10話 なんやこのサルゥ!(人類)
その日地球に落下した直径10kmの巨大隕石は何百本もの雷を同時に落としたような爆音と共に大地に突き刺さり、巨大なクレーターに相応しい大量の土砂を大気中に巻き上げた。衝撃波は地球を何周も駆け巡り、耳の良いエルフ達の鼓膜を片っ端からぶち破り昏倒させた。
45億年ぐらい前に月が出来る原因になった超巨大隕石衝突とそれに続く隕石絨毯爆撃時代に比べるとおもちゃのようなものだが、それでも恐竜を絶滅させるには十分だった。
巻き上げられた土砂は数年間太陽を隠し、日照量の激減と寒冷化を招いた。
植物は枯れ、森と草原も消え、草食竜はあっという間に餓えて死に絶えていく。草食竜を餌にしていた肉食竜もバタバタ死んでいく。寒冷化は変温動物である恐竜の活動を鈍らせ、環境への適応や地理学的にマシな土地への逃避を鈍らせた。
海でも植物プランクトンが絶滅し、それに伴い動物プランクトン、プランクトンを餌にする魚、魚を餌にする恐竜など一日数種類という激烈な速度で絶滅していく。
海でも陸でも食物連鎖の根底が崩れた事により連鎖的に壊滅的絶滅が起きた。
一億年以上の長きに渡り栄華を極めた恐竜はたった数年の内に呆気なく滅び去った。
厳密には恐らく亀やトカゲ、鳥に分岐進化して生き残っていくのであろう極々一部の種族が細々と生き残っていたが、恐竜という種は滅びたといっていい。
植物も消えた。寒冷化した気候と薄暗い日の光でも成長できる数少ない植物がひ弱な葉を広げ命のバトンを繋いでいた。
何度目かの滅びの時代にあり、やはり俺達滅竜山一派は大した打撃を受けなかった。
もう大量絶滅や環境の激変には慣れている。避難訓練と防災訓練もしていたし、難民を収容する避難所も十分整えてあった。
十数年で大気が澄み渡り、数百年で大地に緑が戻り、数千年で動物の姿が増えはじめた時、最早地球の支配者は恐竜ではなかった。
ついに哺乳類の時代がやってきた――――かと思われた。
恐竜の次の地球の支配者は哺乳類ではなく、鳥類だった。
恐竜の中でも小柄で嘴と柔らかい鱗を持つ者の中から寒冷気候に適応した羽毛に近い構造を持つ者が生き残り、発達した。それが鳥類となり、地球の覇者になった。
なんでや。「恐竜の次は哺乳類の時代だ」なんて言っていた俺は恥ずかし過ぎてリアル顔から火が出たぞ(噴火)。
だって地球史のイベント全部は覚えてない。滅竜山だって間違える事ぐらい……ある……
もしかしたら歴史が変わっているのかも知れない。五種族の活動の影響で人類の祖先になるはずの哺乳類がコロッと死んで代わりに鳥類が台頭したのかも。それとも俺が覚えていないだけで鳥類の時代はすぐに終わって哺乳類の時代が来るのか……うーむ。
人間が出現しなくても人間っぽい種族が五種もいるんだから別にホモ・サピエンスくんはいなくていいような気もするがやっぱりいてくれないと何か大変な事をしでかしてしまったような気にもなる。分からん。
鳥類というと二十一世紀の感覚ではちゅんちゅんガァガァ鳴いて果実や昆虫を啄んでいる鳥さんの姿を想像する。あるいは編隊を組んで空を飛ぶ渡り鳥、極彩色のオウムやインコ、養鶏場の鶏とか。
しかし恐竜絶滅から500万年ほど経ち地上にのさばっているのはそんな可愛らしいマイルドな羽っ子ではなく、もっと獰猛なクソデカ軽戦車バード達だ。
ダチョウをベースに頭をハシビロコウに変え、嘴を更に太く頑丈にして研いだような奴らだ。体長は2mを優に超え、小動物を襲って嘴で突き刺し食いちぎって捕食する。自分より小さな中型の草食の鳥を追い回して喰らう事もある。つよい。
哺乳類はというと一番勢力が大きく目立つのは唯一大型鳥類がいないユーラシア大陸でのみ栄えるハイエナのような動物だ。こいつらの生活は正にハイエナ的で、夜行性であり、集団で狩りをしたり他の動物の獲物を横取りしたりする。
一応人類の祖先かも知れない猿とリスを足したような手のひらサイズの哺乳類が樹上生活をしているものの、勢力としては全くこじんまりとしたもので、エルフの果樹園を荒らす数種類の害獣の内の一種として煙たがられている程度だ。
とにかく巨大鳥類は我が物顔で地上を支配し、このまま行けば哺乳類ではなく鳥類が人間に進化するのではないかと思うほどだった。
何かが起きて鳥類が衰退して哺乳類が台頭するとしても猿ではなくハイエナっぽいやつらが栄えそうなものだが……
なんだかハラハラしながらもこれまでずっとそうしてきたように歴史を見守る。
