開始早々…
「律っちゃん、ホントに大丈夫なの?」
荷物の整理をしている最中、すぐ近くから心配そうな声が耳に入ってきた。
「母さん、だから大丈夫だっての。確かにパーティメンバーは知らない奴等だけどさ…」
「それなら尚更心配するじゃないの!何か揉め事にでもなったらどうするの?」
母が俺の肩を掴もうとしたが、それを手で振り払い、荷物をバッグに詰め込んで玄関まで急ぎ足で向かった。
「…仕方ないだろ、もうこれ以外の稼ぎ口は無いんだからよ」
母の横を通り過ぎる際にそう口にした。
「じゃあ、行ってきます」
俺は玄関の扉を開け、これで最後になるであろう母の面を見てから、目的地まで駆け出した。
ーーー俺は酒井 律。
ここ、人工の国≪ステラン≫で産まれた18歳の少年だ。
この国は一人の≪創造者≫が全て創り上げたと言われている。
そこにある草花も、建造物も、魔物も…とても人工の物とは思えないものも、人工なのだ。
そんな≪神≫と呼ばれてもなんら可笑しくない創造者が余興の為に造った物が「ダンジョン」だ。
ダンジョンにはまず難易度が存在する。
「普通級」、「難関級」、「超級」の三種類だ。
そしてダンジョンには「宝箱」が沢山置かれている。
中には武器や防具、アクセに金…様々な物が一定の数詰まっているらしいが、難易度によって価値の高い物が入っているんだとか。
そんな夢と希望に満ち溢れたダンジョンにこれから潜り込に行くのだ。
「…っと、ここが≪ダンジョン協会≫か」
ダンジョン協会は地下に作られている。
理由は「ダンジョンと隣接させる為」らしいが…今はもう「テレポーター」が開発された後なので、ただの趣味目的で地下に配置されたという事になっている。
「おう、律っちゃん!待ってたぜぇ」
協会の中心地である≪受付広場≫にある噴水の前のベンチで座っていた、全体的にゴツゴツした身体に五厘刈りの男は、今回のダンジョン攻略のパーティの一人、「海堂 正隆」である。
「マサ…、声がでか過ぎるぞ。周りの奴が不審がってるじゃないか」
「おっと、こりゃ失敬。気付かずに行っちまうと思ってな!」
マサは大声で笑いながら俺の肩をビシビシと叩いた。
「痛い痛い、てか声抑えろって!」
「悪りぃ悪りぃ!じゃあさっさと行こうぜ、新ダンジョンの入り口にな」
「おう…」
俺達が行くのは新難易度ダンジョン「破壊級」。
これまでのダンジョンとは格違いの魔物と仕掛け…そして宝箱の中身。
このマサという男を含めた残り二人の男は、その「宝箱の中身」に目を付けて参加したらしい。
さて、無関係な俺がこのパーティに呼ばれた訳だが…今回のダンジョンは今までのダンジョンとは比較にならない難易度の為、四人パーティが強制されているのだ。
要するに俺は只の数合わせってわけ。
ただ宝箱の中身は一部貰える約束なので、役立たずで就職先が一切無い俺にとっては嬉しい限りだ。
…おっと、どうやら新ダンジョンの入り口前に到着したようだ。
大量の冒険者で溢れ返っている。
その中には超級ダンジョン攻略組どころか達成者までいる。…これは、宝箱の中身は序盤無くなってる事だろうな。
「おや、そこにいるのはマサと律さんでは?」
あまりの人の多さに唖然としていた所に、一人の男が声を掛けてきた。
「おう、ライちーとモリじゃねぇか!もう来てたんだな」
そう、さっき声を掛けてきた高身長で顔付きも良いが、僧侶のような格好をしているこの男は「鑑羅衣徒」と…ライに隠れて見えなかったが、後ろでもじもじしてる小柄で可愛らしい顔したコイツが「森永 相葉」だ。
「もうすぐ創造者様からルール説明があるようですからね。遅れて来ましたじゃ通らないでしょうし、予定より早く来ちゃいました」
「説明って事前に確認出来る物じゃ無かったのか?」
「その筈なのですけど、今回は何故か確認出来るようなサイトやチラシ、アプリは見当たらなかったですね」
「ふーん、まぁ今聞けるんなら別に良いけど」
「あ…ほら、来ましたよ。あれが創造者様です」
ライが指指した方向を見てみると、そこには創造者なる者が祭壇の上に立っていた。
「えっーー…どうも皆さん、初めましての人は初めまして、会った事のある人はお久しぶり。私は創造者こと「大河 真人」と申します。この度は私の作った新たなダンジョンに挑戦していただく旨を示してくださり、誠に感謝しております」
彼のその言葉に、周りの連中は歓声を上げた。
「では、今回のダンジョンのルールを説明させていただきます。ーー其の一、四人パーティを作る事、これは事前に報告していましたね。其の二、基本的にダンジョン内では何でもあり…つまり殺すのも、強盗を働くのも自由です」
「…ここまでは特に変わった事は有りませんね」
ライが頷きながら呟いた。
…俺は其の二のルールの時点でヤバいと思っているのだが、ダンジョン攻略組は考え方が違うのか?
