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16話 狂気山脈(完結)

 南極大陸中央に座すその霊峰の名称は山の子らの伝承から取った「滅竜山」に決められた。

 滅竜山は標高11200m。世界二位の高山エベレスト8848mを2352m突き放す世界最高峰の山だ。


 しかしエベレストがチョモランマの別名を持つように、滅竜山も別の通り名を持つ。

 それが「狂気山脈」である。

 滅竜山は他のあらゆる山と一線を画す正に狂気的な山だった。


 まず熱を好み寒気を嫌うはずのドワーフが永久凍土に閉ざされた山の麓でドラゴンクリスタルを湯たんぽ代わりに握りしめてうろついているのがおかしい。各国政府の限られたエージェントのみが交易などのために接触できる伝説的種族が、この山の麓では雑草並にありふれている。

 更に他大陸で絶滅したドラゴサウルスが群れを作って雪深い山岳をうろついている。ペンギンやアザラシ、鳥類を食料にしているらしい。

 南極では絶滅したはずのドラゴサウルスを飼いならし騎乗するドワーフ、という頭がおかしくなりそうな光景を見る事ができるのだ。


 ドワーフだけではない。他の「山の子ら」、つまりマーメイドもウェアウルフもハーピーもエルフもいる。

 マーメイドは南極近海を周遊し南極観測船を見つけると必ず面白がってついてくる。船に乗り込んでくる事すらある。あるマーメイドなどはアメリカの探査船に乗り込みっぱなしでアメリカ西海岸まで行ってしまい、そこに住みついて沿岸警備隊に就職した。全くワケが分からない。

 滅竜山一帯で暮らすウェアウルフは地球最大規模の群れで、一万頭を超える。北極の群れが500頭、エベレストの群れが100頭弱であるからいかに多いか分かる。

 ハーピーもまた滅竜山に巣をかけて巨大な群れを作っている。風に乗って世界を飛び回り暮らすハーピーは定住せず入れ替わりが激しいため明確に数を特定できないが、おおよそ3万匹を超える。西部開拓時代にアメリカ大陸から渡ってきた多くのハーピーも存命で、ガンマンの真似事をして南極探検隊を脅かし心胆寒からしめた。

 森が無ければ生きられないはずのエルフすら住んでいるのは全く理解不能だったが、エルフ達が南極地下世界に探検隊を案内すると理解はできたが脳が理解を拒否した。厚い氷で覆われた南極の地下には、マグマを光熱源とした緑あふれる地下世界が広がっていたのである。この事実が写真と共に世界に公表された日に破り捨てられたSF小説で図書館ができると言われる。


 地下世界は人類史が砂上の楼閣であると思い知らされる膨大な資料の集大成だった。

 山の子らが滅竜山に奉じた宝物が現存していて、最古の物は約45億年前の宝だった。歴史の生き証人がいて、人類が何百年もかけ化石を鑑定し地層を掘り返して一歩一歩確かめてきた地球史の真相をちょっとした思い出話のような気軽さでペラペラ喋りひっくり返していく。


 滅竜山は人類の常識を破壊する山だった。


 そして結局、人類は世界最高峰の登頂より月に足跡を付ける方が早かった。

 滅竜山の三分の一以上は酸素マスクなしには登れない。地理学的に不可解な強風が吹雪となって常に吹き荒れ、登山者の征く手を阻む。

 しかし不思議な事に、途中でギブアップ宣言をすれば必ずぱったりと吹雪は止み、『お告げ』を聞いた山の子らの誰かしらがすぐにやってきて助けてくれる。彼らはどんな山岳救助隊より迅速に駆けつけた。死ぬのは引き際を誤った者だけだ。


 さて。

 西暦2003年、『地球上にあって月より遠い』と言われる滅竜山登頂を目指す探検隊があった。

 人類は20世紀中に滅竜山の登頂を成し遂げられなかったが、21世紀最初にして最大の偉業を世界に知らしめる野望に燃えた探検隊が既に何部隊も挑戦しては破れている。


 しかしこのアメリカ・ヒラリー隊第八回遠征はそれまでと様子が違った。熟練の探検隊であるヒラリー隊は滅竜山の登山ルートを把握し、第七回までの遠征で道を整備し、気まぐれで激しい気候変化を上手く避けるやり方を身に着けていた。

 ヒラリー隊の体調は万全で、登山の途中で幾人かのギブアップは出してしまったものの一人の死者も出さず山頂が見える位置まで這い上っている。


 山頂を目の前にして引き際を誤り息絶えた氷像の列を、ヒラリー隊は超えた。最新鋭の登山装備と鍛えられた肉体、知識、幸運のおかげだった。


 不吉な氷像の列を超えたヒラリー隊は逸る気持ちを抑え万全を期して一晩を明かした。

 その翌日から、ふらりと現れた見事な鎚を担いだ女ドワーフが後ろからひょこひょこついてくるようになった。

 誰かがギブアップ宣言をして迎えが来たのかと思われたが、どうもそうではないらしい。今までのどんな登山記録にも無い事だった。

 

 彼女はサヘラとだけ名乗り、時折虚空に耳を傾けドワーフ語で何か喋っている。

 虚空と喋るのは滅竜山に住む「山の子ら」の特徴だった。本人達は山の声を聞いているというが、人類のどんな機器でもその「声」は観測できていない。


 ヒラリー隊は背後からついてくる謎のドワーフを気にしつつ励まし合い気力を振り絞って歩を進め、その日の正午に滅竜山山頂に星条旗を突き立てた。

 ヒラリー隊は涙を流し抱き合って喜んだ。世界一高い場所から見る雲海は形容し難い美しさだった。


「サヘラはこれを貸す。跪け。お前、これを持て」


 感激に打ち震えるヒラリー隊隊長ロードリック・ヒラリーにサヘラはカタコトの英語で話しかけ、自分の鎚を差し出してきた。

 ロードリックは息を飲み、隊員たちを振り返る。隊員たちも驚いていたが、一体何が起きるのかと期待に目を輝かせ頷いた。


 ロードリックは言われた通りに跪き、鎚を受け取った。鎚はとんでもなく重く、サヘラの元に戻りたがるように震えていたが、渋々ロードリックの手に握られたようだった。


 すると、ロードリックの耳に声が聞こえた。

 耳というより脳か魂、もしかしたら心に直接響くような神秘的な声だった。


(やあ人類、おめでとう。初めて話すのは初登頂した奴ってずっと決めてたんだ。ホモ・サピエンスと話すのは46億年ぶりだな。まあ座んなさいよ、話をしよう。聞いてくれ。滅竜山(おれ)の一生は長い長い話になる――――)

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― 新着の感想 ―
読了!こういう終わり方になったのかーと面白かったです!
すごく良かった。 展開早いなぁとか初め思ったけれど、よく考えたら人類生まれたの歴史から見るとつい最近なんだよね。 面白かった。蛇足になりそうだけれど続きが読みたいくらい
くっつけるのうまぁ、、、と思いながら読んでて、 それが「狂気山脈」である。 そう来たかぁ~。
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