俺=滅竜山が存在する事で地球の歴史は間違いなく俺が知るものではなくなっているが、それでも大筋は俺の記憶と似た流れになっているという確信は持てていた。
ハーピーが地球全域を飛び回りスケッチして持ってきてくれる航空写真ならぬ航空絵画が大陸移動を明らかにし、最近の大陸配置が俺の記憶にある懐かしい人類史時代のものに近づいている事がはっきりしたからだ。
航空絵画によると俺はどうやら南極大陸の中央あたりに位置するらしい。
前世の地球の南極には標高1万m越えの山なんてなかった。俺の存在がどう環境に影響するのかは分からない。しかしドワーフやらハーピーやらがいる時点でももう今更過ぎるか。
鳥類の覇権を終わらせたのは気候変動と大陸移動だった。ハイエナっぽい哺乳類がいるユーラシア大陸と他の大陸が繋がり、ハイエナっぽい哺乳類が他の大陸へ、大型鳥類がユーラシア大陸へそれぞれ流入。
そしてほんの五千年ほどで巨大鳥類は絶滅した。
ハイエナっぽい生き物に狩り尽くされたのだ。
大型鳥類は鋭く重い高威力の嘴を持ち、ハイエナっぽい生き物の4倍も大きかった。
しかし、群れをつくらなかった。
ハイエナっぽい生き物は5~10頭ほどの群れで一羽の大型鳥類を狙い、ほとんど一方的に狩ってのけた。
サバンナのライオンは群れで狩りを行い、自分よりずっと大型の生物であるシマウマや水牛を仕留める。「数と連携」という要素は個の実力差を容易に覆すのだ。
こうして哺乳類の天下がやってきた。
ハイエナっぽい生き物は生態系の頂点に君臨し、巨大化していった。特に獲物を食いちぎる牙が発達する。俺も知っている巨大猛獣サーベルタイガーの登場だ。
サーベルタイガーに牽引されるように他の哺乳類も大型化をはじめた。寒冷地に進出したマンモス。冬季に洞窟で冬眠を行う巨大なホラアナグマ。
手のひらサイズだった猿達も大型化し、その内の一部が地上に降りるようになった。
森は広いが樹上で食べられる新芽や果実、可食の葉っぱなどには限りがある。他の樹上生活動物との競合を避けた猿が地上で食料を探すようになったのだ。
豊かな森での生存競争に敗れ平地に追い出された猿は根っこを掘り返したり他の動物の食べ残しを漁ったりする雑食性へと変化した。食べられるものは何でも食べなければ生き残れなかったのだ。
猿達は弱かった。平地はサーベルタイガーを筆頭とした大型肉食動物の天下で、とにかく逃げ惑いなんとか細々と群れを維持していた。長雨や旱魃で一帯の群れが丸ごと死に絶える事もあった。
躍進のキッカケは本当にさりげないものだった。
実のところ、サーベルタイガーもホラアナグマもちょっとだけ二足歩行をする。後ろ足で立って自分を大きく見せ、にじり寄って威嚇するのだ。
平原の猿にもこの習性があった。自分と同じぐらいかそれより小さな生き物相手に後ろ足で立って見せ、威嚇していた。
威嚇はゆっくりと警戒に変わった。敵が来てから立ち上がり威嚇するのではなく、敵が来る事を素早く知るために頻繁に立ち上がり、頭を上げ、高い位置から遠くを見渡すようになった。
ドワーフがドラゴサウルスに騎乗して噂の滅竜山イチオシ哺乳類を見物に行くと、立ち上がって警戒する癖のついた猿の群れは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
警戒癖は常態化し、習慣になり、本能になり、性質になった。
アフリカ大陸の猿が一番早く四足歩行から二足歩行への完全な移行を果たした。
二足歩行になると数十万年のうちに急速に頭部が巨大化していった。両足で立つと頭部を下から垂直に支えられる。頭が大きく重くなっても、下からまっすぐ支えれば大丈夫だ。手を横に伸ばして重い物を持つのと、手を真上に上げて持つのとでどちらが楽かやってみると分かりやすい。
二足歩行すると前足は両手になった。元々石で木の実を叩いて中の果肉を取り出す程度の事はしていたが、より器用になった。石を敵に投げつけ、また、鋭い欠片で骨についた堅い肉を削ぎ取った。
いい感じの棒や石を持ち歩き、洞穴や大樹の下に作られる巣は石や木の枝葉を組み合わせた複雑なものになった。
彼らは仲間が死ぬと悲しみ、大きな葉を被せて死体を隠した。
やがて葉の代わりに土をかぶせるようになり、埋葬へと変化した。
猿は突然人間にはならなかった。小さな変化の積み重ねが少しずつ猿を人間に近づけていった。
地球の大陸配置が俺のよく知るものになる頃、もはや猿は猿ではなく、人間だった。
ついにこの地球上に滅竜山産ではない知的生物が現れたのだ。