05 聖なる夜
「貴方はなんとしてでもそこにいる少女、いえ、南条さんを手に入れたい。違いますか?」
「せや、なんか文句あるんか?」
二人だけで進んでいく会話。それは、私に介入する暇すらも与えずに進んでいく。それは会話というよりは、挑発と言った方がふさわしいのであろうか。
「嫉妬。それと強欲でしょうか。それは誰かへの意趣返しではないのではありませんか?」
「だからなんや。アンタには関係ないやろ。」
「怠惰。説明を放棄するなど人としてあるまじき行為。残念ながらそれを赦せるほどの人格者ではないもので。では、今貴方はなにをしようとしたのでしょうか。」
「見てわからへんのか? DT風情が。」
「高慢、それに色欲。それが貴方自身を滅ぼすとわかっているのに。」
やっとわかった。カトリック教会における、七つの大罪。高慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲の七つ。
「はぁ、なめてんのかテメェ。ぶっ殺すぞ?」
男の瞳には、既に殺意の炎が宿っていた。
「憤怒。貴方に勝ち目など一分もありません。あとは暴食だけ、ですが、さすがにそこまで追い詰める必要もないでしょう。」
まっすぐと突っ込んでくる姿はまるで猪のようで、
「猪突、猛進。」
その言葉以外の表現を私は知らなかった。正確には知っていたが、これ以上しっくりとくる言葉はこの世に存在しない。知性を感じることのできない獣の瞳。獲物を狩るためだけに見開かれたそれは人間というよりは獣のそれと言った方がふさわしい。
「――――神による救いは皆に平等に行われる。不本意ながら、彼も一人の人間。嗚呼、神よ。この者にあたたかなる祝福を。」
彼は一歩だけ右にずれる。それだけなのに攻撃が当たらなくなる。
「テメェ、いま何しおった。」
「別に、なにもしておりませんが。」
「何もしとらんはずぁねぇよなぁ?」
私には何も見えていない。男が宗教家とすれ違ったタイミングに姿勢を崩したのなんて全く見ていないのだから。ああ、そうとも。何も見ていない。
「がっ、アァァーーーー!!!!!!」
突然男がうめき声をあげる。
「雀蜂。あちらのお客様からのプレゼントです。毒のカクテルのお味はいかがだったでしょうか。」
「いぎっ、うぐぁ、て、メェ。」
――――殺す。殺される。なら殺すしかない。殺して、殺されて、死んで、土くれに還って、そしてまた殺す。とにかくこいつは、こいつだけは殺す。この手で殺す。殺す殺す殺殺殺殺kkkkk!!!!!!
スズメバチの毒。複雑な構造で、解毒は不可能とされる。その特性から毒のカクテルと呼ばれることもあり、その危険性は、年に数十人の犠牲者が出るほどのものである。
「いだい。ぐる、っじい。だずげで。だ、れか――――」
ぐったりとした体は、もう動くことはない。アナフィラキシーショックだっけか。ある種のアレルギー反応だった気がする。なぜ、人が死んでいるのに落ち着いていられるのか。私は普通の人間、無感情のアンドロイドではないのに。
そういえばこんなことを聞いたことがある。
「好きの対義語は嫌いではなく無関心、ということなのです。多分。」
ただの嫌いであれば、何らかの興味を示すことはできる。だが、何の興味もわかないのだ。まるで、それがただの幻影だったかのように。
そうして彼は死んだ。誰かの中で生き続けることもなく、誰かに看取られる訳でもなく、ただ、あっけなく死んだ。正確には、動かぬ人形に変わってしまった。ただ、そこから人間が一人いなくなり、肉塊が増えただけ。
「河原にでも捨てておきましょう。こんなところで腐敗でもしたら結果的に迷惑がかかるでしょう?」
死体からは生肉を常温で放置した時よりもひどい腐臭がするらしい。つまり、今のアレには生肉以下の価値しかない。食べられるために改良された豚や牛のほうがよっぽどまともである。だって食べられるのだから。
「は、はい。何か手伝えることはありますか?」
ようやく指先の感覚が戻ってくる。おかえりなさい、指先の感覚。もういなくならないでね、困るから。
「高校生にお仕事のお手伝いは任せられません。それも死体の処理は特に。」
「助けていただいたお礼がしたいんです。」
「やはり貴女は、君は、――――」
――――南条さんなのですね。
その言葉のさすところは全くと言っていいほど読み取れない。でも、それが悪意からくるものではないということはなんとなく知っていた。記憶の問題ではなく、心の問題だと思われるそれは、とても非科学的でとても面白いなと思った。
「では、教会に一緒に来ていただけませんか?」
「教会、ですか?」
「ええ。一人で大勢の子どもの面倒をみるのはさすがに無理があったので。」
お読み頂きありがとうございます。
黒い色のものは、狙われやすいので注意してください。(蜂の話です。)




