14話 ホモ・サピエンスと五種族④ ハーピーの物語
西部開拓時代にあり、アメリカの大地でハーピーはガンマン達の格好の的にされていた。
元々キリスト教圏ではハーピーは迫害されている。天使の醜い模造品、人々を誑かす悪魔の手下とされていたのである。大嵐や竜巻を呼び寄せ災いを呼ぶ不吉の運び手とも考えられていた。特に船乗りは嵐を引き連れてやってくるハーピーを見ただけで心臓発作を起こすほどに恐れた。
迷信深い人間達の執拗な攻撃により15世紀頃には既にキリスト教圏からハーピーは姿を消していたが、新大陸では違った。空を見上げれば一匹は飛んでいるぐらいどこにでもいた。
ハーピーには懸賞金がかけられ、ガンマン達はこぞって狩り立て撃ち落として名を上げた。
ハーピーは風を操る能力を持ち、感覚が鋭く機敏に空を飛ぶため、弾丸を命中させるのは容易ではない。ハーピーを落として初めて一流に数え上げられるという風潮が新大陸にはできていた。
名の知れたガンマンでハーピーを狩った経験が無い者はいない。
そして西部にはそういった高名なガンマンに決闘を挑み、尽く撃ち負かす恐るべき神業のガンマンの噂が広まっていた。
そのガンマンこそがカラミティ・ハル・ジェーン。
西部開拓時代を代表する高名な女性ガンマンである。
彼女は19世紀後半に活躍したガンマンであり、奇天烈な逸話に事欠かない。
まず彼女は自分の誕生日をどうやら覚えていなかったらしい。ある相手に「私は二十歳になったばかりだ」と言った翌日に酒場で「実は数億年生きている」と無茶苦茶な事を語った。「実はまだ三歳」と言い張って宣教師が子供に配っていた飴玉をせしめた笑い話もある。
ジェーンが持ち歩いたハーピーの楽器はそれは見事なもので、最高の宝石の代名詞であるドラゴンクリスタルを惜しみなく使い継ぎ目が分からないよう巧みに組み合わせたと思われる全く素晴らしい一品だった。彼女はこれを奪おうとした悪漢を記録に残っているだけでも十五人は撃ち殺している。
それほどの一品であったから、売買されていたなら噂にならないはずがない。しかしそんな噂はなく、カラミティ・ハル・ジェーン本人がハーピーを撃ち殺して奪ったのだと思われる。
一方でジェーンはハーピーを撃ち殺す事を極端に嫌った。逆に愛していたとすら言っていい。
ガンマン達に決闘を挑んではこれを撃ち負かしたのはハーピーを殺したガンマン達への私怨が理由であると本人は繰り返し語った。
また、1850~1900年頃の活動期を通して常にジェーンは若々しい金髪碧眼の乙女の容姿をしていた。これは現存する複数の写真からも明らかである。
当時は錬金術師を撃ち殺して奪った賢者の石で寿命が無くなったと言われていたらしい。
本人は「カラミティ・ハル・ジェーンの娘だ」「孫だ」「本人だ」とコロコロ言い分を変え、事実そうだったのかも知れないが、娘を名乗ったジェーンにジェーン本人しか知らないはずの話を振ると懐かしそうに話し出した、というような逸話がいくつもあり、全く信用に値しない。
活動期の後年になると、ジェーン(あるいはジェーンの血縁を名乗るジェーンに瓜二つの女性達)は懸賞金をかけられ追い回される事になった。
キリスト教が悪魔と定めたハーピーを公然と擁護したし、腕の立つガンマン達を次々と射殺していく蛮行は目に余るものだったからだ。
ジェーンは追っ手を尽く撃退した。ジェーンは気前がよく、ガンマン以外には優しい可憐な乙女だったため、下心や恩のある者が彼女の逃走を助け、十八年もの間ジェーンは当局の追跡をかわしきった。ジェーンのものとされるいくつかの手紙によると、彼女はこのアメリカの全ての州を跨ぐ壮大な逃走劇を楽しんでいた節がある。
しかし遂に当局はジェーンを追い詰め始末したらしい。
らしい、というのは、1900年11月3日、ジェーンを追い込んだソルトレイクシティが突然の巨大竜巻で更地になったからだ。家も人も家畜も何一つとして残らなかった。
ソルトレイクシティ消滅以降、カラミティ・ハル・ジェーンは姿を消した。当局は竜巻によって死亡したと見なし、十八年間張りっぱなしだった手配書をようやく剥がした。
ジェーンと共にガンマン達も姿を消し、ハーピーも消えていった。単純に狩られていったし、人前に姿を見せなくなっていった。大嵐の日に弾丸が物理的に届かない高高度の雲の中を飛んでいるのが稀に見られる程度の稀少な存在になった。
21世紀ではハーピーは人が定住せずかつ強風が吹く渓谷や高山、あるいはパタゴニアなどの一年を通して風が強い事で知られる限られた土地でのみ確認される。
ハーピーはやはり西部開拓時代を彩る象徴であったと言えるだろう。