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「おぎゃあ、おぎゃあ。」
その場にへたりこんで呆然としていると、どこからともなく赤ちゃんの泣く声が聞こえてきた。
きょろきょろと辺りをせわしなく見渡す。
すると、産まれたばかりの赤ちゃんを抱き抱えたマリアンヌ様が歩いているのが見えた。
マリアンヌ様が向かう先はユキ様と私の家だろうか。
私は急いでマリアンヌ様の元に向かう。
『マリアンヌ様!私の赤ちゃんを返してください。お願いいたします。』
マリアンヌ様に追い付くが、マリアンヌ様はこちらを、見ようともしない。
私の赤ちゃんだけが、私を見つめて「きゃーあ。」と、声を出して笑った。
その笑顔があまりにもあどけなくて、愛しくて思わず私も笑いかける。すると、赤ちゃんはケタケタケタとさらに笑った。
『可愛い。可愛い私の子。』
マリアンヌ様は笑っている我が子をあやしながらてくてくと余所見をせずに歩いていく。
私のことは気づく気配もなく、こちらを振り向きもしない。
やはり、私はマリアンヌ様にはまったく見えていないようだ。
しばらく歩いて、マリアンヌ様はユキ様と私が住む家にたどり着いた。
「ユキいる?」
マリアンヌ様が玄関から声を張り上げて中にいるだろうユキ様の名を呼ぶ。
「はーい。」
するとややあってから、ユキ様の返事と共に玄関のドアの鍵を開ける音が聞こえてきた。
ガチャッと玄関のドアが開くと、ユキ様が顔をのぞかせた。
「赤ちゃんにお乳を分けてくれる人が見つかったよ。今もらってきたから、ほら、このとおりご機嫌だよ。」
マリアンヌは両手に抱えた元気いっぱいの赤ちゃんと一緒にユキ様の家に入っていく。
そうか。
私がいないから、赤ちゃんに、お乳をあげることが出来なかったのね。だから、お乳を分けてもらいに行ってきてくれたのね。
「レイチェルが早く目を覚ましてくれるといいのに………。」
「仕方ない。お産で命を落とすものは少なくないからね。意識がなくとも生きているだけで奇跡だよ。」
そう言って、赤ちゃんを私の横にマリアンヌ様は寝かせる。
赤ちゃんは私がわかるのか、私にすり寄ってきて眠り出した。
我が子に触りたい。
自分でお乳をあげたい。
そう思いながら、我が子に触れるがやはり手は素通りするだけだった。
それならばと、自分の身体に手をのばすが、弾かれてしまい自分の身体に戻ることもできない。
どうしたものかと思案していると、クロとシロがやってきて、私はまばゆいばかりの光の中に投げ出された。
『赤子はしばし見ておく。安心するがよい。レイチェルは、己の道を自らの手で切り開くのじゃ。』
頭の中に直接、誰のものかわからない声が響いてきた。
その瞬間、私は目映いばかりの光に包まれていた。
そして、気がつけばどこかもわからない山の中に飛ばされていたのだった。




