1、本の檻
この連作短編は森博嗣先生から影響を受けたものになっています。そういったものが苦手な方には読まないことを推奨します。
「どうして君は僕に付きまとう?」
「特に理由なんてないの。鳥がいちいち止まり木を選ぶと思う?」
生産性の無い質疑が積み重なっていく。そもそも会話に生産性などあるのだろうか。一瞬の閃きまでの距離を論理で埋めて、それを言葉に包んで相手に届ける。お歳暮の贈り合いみたいな行為だ。ならば、僕らのことだって社会が許してくれるだろう。
「あなたは何を望んでいるの?」
「簡単に言えば、自分の中に箱庭を作ることだよ」
「それにはどんな意味があるのかしら?」
「人間っていうのはシールドが強固になるほど、中身は脆弱になっていく。あるいは時代の速度に付いていけなくなる。それを防ぎつつ、防御を固めるには自己完結を目指すしかないんだ」
こんなのは言い訳に過ぎないとわかっている。言い訳でも並べなければたちまち崩壊してしまう程度の僕しかいないのだ。しかしそんな自分のどこに拘泥する価値があるだろう。それを信じることが生きる意志と呼ばれる幻想を持つことなのかもしれない。
「君はどこで僕のことを知ったの?」
「知ろうと思えばどこにいても必要な情報を得ることができるわ。ただ必要な労力が違うだけ」
なるほど、そうだろうと思った。はぐらかされているのか、彼女なりのジョークなのかは知らないが、どちらにせよ気の効いた答えだ。
「ねえ、気づいてる?」
「何に?」
周りを見渡すと、書棚が増えていた。透明人間がやってきて、書棚を増やしていったのかもしれない。
「棚が増えているね。それに中の本も増えている」
「そうね。まるで私たちの言葉が自動書記されてるみたい」
彼女はそう言ったが、実際に自動書記されているのだと言うこともできる。
「これがあなたの望んだことかしら?」
「そういう言い方もできる。僕が望むのはもっと先にあるけれど、その初期段階には違いない」
そう話している間にも、本は僕らが発する言葉の二乗に比例するくらいの速度で増え続けていっている。このままなら、完成は近いだろう。そしてキーは彼女だ。彼女が箱庭の完成に決定的な役割を果たすことになる。
「本が消えていってるけれど?」
「消えていってるんじゃない。集束しているんだ。」
部屋中の本が徐々に集まり、シェルタのような形をした一冊の小説になった。本と呼ぶには奇形だけど、本の形状についての定義なんか僕は聞いたことがない。
「さあ、この中で暮らすんだよ」
「ええ、あなたが望むならそうしましょう」
僕が問い、
君が答え、
君が問い、
僕が答え、
そうして積み重なった言葉は
やがて一冊の小説となって、
僕らはそこで暮らすことになった。