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15話 ホモ・サピエンスと五種族⑤ エルフの物語

 エルフと人間の森を巡る対立は有史以来途切れる事なく続いてきた。

 いつの時代、どの地域にも森あるところにはエルフがいる。ある地域では森を切り開き消していく人間に怒ったエルフが逆に人間の街を七日七晩かけて木々で侵食し丸ごと森に変えてしまった。

 それに対して人間がエルフの森を燃やせば、エルフは人間を森の肥やしにした。


 そこまで激化する例は稀だったとしても人間とエルフという種族の関係性は共存より対立に傾いていた事は確かだ。さもなければ世界各国の言語の罵倒語に共通して「エルフ」という単語が豊かに織り込まれている事実を説明できない。


 対立こそすれ戦争にまではあまり発展しなかった理由の一つとして、エルフが森を管理している事が挙げられる。

 エルフがいる森は豊かだ。エルフがいない森は貧しい。

 大人のエルフは杖で(まじな)いを行い、土地を肥やし植物を手懐ける事ができる。だからエルフの森は滅多に不作になる事がない。いつでも豊かな実りがあり、それを食べる動物達もまた豊かになる。

 エルフにとって人間は自然の動物の一員だから、森の恵みの一部を取っていく分には何も言って来ない。


 エルフが怒るのは木材や耕地拡大のために森を大きく切り開く時だ。人間もまた苦労して開墾した土地をエルフが森に戻してしまうと当然怒り狂う。

 人間は森を豊かにしてくれるエルフに一目置きつつも、大勢としては怪しげで邪魔だと考えた。

 森を巡る対立は大抵闘争心が人間より薄いエルフが一歩譲る事で決着し、結果として人間は生存圏をゆるやかに拡大していった。


 さて。

 昭和20年の春の事。太平洋戦争真っただ中の日本の首都東京では疎開が進められていた。

 東京を襲った大空襲の傷跡と記憶は新しく、辛くも焼夷弾が引き起こした火災から逃げのびた十一歳の少年である芦田(あしだ)弦次郎(げんじろう)は田舎に押し込められる事を不満に思いつつも、焼け出される心配が減った事に安心していた。


 弦次郎の兄、弦一郎は兵隊になって戦地に赴きお国のために戦っている。弦次郎は兄に恥じないよう立派にやっていかなければならない。


 弦次郎は疎開先の田舎の村で初めてエルフというものを生で見た。東京近郊は開発されエルフはいなかった。白黒の写真や絵で見たエルフと本物のエルフは全く違い、美しい金髪碧眼の異人のようだった。

 大人は「敵国の密偵がエルフに扮して潜入している」としてエルフに厳しく当たっていたが弦次郎にはどうも信じられなかった。長い耳を真似るぐらいなら、まあ、できるだろうが、杖を使った人ならざる呪いの技を真似られるとは思えなかったのだ。


 弦次郎は山菜取りと称して地元の子も恐れて近づかない森にずんずん入っていき、そこで出会ったエルフの可憐な少女と仲良くなった。

 彼女は名を八ヶ岳(はちがたけ)椿(つばき)と言った。エルフはだいたい山を苗字にしていて、そこに植物の名前をくっつけている。


 弦次郎は椿に魅了された。

 田舎の村の森に住む野人も同然の怪しい奴らという先入観はすぐに払拭された。椿は身なりや仕草こそ街の婦人達と似ても似つかなかったが、そこには全く違う種類の洗練があるのだと理解できた。

 上品で優雅な椿を見ていると、同年代の女子が全く幼稚に思えた。それを言うと、椿は私はこれで五十になるのだから比べてはいけないよ、と弦次郎をやんわり窘めた。

 エルフは人間と歳の取り方が違う。自分と同い年か少し小さいぐらいに見える椿はその実祖母と同じぐらいの歳だった。それでも弦次郎は椿に惹かれた。


 椿は弦次郎に葉笛のやり方や木葉船の作り方、熟れた果実の嗅ぎ分け方を教えてくれた。

 熱い夏の日には森の渓流で裸になって一緒に水遊びをした。木漏れ日の中で魚と戯れる椿の美しい肢体は弦次郎の目に強く焼き付いた。


 弦次郎が配給の少ない砂糖から更に少しだけくすねて椿に贈ると、喜んだ椿は返礼にエルフ伝統の薄焼き菓子をくれた。その薄焼き菓子は一つ食べるだけで一日他に何も食べなくて済むほど腹を満たしてくれ、起きている間どころか夢の中でも腹を空かしていた源次郎を助けてくれた。


