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07 子どもたち

 day2


「朝だよ!」


「このお姉ちゃんだれ?」


「しらなぁい。」


 小鳥が鳴いているような甲高い声が部屋中に響く。私はもっと眠っていたいのに。


「よく眠れましたでしょうか?」


「はい。ちゃんと眠れました。」


「それは良かった。では朝食の準備を手伝っていただけませんか?」


 手伝うと言ったからには手伝わなければならない。本当は、もう少しだけ睡魔がつくりだす迷宮の中にいても良かったのだが、それを子どもたちが許してくれるはずがなく、もちろん私自身もそれを許さなかった。


 台所にあるのはうどんが入った段ボール箱と数種類の食べられる野草だけ。天ぷらを作れるだけの油も衣もなく、さっと湯がいて食べるそうだ。当然食べ盛りの彼らの胃袋を満足させられる量などなく、それでも彼らは文句を言うことはなかった。


「山菜の方をお願いします。」


 孤児院の主はそう言う。


「先生、アクの抜きかたがわかりません。」


「あく抜きは終わってるから問題はないでしょう。」


 葉物野菜は沸騰したお湯でさっと茹でる。この時、お湯に若干塩を入れておくと色が格段に良くなるらしい。入れすぎると単純にしょっぱくなってしまうからそこはある程度経験というものが大切になってくるそうだ。


「根っこの方から入れるっと。」


 根っこの硬い部分をどうにかして柔らかくするためのただの人間のエゴだ。それは私にもわかっている。でも、食べないという選択肢は残っていない。私達人間でさえも食物連鎖に組み込まれているのだから。仕方ないことなのだ。


 お湯が沸騰する。今現在のお湯の温度は百度を優に越えているだろう。これを頭から被れば大火傷して死ねるに違いない。そう考えてしまった思考回路は間違いなく私自身のもの。私から見えない私がそこにいる。ここにいる私は多分私が生み出した虚像、記憶を失ったただの南条静乃。


「あっ、茹ですぎた。」


 少し変色した山菜はまだ箸で掴める位の固さで、それはまだ手遅れではないことを私に伝えていた。


 ざるにあげて水にさらす。冷たくなっていく私の思考回路は何も掴むことはなく、そうして私はまた虚しさの中に沈んでいく。何も掴めないこの手はどうしてこの体についているのだろう。


 山菜を切るための包丁は鈍い光を放つ。下に敷かれているのは木製のまな板、それには刃物による傷がいくつも入っていた。


「お姉ちゃん、包丁をじっと見つめてどうしたの?」


 いつの間にか隣にはさっき私を起こしに来た内の一人がいた。彼女は私の周りを飛び回り、しきりに高い声でさえずる。いつもならそこで不快感を覚えるものだが、不思議とそうでもない。そして、手に持った包丁は本来の用途に使われる。つまり、茹であがった山菜を切るために。


「切れ味、良くない……」


 押しても引いても全く切れる気配のない山菜は、まるで筋が入ったステーキのようであった。だが、それの色は緑、単純に茹で時間が足りなかったのかもしれない。どうしようもない中途半端さ、それが南条と呼ばれた少女の本質なのかもしれない。


 出来上がったのは山菜うどん。引きちぎられたワイルドな山菜と、若干のびてしまったうどん。当然だが、味はあまりよくなく、普通の人ならば逃げ出してしまうほどのものだろう。だが、ここにはそれ以外のものはない。食べるしかないのだ、生きたいのであれば。


 いや、私はここにいたくない。生きたくない。無様に肢体を微生物に喰われてすべてをおしまいにしたい。


 昔のことなんてわからない。今のことすらもわかっていないのだ。過去がわかるはずがないに決まっている。


 知らない。知っている訳がない。私は、何も知らない。知らないことが怖い。怖い。すべてが怖い。だから、いなくなりたい。


 純粋な光を灯した瞳は無知で無意味で空っぽの私の方に向けられる。うどんは彼らの皿の中にはもうない。全てその胃袋の中に納められてしまったのだから。


「いりますか?」


「いいの? お姉ちゃんの、無くなっちゃうよ。」


 気にしないとばかりに首を縦に振る。早いか遅いか、それだけのお話。麺は既に水分を飲み干し、私の食欲そのものを食らいつくしてしまったのだから。


「大丈夫です。食べられるうちに、どうぞ。」


 隣に座る子ども。肌は水分を失っていて、膝の()り傷が目立つ子だった。きっと少年のように腕白で、少女のように繊細なのだろう。


 私の前にある皿をゆっくりと持ち上げて一気にその中身を掻き込んでいく。私の頭には成長期という言葉が浮かんでくる。すくすくと伸びていく身長、数年も経てば私なんか彼らに追い抜かれてしまうのだろう。


 なんか悲しいような、それでいてなぜかうれしいと思ってしまうのはなぜだろうか。そして、そのうれしさというものも他人事(ひとごと)のように思えてしまうのはなぜだろうか。

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