02話 滅びのダイジェストストリーム
俺は地球の歴史博士ではないが、雑に流れは知っている。
月ができるのは地球ができたすぐ後だったはずだ。
つまり、人類誕生まであと46億年ぐらいある。
戦慄した。
ヤバい。
山になって精神も変わったが、46億年の孤独に耐えられるとは全く思えない。
話し相手がいないと精神崩壊するぞ。
というわけで話し相手を創造する事にした。
俺はマグマから熱を吸い上げて育ち、余剰エネルギーを結晶にして蓄える性質を持つ。
ここ何百年か何千年かの間、地球は灼熱地獄と化していて、俺は何度もマグマの津波に襲われ小隕石の直撃を受けてきた。
異常なまでの莫大な熱エネルギーを急速チャージして、結晶は体育館ほどの大きさにまで成長している。
この不思議エネルギーを使えば生命創造ができる。なんせ月を造った巨大隕石衝突のエネルギーを山が吸って精製した超常パワーだ。生命創造の一つや二つ余裕。
最初は人間を創造しようと思ったが、すぐに思い直した。
今の地球は灼熱世界。息をしただけで肺が焼けただれ、あっという間に全身火ダルマになる。誕生して三秒で絶滅するだろう。超高熱に耐えられる生物じゃないとダメだ。
体も桁外れに頑丈じゃないといけない。まだまだ落ちて来る小隕石は多い。直撃しなくても余波で吹き飛んだり不安定な大地の地割れに呑み込まれたりする危険がある。
食べ物がなくても生きられないといけない。俺の山腹に住み続けていれば結晶エネルギーで満腹にしてやれるが、ずっと山から離れられないのは窮屈だろう。
長寿じゃないといけない。これから何十億年も俺の話し相手になってもらうのだから、数十年サイクルで死んで子供に受け継いで自分を知る者が誰もいなくなって、を繰り替えされたら出会いと別れの猛連打で心折れる。
という訳で色々考えた末ドラゴンを創った。
焼けた空気でも平気で、小隕石の直撃に耐える鱗と骨格を持ち、俺と同じようにマグマからエネルギーを吸いあげて育ち、無限の寿命を持つ。会話ができる知能もある。
最初に創造する生物だったから試行錯誤だったがなかなかうまくできた。
創造した二頭のドラゴンの夫婦は灼熱世界で熱を吸い上げぐんぐん育った。子犬サイズで生まれ、あっという間に馬ぐらいになり、象サイズになり、クジラを超え、見上げるほどにデカく育った。隕石やマグマの飛沫をものともせず、紅い空を力強く舞うドラゴンは地獄のような世界で確かな生命を感じさせてくれた。
話し相手としてはまあまあだった。
たぶん、山(俺)に縛り付けるのは隷属させるみたいで悪い気がして自由を好むようにした事と、俺の知識を分け与えるだけで学習能力を持たせなかった事が失敗だったのだと思う。繁殖する時は必ず山にいてアレコレと話してくれるが、普段はだいたい地球全域を自由に飛び回っていた。
学習能力がほとんど無いから会話内容が何百年何千年経っても似たり寄ったりなのは、まあ、仕方がない。話し相手がいない孤独な歳月と比べればずっと良い。
俺はドラゴン達の生き様を応援したし、ドラゴン達も俺を創造主として、営巣地として、頼りにしてくれた。
しかし平和は長続きしなかった。
ドラゴンは熱を吸い上げ蓄えて育つという俺の性質を色濃く受け継いでいる。俺と同じようにエネルギーを結晶にして体内に蓄える事ができた。ただし俺の結晶は透明だが、ドラゴンの結晶は紅蓮だ。熱に特化した存在だからだろう。
天敵のいないドラゴン達は大繁栄した。極稀に耐久限界を超える大きさの隕石を喰らって潰れて死んでしまうドラゴンもいたが、ほとんど死ぬ事はなかった。
2頭が4頭に増え、4頭は8頭に。8頭が16頭になって……とネズミ算式に増えていった。繁殖はだいたい千年に一回に設定したのだが、ほんの十数万年で地球の空を埋め尽くすほどになった。もはやドラゴンのいない空などない。
俺はそれ以上ドラゴンが繁殖しないようにした。ドラゴンは必ず俺の山腹で営巣する。自律して「成長」はできても「繁殖」するためには俺の結晶エネルギーが必要だからだ。とんでもなく死ににくい無限の寿命を持つ生物が繁殖すればいずれ地球を埋め尽くすのは分かり切っていたから、繁殖を抑制できるようにセーフティーをかけておいたのだ。
ドラゴンはこれに不満を訴えた。彼らが愛する自由を奪われたと思ったのだ。
不満は瞬く間に怒りに、そして反乱に変わった。ドラゴン達は俺を襲い、更なる繁栄のために地中深くにある俺の結晶を奪おうとした。
俺は山だ。体は岩でできている。ドラゴンの爪はカスリ傷で、炎を吐かれても岩肌がちょっと融解するだけだ。
しかし地球全土のドラゴンに休む間もなく襲い掛かられるとたまったものではない。
俺は灼熱世界でひたすら莫大な熱を吸い上げて育ち、標高数万メートルにまで育っていた。
それがみるみる削られ溶かされ小さくなっていった。ドラゴンもまた灼熱世界の莫大な熱を吸い上げて育った強大な存在なのだ。分が悪い。事実ドラゴンが現れてから地球は加速度的に冷却していっていた。
ドラゴンは再三の話し合いに応じなかった。俺が反撃しないのを良いことに、誰が俺を削りきり山の結晶を手に入れるか、という競争になっていた。
山の結晶は俺の核だ。分け与えるのはセーフでも、丸ごと奪われたら死ぬ。
弱り切って一部を譲るから攻撃をやめてくれと頼んでも哂うだけだった。
ドラゴンは強欲だった。十数万年に渡り、俺は一度も怒らなかった。ドラゴンは増長し、俺を舐め腐っていた。増長してもおかしくない強大な力を手に入れていたのがなお悪かった。
俺は警告した。俺だって死にたくない。攻撃を止めないと反撃する、と言った。
ドラゴンは聞く耳を持たなかった。
反撃を決意した。山は群がるドラゴンに削られ溶かされて標高5千メートルを切っていた。
俺は山だから、戦う力を持たない。攻撃手段といえば地震と噴火ぐらいだろうが、空を飛び高熱耐性を持ち頑丈なドラゴンには地震も噴火も効かない。
俺の代わりに俺の護り手になり、ドラゴンと戦ってくれる存在が必要だ。
俺は人を模した一体の生物を作った。
人に似ているが、
人より頑丈で、
人より熱に強く、
長寿で、
自由だが、
山を愛してくれる、
そんな生物を。
俺は彼女に山の結晶の大部分を凝縮した強力な武器を与えた。
決して溶けず、
決して壊れず、
決して奪われず、
空に舞うドラゴンを確実に叩き落す。
そんな武器を。
俺は彼女を最初の人「サヘラ」と名付け、武器に「ミョルニル」と名付けた。
山の中心部で産声を上げた彼女は立ち上がると、すぐに武器を手に取り、紅蓮の髪を翻して外に飛び出した。
サヘラはドラゴンが侵入できない狭い山のトンネルを駆け抜けられるぐらい小柄なのだ。
そしてドラゴンとの一方的な戦いが始まった。