09話 竜、再び
21世紀では有名な話だが、地球の大陸は年間数cmずつ動いている。このほんの少しの移動が数十万・数百万年単位で積み重なり、大地の形を劇的に変えていく。
ここ最近の地球では複数の大陸が移動し衝突し、標高1万m近い大山脈を形成していた。しかし大陸の衝突は大山脈を作るだけではない。地上ではなく地下にも大山脈を作る……つまり岩盤が大きく大きく沈み込んでいっていたのだ。
これが地球史上最大規模の大噴火の原因だ。
プールに飛び込んだり風呂に固形入浴剤を投げ込んだりすると、水しぶきが上がる。原理的にはそれと同じである。
重く大きなモノを液体に投げ込むと、それだけ大きな水しぶきがあがる。地球の核を成すドロドロのマグマ溜まりに大山脈クラスの岩の塊を落とせば、反動で吹き上がるマグマのしぶきも想像を絶するものになる。
ドワーフ地質調査隊によって破滅的噴火『スーパープルーム』が起きる時期は予測できていた。噴火の中心地に住んでいた者達を避難させ、災害に備える。
そしてやってきたスーパープルームはここ数億年で最大規模の大異変だった。
大地が鳴動し、数十キロに渡って裂けた長大な傷跡から雲を突き抜けるほど高々とマグマのカーテンが吹きあがった。丸一日噴き出し続け収まったかと思えば、数日から十数年の間を置いてまた噴き出す。マグマカーテンの高さは噴火のたびに低くなってはいったものの冷えて固まった溶岩は数キロの厚さの地層を形成するほどになった。
マグマと共に撒き散らされた火山灰と火山ガスも相当の量だった。空は灰色に霞み、温室効果ガスで地球の気温は上昇。気温の上昇によって海底のメタンハイドレートが溶けだし海が泡立ち、放出されたメタンガスがまた地球を暖め気温が上がり、ますますメタンハイドレートが勢いよく溶けていく。
新しい種族であるエルフは世界の終わりかと恐れ戦いていたが、古い時代やその伝承を知る種族は心得たものだった。
全世界で川と湖の水が枯れ、空気組成が変わって生物達が酸欠に喘ぎ、南極と北極の氷が全て溶け常夏になった程度ではまだ生ぬるい。せいぜい地球の平均気温は30~50℃ぐらいなものだろう。
クソデカ隕石が落ちてきて岩盤がめくれ上がり、蒸発した岩石蒸気が蔓延してた時代なんて平均気温3000℃ぐらいだったぞ。その1/100の気温で大騒ぎするなんて全く馬鹿馬鹿しい。
慌てていたエルフ達も千年ほど経ち二、三回世代交代すると落ち着いた。
気温の激変と真水の激減、酸素濃度の急激な低下により繁栄していた生物達の九割強が姿を消したが、滅竜山謹製の五種族はそもそも呼吸をしないので酸欠にならない。
ウェアウルフは氷の消失で困ったが、例によって月の極地に避難済み。
エルフも運よく条件が整っていて生き残った僅かばかりの森とドワーフが造った地下温室の森で全盛期より数は減らしたものの生き延びている。
ドワーフなどは気温が上がったので地下でぬくぬくするのをやめ地上に出るようになり、マグマカーテン見物が流行するなど以前より活発になったぐらいだ。
千年ほどで断続的な噴火が完全に鎮まった後もしばらく生命は息を潜めていた。
低酸素高気温の環境に適応できなかった生物は軒並み死に絶え、なんとか生き延びた生物も世代を後世に繋げるだけで精一杯。とても繁栄どころではない。
一方で俺はスーパープルームが振りまいたマグマの恩恵を受けて熱吸収と成長を加速させ、ついに標高1万mの大台を突破した。1万mを突破して何か特別な能力が生えたりするわけでもないが、とりあえず五種族を集めてお祝いをした。
こういう節目節目のお祝いは時々やるが、俺の「時々」と寿命が五百年しかない五種族の「時々」はけっこうズレていて、お祝いをやると「滅竜山様の五種族を集めてお祝いを!? マジで!? 伝説でしか聞いた事なかった!」みたいな扱いを毎回受ける。このやりとり十万年ぐらい前にも見た。恒例のいつものやつっすね。
人間だった頃は十万年という数字を大げさに捉えていたが、山として生きていると案外大した事ないと気付くんだよな。長い歳月ではあるが、地球や山の目線に立つと別になんて事はない。
