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「皇太子殿下はいらっしゃるかしら。異世界からの迷い人のマコト様を案内してきたのだけれども」
エドワード様の執務室の前で立っている近衛騎士に声をかける。
いくらエドワード様の婚約者でも許可がないと部屋の中には入れないから、一度こうやって近衛騎士に声をかけるのだ。
私が現れたことに驚きながらも名前も知らない近衛騎士は、職務に忠実に中にいる次期宰相に声をかけてくれたようだ。
ややあって、執務室の扉が大きく開いた。
「レイチェル嬢、どうしたんだい?さあ、中に入って?」
エドワード様は人前では私のことを「レイ」ではなく「レイチェル嬢」と呼ぶ。なんでも愛称は特別だから二人だけの時にしか呼ばないということだ。
そして、それは私にも言い含められている。
「エドワード様、先ほど道に迷っているマコト様とお会いしたのです。連れて参りました。余計なことでしたか?」
「ありがとう。レイチェル嬢。マコト、案内のものが遅れてしまったようですまないね」
エドワード様は私ににっこりと微笑んでから、マコト様の方に視線を向けた。
夢みたいに、エドワード様はマコト様に興味を持たれるのかしらと、少し不安になりながら二人を見つめる。
ただ、エドワード様はいつもの人好きのする笑みを浮かべており、他の人との違いがよくわからない。
「私の方こそすみません。お約束の時間に遅れてしまうかと思い、皇太子宮で会う方々に尋ねていけばいいと思って来てしまいました」
「そうか。こちらの落ち度なのに気を使わせてしまったな。すまない」
「いえ」
マコト様の対応も、エドワード様の対応も見る限り普通である。
よかった。やっぱり夢は夢だったのかしら。
「では、少し話をしようか。レイチェル嬢も一緒に話を聞くかい?」
私も一緒にとエドワード様に確認されるが、ゆっくりと首を横に降った。
だって、執務の邪魔をしてはまずいもの。それに、私が聞いていい内容かどうかもわからない。
現にエドワード様を補佐している次期宰相のアルフレッド様は苦い顔をしているし。
「私はご辞退させていただきますわ」
「そうか。残念だな。レイチェル嬢が側にいれば、執務が捗るのに」
エドワード様は心底残念そうに呟いてくる。だが、その言葉を否定するようにアルフレッド様の「コホンッ」という咳をする声がきこえた。
「失礼ですが、殿下。レイチェル様がいらっしゃると殿下はレイチェル様ばかり構われ執務が滞ってしまいますが?」
アルフレッド様はその綺麗な顔に、怒りを滲ませる。
うっ。確かにエドワード様はいつも私を側におくと私に構ってばかりでいつもアルフレッド様に怒られていたような気がする。
「気のせいだよ」
と、エドワード様は言うが気のせいではないよね。
ここは、やっぱり私は辞退すべきだろう。
「では、私は失礼いたしますね」
「ああ。名残惜しいよ、レイチェル嬢。執務を終わらせてすぐに部屋に行くから待っていてね」
エドワード様にそう言われて執務室を後にした。
やっぱり、私と同じようにエドワード様もマコト様のことを気に入られてしまうのかな。そして、私よりマコト様を優先させるようになるのだろうか。
先ほど会った感じだとまだわからないが、マコト様は少し話しただけでも気さくないい人であることがわかった。だからこそ、心配でもある。
トボトボと部屋へ帰りつき、ソファーにゆったりと座る。すると、侍女のサリーがやって来てローズヒップティーを持ってきた。
「レイチェル様、ローズヒップティーにございます。本日は隣国のレコンティーニ王国のローズヒップティーでございます」
「ありがとう。」
サリーが淹れてくれたローズヒップティーを飲みながら思案する。もし、エドワード様が夢と同じくマコト様を優先するようになってしまったら私はどうしたらいいのかと。
私はマコト様を苛めずにすむのだろうかと。