04話 第二の人間、マーメイド族
ドワーフは山の中に住むから、行動圏が地中と山肌に限られる……限られていた。
どんな生き物にも変わり者はいる。二千年続いた雨が上がり、乾いた地面が現れると、奇矯な一部のドワーフが冒険に出始め、そしてすぐに海に阻まれた。
俺は地球が丸くいくつもの陸地がある事を知っている。俺がいる大陸から海を越えた先に別の陸があるだろうという事も知っている。
地球はその七割が海だ。46億年スパンで考えると隆起・沈降の関係で割合に変動があるが、大体同じ割合を維持する。広い海はいつでも陸地を隔てる。
しかし船も翼もないドワーフでは海を越えられず、大海原を冒険する事もできない。
サヘラはジャンプするか海上を走るかすれば余裕で別の大陸に行けるが、俺にべったりで離れようとしないから意味がない。
困ったドワーフ達は俺に海を自由に巡る力が欲しい、と頼み込んできた。
俺はそれに応えた。
理由は二つある。
一つは控え目な気性のドワーフ達の珍しい頼み事だったから。
もう一つは冒険の土産話を期待して。狭い山中・地中に籠っていると話題が尽きがちだ。外の世界の新しい話題はいくらあっても足りない。
冒険家ドワーフに海を征く力を与える時に困ったのがエネルギー源だった。
ドワーフは熱と岩の種族だ。熱を吸い上げエネルギーに変え、岩を食べて体を作る。俺の地下にあるマグマ溜まりにはマグマプールが整備されていて、ドワーフ達はそこでのんびり泳ぎながら熱を吸って腹を満たす。少数のドワーフは俺以外の山に移住しているが、そこは必ず火山で、地下にマグマ溜まりがある。稀に火山噴火に巻き込まれ火砕流に埋もれて死んでしまうドワーフもいたりする。
とにかくそんな生き物だから、ドワーフの生活は熱源と切っても切り離せない。
熱が無いと生きられないドワーフにとって冷たい海は過酷極まりない場所だ。マグマを三日間遊泳できても、海を泳ごうとすると三秒で溺れる。岩から作られた肉体は頑丈な代わりに重いのだ。
ドワーフは呼吸をしないから(そもそも現在の地球大気に酸素はほとんど含まれない)、海底を歩いて旅をする事は一応可能だ。
しかしいくら頑丈なドワーフでも深海の水圧には耐えられないし、暗い海底を見通す事はできず迷子になってしまう。冷たい海の底では熱源、つまり食料の確保も難しく餓死する恐れもある。
そもそも山での暮らしに特化しているから種族として海での活動適性が低いのだ。根本から姿や性質を変えないといけない。
俺は冒険家ドワーフ達にどうなりたいのか尋ねた。
彼らは話に聞く「魚」というものになりたい、と答えた。どうやら海を越えて別の大陸に行きたいというよりも、広大な海を旅したいという欲求が強いらしい。
「でも」
と、冒険家代表の女ドワーフ、ローレライが目を輝かせて付け加えた。
「手が欲しい。ないと不便だから。あと頭も今のままがいい。だからこんな感じがいい」
(お、おう……)
ローレライは白い石の板に赤い砂岩で絵を描いて俺に見せてきた。魚の頭部だけ人間になり、エラの辺りから人間の手がにょっきり生えた化け物だった。
いやこえーよ。
「主、この方が良いか?」
軽く引いた俺の雰囲気を敏感に察知したサヘラがのっそり前に出てきて、絵を描き直す。
描き直された絵は上半身が人間で、下半身が魚になっていた。
なるほど?
人魚ね?
ええやん。
「これがいい! これがいい! これにして!」
ローレライも手を叩いて喜んでいる。ドワーフは人体改造に躊躇ないんだよな。厳密には俺の手で改造される事に躊躇いがない。
俺は早速、山の結晶の力を使いローレライ達を新たな姿に変える事にした。
俺の正体であり本質である山の対義語とも言える海で活動できるように手を加えるのは思ったよりもずーーーーーーーっと難しかった。
ドラゴンやドワーフを創造した時の比ではない。おにぎりを作るのと懐石料理を作るのぐらいの違いがある。しかし考え抜いて試行錯誤をすれば決して不可能というわけではない。かつてないほど疲労困憊したがなんとかできた。
新たな種族、第二の人間であるマーメイドは人魚だ。改変の過程でドワーフ特有の炎のような紅蓮の髪は海のような深い蒼になった。上半身は人間、下半身は魚。強靭な尾びれで渦潮の中でも悠々と泳げる。
熱ではなく海そのものからエネルギーを得て活動し、海中にいる限り無限に動ける。代わりに陸地に上がるとあっという間に衰弱してしまうのだがそこはトレードオフだ。
ドワーフよりも夜目が利き、暗い深海や濁った水の中でもよく見通す事ができる。光を捉えているのではなく魔法的な視力だから、光ゼロの真っ暗闇でも関係ない。
また、
寿命はドワーフと同じ500年だが繁殖能力は無い。最初のマーメイドはドワーフの変わり者99人だけ。代わりに、同意の元で血肉を分け与える儀式をする事で他の生き物をマーメイドに変えられるようにした。これで海に憧れるドワーフ達はわざわざ俺に頼まなくてもマーメイドに頼めばマーメイドになれる。
最後にマーメイド一族の代表として一団の中で一番リーダーシップを発揮していたローレライを不老に設定した。
遠く離れた海洋では俺の声も目も届かない。自由に冒険するとしても99人がてんでバラバラにうろつくのは名案とは思えない。統率者が必要だ。
マーメイド達は放っておくと生涯を冒険に費やしてしまうぐらいの意気込みがある。海の世界の土産話を聞きたい俺としてはたまには帰ってきて欲しい。ローレライにリーダーを任せればそのへん上手く統制して定期的に誰かを俺の所に返してくれるだろう。本人も悪い気はしていないようだし。
かくして99人のマーメイドが海に放たれた。
それを見送った俺はとっくに疲労の限界で、気合が途切れ酷い眠気がやってきた。かつて人間だった頃に三徹してから逃げた犬を追いかけ全力疾走した後よりも疲れた。
俺はぐっすり眠った。
元々ダラダラ寝る時も多かったのだが、スヤッスヤの深い眠りについた。
そして長い眠りから目が覚めた時、地球は丸ごと凍り付き、全てを雪と氷に覆われた真っ白な球体になっていた――――