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06 教会

「少し待っていて下さい。すぐ、終わらせるので。」


 成人男性一人を軽々と持ち上げるほどの筋力、見た目とは違って体育会系なのかもしれない。もしかしたらそのうち、筋肉こそが神なのですとか言うのかもしれない。そんな失礼な想像をされているとも知らずに、謎の宗教家はどこかへ行ってしまう。辺りには、血の跡ひとつすらもない。そこで人が一人死んだという形跡ですらも残っていない。


 私は、怖かったのだ。目の前で人が死んだのに、何も感じなかった私自身が。あの男は己の欲望を満たすために私を助けたのかもしれないが、助けたということだけは紛れもない事実なのだ。なのに、彼が死んでも何も感じない。感じられない。


「出来る限り応援するって言ったのは嘘だったんですか?」


 死人には話すための口などない。そもそもそこにはもう男がいた痕跡は残っていない。これは、ただのひとり言だ。そう、ただのひとり言なのだ。答えなんて求めてはいない。むしろ求めてはいけないのだから。


「一人は、嫌なのです。怖いのです。」


 なぜ怖いのかは全くわからない。ただ、他人と違うのが怖い。普通じゃないことが怖い。私が私であることが怖い。私にあんな冷たい部分があることが怖い。そんな風に私自身を否定してしまう私が怖い。


「ミー。」


「ひっ、お願いだからこっちにこないでください。」


 目の前で死んだ男の言葉を思い出す。といっても、ほんの数時間前の出来事なのだが。


 ――――猫や。ここは猫に支配されたんや。仲間もかなり死んだ。ある奴はあいつらの罠にかかって、またある奴は嬲り殺しにされたなァ。


 その猫、きっと野良なのだろう。首輪の類いはつけていない。その開かれた瞳孔が私の両の瞳を映し出す。暗闇で光るそれは死神や魔女の使いと言われても違和感がないほどに恐ろしいものであった。


「みゃー。」


「近づかないで下さい。お願いします。」


 彼? 彼女? は、がっかりしたようにどこかへ去っていく。私は、自分から(やぶ)をつつくような特殊な趣味もないので、その猫を静かに見送る。闇に紛れた黒猫は、既に私の視界の外にいるらしく、こちらからその様子を伺い知ることはできない。


 ちょうど戻ってくる謎の宗教家。向こうは私の名前を知っていたのに、こっちは何も知らないなんて不公平じゃないか。


「へたりこんで、どういたしましたか。」


 全面的に信用することは多分ない。でも、今だけなら、ついていってもいいと思った。


「いえ、なんでも、ないです。大丈夫ですから。」


 迫真の演技と渾身の営業スマイルをつくりだす。人間の心理や行動に少し詳しい人であればすぐに見破れるほどの大根っぷり。個人的な話だが、現在進行形で豚バラ大根が食べたい。


「それならいいのですが。では、行きましょうか。」


 そこは祈りのためというよりは、誰かが住むために改築された教会。十字架といっても、赤十字の十字架なのかなと思ってしまう。


「生憎、まともな食料は残っていないもので。これで満足していただけるかはわかりませんが。」


 なんとなく予想はできていたが、やはりうどんだった。いつからここは香川県になったのか。目覚めてからうどんしか食べていない。うどんに醤油を少しかけただけのシンプルな料理。残念ながら具が乗っていたりとかは全くない。


「ごちそうさまです。」


「お粗末様、ですかね。布団は客間の方に用意してあるので、確認しておいて下さい。」


 フローリングの上に布団というのも変な組み合わせだが、今はそんな贅沢なことを言っていい時ではない。


「硬い、です。でも眠れないほどではない、と思う。」


 ずっといたら腰を悪くしてしまいそうだ。だからといってあの男の家から拝借する訳にもいかない。今あるもので快適な空間に変えようとせず、他の場所からくすねたものでなんとかしようとするのは、傲慢であり、怠惰なのだから。


 疲れていたのか、意識は既に夢の中に落ちている。体がとても軽い。まるで私自身が猫であるかのように。

既にある線路を全力で駆け抜けるだけが人生ではない。その線路をつくってこそ人生と言えるのだ。


お読み頂きありがとうございます。

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