06話 第四の人間、ハーピー
全球凍結の後に竜巻や津波がばんばか起き始めた理由は上昇気流にある。
地球の氷が溜まりに溜まった二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスで溶けきった時、気温は50℃に達していた。海面が現れると、海水が温められて強烈な上昇気流を作る。これが世界中で起き、結果地球史上稀に見る超巨大積乱雲がぽこじゃか現れる事態になった。
地球規模の大嵐は次の大嵐を呼び、中規模の山を丸ごと海中に沈めてしまうほどの津波を引き起こした。馬鹿げた規模の大津波は大陸の端から端まで駆け抜け水没させていく。
津波被害を免れたのは俺を筆頭にした一部の高山だけで、その一部の高山も大嵐で山肌を削られていく。
隕石衝突の頃の灼熱世界や、全球凍結の氷結世界とはまた違った恐るべき過酷な時代だ。
ドワーフは山の中に住んでいるから被害を免れたし、マーメイド達はむしろ津波を巧みに乗りこなし遠距離移動に利用する逞しさを持っていたが、困るのはライカン率いるウェアウルフ達だ。住処であり食料でもある氷が地球規模の激烈な温暖化と大嵐・大津波で完全に消えてしまった。
もはや地球上にウェアウルフの住める場所はない――――
――――ので、月に避難する策を打った。
月は基本的に荒涼とした不毛の土地だが、極地には厚い氷床がある。ウェアウルフが住める氷の世界があるのだ。
空気の無い世界でも呼吸をしないウェアウルフには全く関係ない。地球の暴風雨の時代はそう長く続かない(当社比)。環境が落ち着き、再び氷が現れるまでの間の避難場所として月は最適だった。
月への避難移動はサヘラが担当した。ウェアウルフを担いではジャンプして月までせっせと運んでいったのだ。
ウェアウルフについてはそれで解決した。月から帰還する時は月の土産話を聞かせてくれる事だろう。
さて。
ウェアウルフの避難の間、俺はまた新しい種族を創造した。
大嵐を物ともせず、雷雨吹きすさぶ空を飛ぶ生き物が欲しくなったのだ。
地上から見上げる世界と、空から見下ろす世界はまた違った物になるに違いない。
空を飛ぶ生き物といえば翼だ。気球でも飛べるが、飛べるだけで飛び回れるとは言えない。
人型をベースに翼を付ける。風と雷を食べて生きる空の申し子。髪は閃光のような金色で、空に生まれ空に生きる。
つまりウェアウルフに続く第四の人間は翼持つ人だ。
俺は例によって一人だけ不老のハーピーを創造した。雌のハーピー、ハルだ。
ハルは一族を率いて大空の物語を紡いで語ってくれた。
ハーピーは成層圏を超えて雲の無い熱圏手前(地表から80km)あたりまで飛べるから、風雨に閉ざされた地上より遥かに鮮明に夜空を見る事ができる。ハーピー達のおかげで星々の記録と物語はグンと増えた。
暴風雨の時代は意外と早く、たった千年ほどで収まった。
そして静かに凪いだ海は青ではなく、緑に染まっていた。
光合成をする藻類が爆発的に繁殖したからだ。
光合成生物は全球凍結時代からいたが、これほどまでに増殖したのは初めての事だった。
増殖の原因は暴風雨と二酸化炭素だ。
全球凍結時代、氷に閉ざされた海底には莫大な養分が消費される事なく沈んで溜まっていっていた。
全球凍結時代が終わった原因は火山活動で放出された二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスで、このうち二酸化炭素は誰もが知る光合成の原料だ。
海に大気中の二酸化炭素がこれでもかと溶け込み、1000m級の津波やスーパーセルで海底に溜まっていた栄養がかき乱され海面まで上がってくる。
使っても使いきれないほどの二酸化炭素と栄養は藻類の光合成と繁殖を爆速で推し進め、世界全ての海を一面緑に染め上げるまでになったのだ。
二酸化炭素は酸素に変わり、地球上の酸素濃度はほとんど二十一世紀並にまで増えた。
酸素は太陽光で化学反応を起こしオゾンに変化し、厚いオゾン層を形成して生物にとって有害な紫外線を遮る。
今までは紫外線が届かない水の中でしか生きられなかった生物が地上進出する環境が整ったのだ。
俺はその全てをハーピー達の上空からの中継でつぶさに知り、前世から持ち越した知識で何が起きているのかを把握する事ができた。
歴史学者が俺の立場になれるならなんでもしそうだ。まあ俺自身が歴史みたいなとこあるし。
海面が緑に染まった頃から気温は下がっていき、極地に氷が形成されはじめた。
俺は月に避難させていたウェアウルフ達を呼び戻す事にした。俺から離れたがらないサヘラをなだめすかしてまた星間移動作業をしてもらう。
ところが一部のウェアウルフは地球への帰還を嫌がった。
ウェアウルフの寿命は500年だから、1000年経てば2、3回の世代交代を経ている。
ライカン以外のウェアウルフにとって地球は故郷ではなく話でしか聞いた事のない異郷の星なのだ。
別に無理をして地球に連れ戻すつもりはない。どこに住むかはウェアウルフ達の自由だ。
ライカンは月に居残るウェアウルフを心配して自分も残ると言い、ライカンを慕うウェアウルフもそれに追従したため、最終的には月と地球でウェアウルフは半々に分かれる事になった。
月に兎じゃなくて狼人間が住むのか……
まあ月に兎がいると思ってるのは日本と中国ぐらいだ。国によってはカニがいるとかライオンがいるとか言ってるし、狼人間がいる世界線があってもいいだろう。
地球に戻ったウェアウルフ達は南極や北極に移住した他、俺の山頂にも住み着いた。
一時はドラゴンによって削りに削られ、大嵐でも随分崩落させられた俺だが、現在の標高は9000mほど。エベレストが8800mとかそれぐらいだったから、地球史上指折りの山だ。山頂は一年を通して白い冠を被り、ウェアウルフが十分暮らせるだけの氷雪がある。
海で温められた空気は俺の山肌にぶつかり、せり上がって冷えて雨雲となり水の恵みを降り注がせる。地表を流れしみ込んだ豊かな水は山麓に湖を作り、川を経由して海に繋がった。おかげでマーメイドがたまに――――ローレライは割と頻繁に――――川を遡上して遊びに来る。
ハーピーは俺を休息ポイントにしている。俺の近くにいればどこかしらでいつも強風が吹いているから休むにはもってこいらしい。嵐を追い台風の中で眠る種族といってもたまにはほどほどの風の中でのんびりしたいようだ。
そしてドワーフはもちろん俺の中の地下坑道で暮らしている。
なんだかんだで四つの種族は俺を取り囲むようにして生を謳歌していた。
そして彼らだけでなく、他の俺が関与せず進化を重ねてきた種族達も繁栄の兆しを見せはじめた。
海を緑に変えた藻類は気温が下がり二酸化炭素の大部分を酸素に変えてからはゆっくり減っていき、代わりに地上に進出しはじめた。沿岸部や川沿い、湖畔にコケやシダのような植物が上陸し、40億年もの間生命がなかった大地に生命が芽吹いた。
母なる海から生命が独り立ちし大地に降り立つ、新たな時代の幕開けだ。