07話 第五の人間、エルフ
地球の中心部にはドロドロに融解した金属とマグマの核がある。核を覆う岩盤の分厚く巨大なプレートは対流によって年間数センチのペースで動き、これが地震や地殻変動の原因になる。
大陸岩盤移動は大山脈や塩湖を作る事もある。プレートがぶつかって盛り上がり山になったり、移動する大陸に挟まれた海が孤立して塩湖になり干上がって塩の砂漠になったり。
そんな遠大な地球の営みをずっと眺めて生きて(?)きたが、最近の大山脈形成はちょっとしたものだった。
クソデカい大陸がぶつかり、クソデカい大山脈を作ったのだ。俺が標高10000mに届く頃に日本列島を五つ繋げたぐらいの長さの6000~8000m級の長すぎ山脈ができていた。
海から吹き寄せ大山脈にぶつかった湿った気流は雲海になり、大量の雨を降らせ、かつてない規模の川と湖を作った。川と湖の縁には植物が繁茂し、それはやがて水辺から離れ独立した森に変化していった。
森は今までの地球とは全く違う環境だ。地下で生きるドワーフ、海で生きるマーメイド、氷河で生きるウェアウルフ、空で生きるハーピー、どの種族の生活域とも合致しない。
ドワーフが生きるには熱が無く、マーメイドが生きるには水が無く、ウェアウルフが生きるには氷が無く、ハーピーが生きるには枝葉が邪魔すぎる。
という訳でまた新しい種族を創造した。
森に生きる第五の人間、エルフだ。
エルフは森の精気を吸って生きる。
草木が豊富にあるところでしか生きられないし、草木さえ豊富にあれば生きられる。
見た目は金髪碧眼。スレンダーな体型の美男美女で、耳は長い。
金髪碧眼と体型、容姿はエルフっぽくするための趣味で決めたが耳の長さにはちゃんとした理由がある。長くしないと俺の声が聞こえなかったのだ。
俺の本質は山であり、熱を吸い上げて生きている。だから山の中で熱を吸って生きるドワーフは最も俺に近い。
水に住むマーメイド、氷を食べるウェアウルフ、嵐に住むハーピー。彼らは俺に近くはないが、遠くもない。どれも地球本来の自然に基づく生態をしているからだ。水も氷も風も基本的な自然物であり、俺(山)の親戚のようなものだ。
ところがエルフが住み、糧とする森は話が違う。
森というのは生き物の集合体だ。
巨大隕石落下、灼熱の世界、白銀の氷結世界、大雨と嵐の世界、その果てにようやく誕生したものだ。長い年月をかけ複雑な進化を遂げた生命が織りなすある意味で不自然なモノだとすら言える。
何しろ40億年の長きに渡り森なんてシロモノはこの地球上に一度も無かったわけだから。新参も新参、奇妙奇天烈で、荒唐無稽で、ワケの分からない異分子なのだ。
当然原初の地球から存在した最古の山である俺とも全く違う。
違い過ぎて耳を大きくしないと言葉が通じなかった。
わざわざ大きな耳にしてより効率的に音を捉えるようにしなければ俺の声が聞こえない、それほどまでに森に生きるエルフという存在は俺と違うモノだったのだ。
俺と離れたモノであるほど俺との絆? は薄くなるのだろう。エルフでさえこうなのだから、これからますます変わっていく地球環境に適応した新人類を創造したら今度こそ俺との意思疎通が不可能になると考えられる。
だから人類の創造はエルフで打ち止めだ。意志疎通のできない人類なんて創造したら絶対に争いの元になる。手に負えなくなりそうな生命は創造しない。俺は自分の名前の元になった滅竜の過ちに学んだし、サヘラとも約束した。
そうは言ってもエルフを創造してしまえば大抵の環境は各種族の誰かで対応できるだろう。地下よし、海よし、氷雪よし、空よし、森と草原もよし。荒野と砂漠はハーピーが空から偵察してカバーだ。
この地球に我が眷属が辿りつけぬ場所無し! 地球どころか月にもいるしな!