 そして輝かしい青春の思い出は瞬く間に過ぎ去った。


 戦争が終わると疎開の必要のなくなった弦次郎は東京に戻らなければならなくなった。

 弦次郎は一番大切にしていたベーゴマを椿の小刀と交換し、涙ながらに別れた。


 専ら鉛筆を削るのに使っていた椿がくれた小刀の価値に気付いたのは戦後十年も経ち、大学で工学の勉強をしてからだった。椿の小刀にははっきりとドワーフ工の特徴があったのだ。

 19世紀までは伝説とされていたドワーフは深く掘られた坑道が彼らの地下街にぶつかった事で再び人類の歴史に現れている。彼らの作る品物はどれも高品質で人気が高いが、やたらと盗難や強盗、詐欺を心配し取引に慎重なため市場には極々少数しか出回らない。物によっては刀剣一本で家が建つほど価値がある。

 エルフやハーピー、マーメイドにウェアウルフは大昔からずっとドワーフと交易をしていたと言われているが、どうやら真実だったらしい。


 大学を卒業した弦次郎は船舶関係の仕事に携わり、紆余曲折あり南極観測船の乗組員として働く事になった。

 弦次郎は出立前の長期休暇を利用し、十五年ぶりにあの田舎の村の森へ行った。


 歓迎してくれた椿はほとんど変わっていなかった。弦次郎の背だけが伸び目線の高さが変わったため記憶より小さいようにすら感じてしまう。幼い頃にあれだけ大人っぽく感じていた椿は小さな子供だった。

 大人の男になった弦次郎とは時間の流れが違う事をまざまざと見せつけられた。


 渓流で一緒に釣りをしながら弦次郎が今度南極に行くのだと話すと、椿は目を輝かせ喰いついてきた。

 エルフの伝説によると、南極には彼女達の創造主がいるという。創造主は山であり、地球の始まりからずっと生きていて、この世全ての魔性の祖となり、全ての生命の隆盛と衰退を見守ってきたという。

 南極探検隊が発見した霊峰の事だろう、と話を聞いた弦次郎はアタリをつけた。麓の地層調査結果からとんでもなく古い山だという事が明らかになったと論文で読んだ事がある。


 森が無いと生きられないエルフが木の一本も生えない氷に閉ざされた南極の中で随一の過酷さを誇る霊峰を崇拝しているのは妙な話だった。

 南極の霊峰は未だ登頂されておらず、地球最後の秘境と言われている。エルフと同じように謎は多い。


 弦次郎はもし霊峰・滅竜山と話す(?)機会があればエルフの八ヶ岳(はちがたけ)椿(つばき)が毎日お祈りをしていると伝える事を約束し、東京に戻った。


 南極行の荷造りをしながら弦次郎は考える。「山の子ら」と呼ばれる魔性の種族達に共通して語られ敬われる滅竜山=南極の霊峰とは一体なんなのか。人類はその正体を探り始めてまだ間もない。

 20世紀は科学の時代。人類はすぐに滅竜山を踏破しその謎を解き明かすだろう。

 弦次郎はその発見者達の末席に自分の名も連ねてみせよう、と気合を入れた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エルフの名前も日本語準拠なんですね。 滅竜山くんの使用言語が気になる。 [気になる点] 戦争に行った兄者はどうなったのか。 巴の雷、見せてくれたのか。 [一言] 踏みにじらせはせぬぞ……!…
[一言] エルフの名前が物凄い違和感が有る・・・。 例えるなら見た目や雰囲気が純粋なアメリカ人なのに山田太郎と名乗られた感じに匹敵する
[良い点] あいつの霊圧を感じる。 マジカル人類史編クッソ面白いです。 [一言] 滅竜山、人間的には紛れもなく旧支配者な件。
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