03話 最初の人間、ドワーフ族
山腹から弾丸のように飛び出したサヘラは瞬く間に山に群がるドラゴンを地に堕とした。
サヘラはあまりにも素早く、空気との摩擦熱で発火して火球になっていた。
サヘラはあまりにも強く、超常ハンマーミョルニルの一振りで10,000頭のドラゴンが地面に叩きつけられ絶命した。
まるで縦横無尽に駆ける生きた火球のようだ。
押し寄せるドラゴンの津波をサヘラは完璧に迎撃してのけた。
七度夜が来て、七度夜が明けたが、世界で初めて隕石やマグマではなく生命の炎が空を紅蓮に染め上げ、夜でも昼間より明るかった。
俺はドラゴン達に繰り返し降伏勧告をした。
ドラゴンは聞かず、最後の一頭まで襲い掛かってきた。
衰えを知らないかに思えたドラゴンの襲撃も七日目の朝にとうとう終わりが来た。
最後の一頭を地に堕としたサヘラは物悲しげにマグマ煮えたぎる山の中腹に降り立った。
サヘラは小さい。人間でいうところの女子小学生ぐらいの身の丈しかない。顔立ちも幼い。
紅蓮の髪の小さな戦女神はしかし不安と怯えを顔一杯に貼り付け、恐る恐る俺に話しかけてきた。
「主、御下命通りドラゴンを倒した」
(ああ。ありがとう、本当に助かった)
「主、お願いがある」
(何だ?)
「サヘラを殺さないで欲しい。そばに置いてくれ。置いてくれるだけでいい、なんでもするから」
意表を突かれ、呆気に取られた。
よく見るとサヘラは小さな体をもっと小さく縮めて震えていた。
俺をミョルニルの一撃で消し飛ばし更地にできる力があるのに、俺に見捨てられ殺される事に怯えていた。
(殺すわけないだろう。どうしてそんな事思ったんだ)
尋ねると、サヘラは少し安心した様子で躊躇いがちに答える。
「主はドラゴンを創った。でもドラゴンを滅ぼした。主はサヘラを創った。でも……でも、」
(いやいい、すまん、悪かったその先は言わなくていい。俺が悪かったな、怖かったよな)
言葉に詰まるサヘラに俺は胸が詰まる思いだった。
山になってから何万回も腕が無いのを悔やんだが、今この時ほど悔やんだ事はない。
抱きしめて大丈夫だと言ってやれればどんなに良かっただろうか。
(大丈夫だ。大丈夫だから。誓おう、何があっても俺はサヘラを殺さない)
俺は心から宣誓した。
もう二度と同じ過ちは繰り返すまい。
これからも生命を創造する事はあるだろう。しかし二度と自分の被造物を滅ぼさない。
俺は竜を滅ぼした事を深く身に刻み、戒めとした。
戦いは終わったが、戦いの余波はとんでもないものだった。超高熱でドロドロに融解した大地が衝撃波で抉られ、夥しい数のドラゴンの巨大な死骸が大穴を埋め立て、埋めるだけで済まず山を作っていた。俺を取り囲むようにしてドラゴンの死骸が積み上がった大山脈ができている。世界中に広まり、一時代の栄華を極めたドラゴンが一カ所に集まり散っていった結果だ。
ドラゴンは紅蓮結晶を核に炎とマグマでできた生き物だから、放っておいても腐る事がない。しかし敵に回ったとはいえ皆俺の被造物だ。野ざらしにするわけにもいかない。俺はドラゴン達を埋葬するため、サヘラの同族を創造した。サヘラよりはずっと弱いが同じ性質を持った小人達だ。
つまり、頑丈で灼熱世界で生きられるほど熱に強く自由で山を愛する小人である。
俺は彼らを「ドワーフ」と名付けた。
ドワーフ達は戦場から遠く離れた土地から冷えた溶岩を運んできて、砕いて土砂に変え、せっせとドラゴン達の死骸の山に被せていった。
ドワーフ達はせっせと働いてくれたが、ドラゴンの死骸が全て土砂の下に隠れるまで遥かな歳月がかかった。ドラゴン達は元々煮えたぎる地獄のような地球の熱を吸い取り冷やしてくれていた事もあり、埋葬が終わる頃にはもう大地と空から赤は消え、冷えて黒々とした溶岩台地が広がるようになっていた。
あちこちに活発に噴煙を上げる火山が乱立し、煙っぽく霞んだ空に雲が現れ、二千年もの間降り続ける長い長い雨季がはじまる。
ドワーフ達は俺の体内に穴を掘り抜き、そこに住んだ。
ドワーフは山が好きだ。そうあれと創造したから。本能的に全ての山を――――特に俺を好み、山に住みたがる。煙っぽく岩ばかりの外の世界より山の中の穴倉の方が住み心地が良いようだ。
ドラゴンほどではないがドワーフも俺に近い性質を持っていて、熱を吸い上げ岩を食べて体を作り生きている。ただしドラゴンのように余剰エネルギーを結晶化して体内に蓄える事はできない。ドラゴンが暴走した原因の一端は理論上結晶によって無限にパワーを蓄え強くなれる事だった。それが増長を招いた。反省して、二の轍は踏まない。
話し相手としても彼らはドラゴンより良かった。最初のドワーフであるサヘラに似て皆控え目で、よく喋る訳ではないがよく考えて喋ってくれる。学習能力もあり、岩を削り色々な工芸品を創っては俺に見せてくれた。岩はどこにでもいくらでもあり、材料には困らない。それぐらいしか暇つぶしの道具が無かったとも言える。
人口増加問題にも対処した。
サヘラだけは不老長寿だが、他のドワーフの寿命は五百年ほどに設定した。不老の存在が増えすぎるのはもうドラゴンで懲りた。一人、ずっとそばにいてくれればそれでいい。
寿命だけでなく子供の増え方も調整した。ドワーフは俺の山を離れても子供を作る事ができる。どこにでもいける自由な存在だ。しかし一定量の黄金を食べないと子供ができない。
地球上の黄金埋蔵量は限られているから、必然的にいずれ人口は頭打ちになる。人口爆発で手に負えなくなるような事は決しておきない。
ドワーフの中でも桁違いに強大で、最初に生まれ、決して溶けず壊れず奪われない魔法の鎚ミョルニルを持ち、常に俺と一緒にいる(結晶核のそばにいる)サヘラは彼らの中でも特別で、自然と一族の女王の座に収まった。
サヘラが女王なら俺は神にも等しい扱いを受けた。実際にドワーフ達を創造したんだし間違ってはいない。
が、神だからといって距離を置かれるかといえば案外そうでもない。
ドワーフは「山推し」なのだ。
ファンがアイドルの一挙一動に興奮し、楽しみ、尊重するように、ドワーフも俺をチヤホヤする。話しかけでもすれば大喜びする。俺も慕ってくれて嬉しい。
彼らは他の山と俺を区別するために、俺に「滅竜山」と名付けた。サヘラは俺を「主」と呼ぶが、大多数のドワーフにとって主呼びは恐れ多いらしい。
まあどう呼ばれようと山は山だし、俺は俺だ。
ゆっくりとしたドワーフの世代交代の中で二千年間の長雨は終わり、蒸発しきった地球の水は再び大地に戻った。
長い間地球は赤かった。今再び海洋が生まれ直し、地球は青くなった。
海洋――――母なる海。俺に次ぐ第二の生命の創り手だ。