例によって一体寿命の無いエルフを創造し、アルヴィンと名付け、族長とした。
最初は久しぶりの新人類という事で和気藹々と古参勢と絡み仲良くやっていたのだが、困った事にアルヴィン率いるエルフは次第に他種族から一段低く見られるようになっていった。
エルフは耳が遠いのだ。
いや聴力は他のどの種族より優れているのだが(ただしサヘラは例外的にエルフの中で一番耳がいい奴すらぶっちぎった最強聴力を持つ)、耳が大きくてもなお俺の声がよく聞こえていない。耳が遠いおじいちゃんのように聞き返してきたり、断片的に聞き取って曖昧な返事をしてなんとなく相槌を打って会話を切り抜けようとしたり、という事がとても多い。
これが他種族には物笑いの種だった。
創造主の声が上手く聞き取れないというのは俺が創造した種族にとっては十分に嘲笑の対象なのだ。
お前マジ? 今の声聞こえなかった? 滅竜山様のお言葉だぞ? あんなにはっきり言ってたのに? 聞こえない? 聞こえない! カーッ! エルフはなあ! これだからなあ! カーッ! 耳長がよー! その耳は飾りなのかな!? と、こういう事を何かあるたびに言われるわけだ。
そうはいっても俺が丹精込めて創造した愛すべき人類だし、迫害までには至らない。しかしエルフは俺達より一段下だよな、という風潮はどうしても消せなかった。俺が一番末っ子種族のエルフに何かと目をかけるのが気に入らない奴もでてしまう。
喧嘩すんなよ、仲良くやってくれよお、と思う一方で、ほどほどの衝突があった方が健全なのかなーとも思ったりする。
だってさ、姿かたちも歴史も住む場所も能力も全ッ然違う種族がみーんな仲良しこよしだったらそれはそれで変じゃないか?
ホモ・サピエンスは肌の色が違うだけでクソほど迫害差別をしていた。言葉や宗教が違えば戦争だ。ちょっと毛深い親戚的存在のおサルさん達は仲良し友達どころか檻に入れて見世物にしたりペットとして飼育したり、他にも色々。
それと比べれば五種族は十分すぎるほどに仲良くやってる。
力関係というのは奇妙なもので、他種族から一段低く見られ事あるごとにチクチク刺され続けたエルフはやがて逆ギレをはじめた。
『カビの生えた古臭い種族どもがよぉ、カビって知ってる? 陸上生物ですけど? 知らない? 知らない!?』というマウントは『そうだぜ古いんだぜ、滅竜山様と大昔から付き合ってんだぜ、いいだろ』というカウンターで血まみれになって失敗したため、付け入る隙のあったウェアウルフにターゲットを絞った。
ウェアウルフの族長、ライカン君は五種族の族長の中で唯一地球ではなく月に居る。これが地球に住む一般ウェアウルフにとってちょっと気まずい。
族長が一族を引き連れて俺の所に集まり宴会をする時も、ウェアウルフの族長だけが欠席なのだ。どうしても立場が弱くなるし負い目を感じる。
で、それをエルフが遠回しに煽るわけだ。
ウェアウルフのとこの族長さんはどう思います? あっすみません、ウェアウルフは族長さんがいらっしゃらないんでしたね。気が利かず申し訳ない。エルフにとって族長はいて当たり前のものだったのでつい。悪気は無かったのですよ……みたいな。
ちょっとエルフー、性格悪いよー。
ちなみにファンタジーでありがちなエルフとドワーフの対立はない。
基本、(ドラゴンを除けば)一番最初に創造され、ぶっちぎり最強の族長サヘラをトップに頂き、滅竜山のお膝元というか膝下ぐらいの場所で繁栄しているドワーフは尊敬と羨望を受けている。
色々な種族対立を生みつつも、俺が悲しむレベルの争いの気配を感じるとミョルニルを担いでシバきに出かけるサヘラの面倒見のよさ(?)もあり、時代は平和にしかし刺激的に過ぎていった。
歴史に新たな潮流が生まれたのはエルフ誕生から約6000万年後の事。
ドラゴンクリスタルの発見から始まる――――