「そして其の三ですがーーー所持品は全て置いて行ってください。あと服やズボン等の装備、装飾品も全て外し、これに着替えてください」
そう言って真人が見せたのは…なんと、「木装備」一式だった。
これには流石の達成者も不満の声を上げた。
「うわぁ…ブーイングの嵐だな」
達成者が文句を言ったんだ。
他の連中も黙って見ている訳が無いだろう。
しかし、創造者もこれぐらいは想像の範囲内だろう。
きっとなにか周囲を黙らせるようなどえらい事を言うに違いない。
「あーーっ、因みに着替えた奴等から入れるようにしてあるから、早く行かないとずっとそのままの装備でダンジョン攻略しないといけなくなるよー?」
案の定、創造者はブーイングの嵐をも凌駕する声量でとんでもないことを言いやがった!
その言葉を聞いた奴等は、黙々と着替え出した!
さっきまでのブーイングがウソのように静まりかえったのだ。
「さぁ、早く行きましょう!」
えっ、ライ…お前もう着替えたのかよ。
「おいおい、お前着替えるの遅くね?早くしろよ」
おいおい、マサまで…もしかして、モリも?
「…コクコク」
…マジかよ、着替えてないの俺だけか。
〜第一層、土の洞窟〜
「…なんか、すまん。俺のせいで出遅れちまって」
「まぁ、最後でもどっかに良いもんは眠ってんだろ。だからそんな落ち込むなって…な?」
落ち込む俺にいつもと変わらない声でマサは接してくれた。
「そうですよ、みんな奥に進む事に目が行くあまり、目の前の宝に気が付かない…そんな事も無い訳では有りませんからね」
「…残り物には福がある」
ライ…モリ…!
「ありがとう…ちょっと元気出たわ」
「そいつぁ良かった!」
マサはそう言うと、俺の肩をビシビシとチカラ強く叩いた。
「痛っ…!痛い!痛いっての!」
その緩い雰囲気に流されたのか、さっきまでの緊迫した空気は消え去り、辺りには俺達の笑い声が反響していた。
ーーー少し歩くと、二つの別れ道の一つに大きな穴のような物が道を塞いでいた。
「…ここは無理そうだな、もう一つの道を行こう」
穴の中を覗きながらそう提案すると、マサが道を塞ぐように立っていた。
「マサ、お前も穴を見に来たのか?」
どう考えても「穴を見に来た」というような顔をしていないが…念の為聞いておいた。
「なぁ、律っちゃん。お前のせいで俺達は遅れちまって、アイテムも満足に取れてない…違うか?」
「あぁ、それについてはさっき謝って…」
「すまねぇがよぉ、お前のやっちまった事は謝って済む問題じゃねぇんだよ。こんな装備でどうやって奥まで進んで行けって言うんだよ、すぐに魔物に襲われて死んじまうぜ?」
どうやらどの宝箱も中身が全く無い事に堪忍袋の緒が切れたらしい。
「…どうしたら許してくれる?」
俺は立ち上がり、マサの目を見て言った。
その瞬間ーーーマサは握り拳を作り、俺の腹に思いっきり叩き込んだ。
「ぐはっ…!」
吹き飛ばされた俺は、いつの間にか大きな穴の中心にいた。
「…お前が居ても足手まといなだけだ。だからお前はここで死んでもらう」
「そ、そん…な」
マサのその言葉を最後に、俺は深い穴の中に落ちていった。