なお、スーパープルームによって形成された厚さ数kmの地層で主だったドラゴンクリスタルの鉱脈が封じ込められたため、ドラゴンクリスタルを使った武器製造や芸術品作成は細々としたものになった。
地球環境の激変に慣れ切った滅竜山一派はそんな感じでのらくら環境の変化に適応していたのだが、普通の生命達もさるもの。一千万年単位で低酸素高温環境に適応し、徐々に勢いを増していく。スーパープルーム以前と形を変えて。
最も顕著な変化はもちろん恐竜の台頭だった。
スーパープルーム以前は大森林とそこに住む昆虫が地球の覇者で、海は魚(とアンモナイト!)が支配していた。
スーパープルーム後は違う。低酸素に適応した効率的呼吸ができる進化した肺を持つ動物、即ち爬虫類から派生した恐竜が天下を取った。
最初は皆小型でちょろちょろしていた恐竜は数を増やし、種類を増やしていった。
大型化する者。
海に還る者。
翼を発達させ空を飛ぶ者。
鎧を得た者。
色鮮やかな者、地味な者――――
色々だ。
俺が21世紀では彼らが化石として見つかり、一部の昆虫などは琥珀に封じられて残されていたのだと話すと、五種族は恐竜を捕まえては骨格標本を作り、樹脂やガラスで固めた物をこぞって贈ってきた。嬉しいが何種類かの数の少ない恐竜が滅びかねない勢いだったので狩猟禁止令を出さなければならなかった。
俺の迂闊な一言で生物が滅びる。恐ろしい。いや生物なんてなんもしなくても勝手にばかすか滅びて栄えてを繰り返すんだから、人為的に数百種類っぽっちを滅ぼしたところで地球史で見れば誤差みたいなものなのだが。
草原、沼地、砂漠、森林、海から空まであまねく場所に進出した恐竜は、当然のように滅竜山、つまり俺のところにも生息域を広げた。
最初はドワーフ達が聖地に我が物顔で進出してくる不届き者を鎚で殴り殺していたが、狩猟禁止令によってそれもできなくなり、完全に居つく。
どんな巡りあわせなのか、滅竜山を縄張りにした雑食の中型竜はかつてのドラゴンとどことなく似ていた。俺は彼らにドラゴサウルスと名付け、殊更に気にかけた。
ドラゴサウルスは薄緑色の鱗で馬ぐらいの大きさの恐竜だ。二足歩行で俊敏に走り、弱って群れから逸れた他の恐竜を群れで仕留めたり、低木に成った果実を跳びついて食べたりする。腐肉を漁ったり、柔らかいシダ植物の新芽を食べる事もある。
最初はドラゴサウルスを殺せないまでも鎚を振り回して追い払おうとしていたドワーフ達だったが、世代交代を繰り返すうちに段々と滅竜山に昔からいる普通の動物として扱われるようになり、いつしかドワーフの騎竜に変化していった。
ドワーフは身長が低く、足が短い。頑丈で筋力に優れるが足は遅かった。
それを解決したのがドラゴサウルスだった。安定した高い気温で外に出かける頻度を増やし機動力に問題を抱えていたドワーフにとって、ドラゴサウルスは丁度良い足になったのだ。なんといってもハーピー航空便よりお手軽で小回りが利く。
ドラゴサウルスは群れを作るタイプの恐竜であり、ドワーフを群れの長と認識する事で従順になった。
ドラゴサウルスは何百万年もの間俺のお膝元でドワーフに世話をされ世代交代を繰り返した影響か、不思議なほど山に馴染む生態を獲得した。そこが山である限り、雪深い高山だろうと草木生い茂る鬱蒼とした山だろうと火山活動下にある地面から湯気が立つ山だろうと生きていける。もちろん、滅竜山産のびっくり生物ではないから呼吸や食事の必要はあるのだが。
ドラゴサウルスは繁栄し、他の恐竜もまた繁栄した。
空ではプテラノドンとハーピーが制空権を争い、マーメイドは海底の住居がモササウルスの体当たりで破壊される竜害に頭を悩ませる。一番恐竜との衝突が多かったのは森に住み恐竜と縄張りが丸被りしているエルフだ。地球に戻ってきたウェアウルフだけは寒冷地に住むため変温動物の恐竜と生息圏が違い特に恐竜との衝突・交流は無かった。
恐竜の繁栄は一億年以上も続いた。しかし盛者必衰、地球史の中で大量絶滅・環境激変の試練を超えて栄え続けた生物は(滅竜山一派を除けば)いない。
恐竜の時代にももちろん終わりが来る。
そう。
あの有名な巨大隕石衝突による恐竜絶滅の時が来たのだ。