。必要とあらば壁にはなるが、それ以外で頑張ろうとは思わない。いや、成長しようとは思ってるんだけども。
これじゃ剣士ってより盗賊だ。戦い方が汚いったら。
下位のドラゴンは火を噴かない。マヤさんと宮野のおかげで、相手の動きは鈍い。俺が意識を攪乱して、外からちくちく古河が体力を削る。
陣形は完璧に機能していた。
だが、それにしても。
どこも痛くないんだよな。
避けてはいるが、掠りはするし。倒れるようなことも一度や二度ではない。
なのに、どこも怪我をしてる感覚がない。
もしかして、これ……。
「七瀬さんのおかげ?」
「はい。回復魔法は最初にかけておきました。しばらくは怪我をしても、すぐに治ります」
「生きすぎるって、持続回復のことか」
まったくもって末恐ろしい子だよな。今度俺に教えてくれないだろうか。こっちじゃ俺のがよっぽど生徒側だ。
「なら、安心して剣士やれそうだ」
やっと抜いた剣を片手に、前へと突っ込んでいく。おっさん達から学んだ蛮族剣術。品性はママのお腹に置いてきたんだよなぁ!?
泣く子も黙るオラオラ剣術で、斬ると言うよりは叩く叩く。マヤさんに言われたとおり、ヒノキの棒でも変わらんかもしれない。
だが悲しいかな。蛮族剣術は雑魚相手にしか効果がない。ドラゴン相手に、致命傷は与えられないのだ。古河もその点においては同じ。
弱らせて逃げるしかないか。
そう思い始めた矢先、マヤさんがふらっと前に出た。
「真広、悠奈、下がりなさい」
背の高い杖を持って、ツカツカとドラゴンへ近づいていく。疲弊しきった敵は、辛うじて最後の抵抗をしようとする。
が、
「これが私の、即死魔法よ」
振り上げた杖を、真下へ降ろす。
グシャリと卵を落としたような音が響いて、あたりが静寂に包まれた。
くるりと振り返るマヤさん。落ち着いた表情。
「重力操作の応用よ。杖の先端を重くして、叩きつける技【メガトンストライク】」
即死魔法(物理)ってマジ?
◇
「――という夢を見たんですよ」
マヤさんとの呑みで、酒のつまみにした話だ。脳にアルコールが回っているせいか、いつもより長くなってしまった。
あるいはマヤさんが、思ったより真剣に聞いてくれたからか。
「……で、いつ真広は裏切るのよ」
「なにが悲しくって自分を悪役にしなきゃいけないんですか?」
「見たいわぁ悠奈と対峙する真広。泣きながら真広を斬る悠奈と、後ろでほくそ笑む私」
「宮野気をつけて。黒幕は後ろにいる」
「あとは、水希の覚醒とか」
「十分強かったでしょ」
「まだ腕が二本しかないじゃない」
「覚醒したら生えてくるんだ。スティ〇チかな?」
「天〇飯もよね」
「どちらにせよ化物なんだよなぁ」
古河のそんな姿見たくないよ俺。
「アンデッドになって再び現れる真広」
「使い回されると来た。蘇生されて改心フラグですかね」
「今度こそ私の手で葬るわ」
「なんか重大な秘密を握ってたんですかね、俺」
「実家で『結婚はまだか』と言われるストレスの矛先よ」
「理不尽すぎる」
「覚醒する悠奈」
「なんで?」
「闇堕ちする柚子」
「やめて?」
「そして世界は、光の勢力と闇の勢力に二分されるのよ」
「マヤさんの鬱憤で俺がやられてしまったばかりに……」
「水希は街で定食屋を始めるわ」
「ハッピーエンドの範囲が狭い」
「続きはこんな感じでどうかしら」
「ダメですね」
「注文が多いわよ」
「欠陥が多いからですって」
350ミリリットル缶を傾けて、残ったぶんを流し込む。
「ま、また機会があったら」
もし200話いったら、またなにかやりたいです
次回から夏3章
らぶこめの「ら」