02 光のない世界
「とりあえず飯や、せやなぁ、今日は何にしよか?」
「えっと、シェフのおすすめコースとかどうですか?」
「それや! って言うと思ったん?」
滅相もございません。ただ、エセ太さんがつくれる料理のジャンルを知らなかっただけなのである。結局彼は私の要望を聞くことなくキッチンに行ってしまった。
「火ってつくんですか?」
ちょっとした疑問点。猫の支配によってこの社会はどうなったのか。
「インフラは大体生きとるが、いかんせん外にでれんからナァ。ガス管が壊れたらジ・エンドや。」
そう言う彼の手付きは、不良とヤンキーを足して二で割った見た目にそぐわない丁寧なものであった。音をたてないようにコンロに置かれたフライパン。油汚れがひどく目立つ――――むしろ油汚れがないところを探す方が難しい――――コンロは、一般家庭に普通に置かれているものとは若干違うように思われた。
「何かお手伝いしましょうか?」
答えはすぐに帰ってきた。
「ええって。南条さんは客で、こっちはシェフなんや。料理人が客に料理を手伝わせるっちゅーんは常識的にありえんやろ。」
確かに、その理論は正しい。だが、ここはレストランではない。それに、エセ太さんはシェフですらない。実は調理師免許を持っている可能性はないとは言えないが、ここではないということにしておこう。
「なら、私は何をすれば……」
「暇ならそこら辺でも見とき。自分、記憶喪失とちゃうん。なら、その辺のモンがなんかの手掛かりになるかもしれん。」
記憶喪失。自覚はないが、自然とその言葉は今の私にしっくりとくる言葉であった。
「ありがとうございます。お言葉に甘えてその辺にいるので、何かあったら手伝います。」
布団が置かれている和室から出て、そこの電気を消す。タッチパネルのようなハイテクなものとは程遠い壁のスイッチを押すだけ。その壁の近くには、使われていないであろうインターフォンがあった。
リビングに無造作に置いてあるのはテレビのリモコンだろうか。ちょうどその近くにブルーレイがついた液晶テレビが置かれている。
試しに赤くて丸い電源ボタンを押す。砂あらしが吹き荒れることもなく、正常に電波を受信した。
お昼のニュースの時間だったらしく、なんのとりとめのない話がスピーカーから流れる。
「本日未明、福岡県●●●市で殺人事件が起こりました。犯人は未だ逃走中ーーーー」
チャンネルを変えてみる。当然だが、ダイヤル式ではなく、リモコンのボタンを押すだけでチャンネルは変わる。
「今日の四色コーデは!」
バラエティー番組の気分じゃない。迷わずチャンネルを変える。
「●●議員の汚職問題が話題になってますねぇ。」
「はい、では、その流れをパネルで見ていきましょう。」
「●月●日、●●議員は秘書の友達である●●に電話を掛けたんですね。」
「その時点でおかしいんじゃないのか?」
「まぁまぁ、最後まで聞いてくださ――――」
リモコンの上の方の赤いボタンを押す。そうした刹那、テレビはただの無機質な機械へと姿を変えた。
「普通の、番組です……」
情報番組、バラエティー、料理番組、何もおかしいことはない。おかしいことがないのがおかしいのであって、それ自体がおかしいのにおかしなことにおかしくないニュースがこのおかしな状態に――――
こっちの頭までおかしくなってしまいそうだ。溢れ出すクエスチョンはやはりとどまることを知らない。壁に無造作に貼られた千葉県の地図には、至るところに赤でばつ印がつけられていた。私はその地図をじっくりと眺める。
「川、つまり県境ですか。えっと、こっちは線路、こっちの方は橋――――」
海ほたると呼ばれるサービスエリアに向かう高速道路も、海上のばつ印によって寸断されていた。これじゃあまるで、「陸の孤島」じゃないか。江戸川と利根川に挟まれた立地上、橋を絶たれたら、交通手段は激減する。
「テレビで普通の番組をやっていたのは、千葉県を犠牲にして、とりあえずの平穏な暮らしを得たから、ですね。」
誰にも聞こえないひとり言、それが合っている確証なんてどこにもない。どこにもないのだが、現実はそうなっている。
千葉県の人口は確か約六百万人だったはず。政府は、六百万の命を切り、捨てた――――
大を取って、小を切り捨てる。四捨五入だって、選挙のシステムだってそうだったじゃないか。首都圏の人口は約四千万人。その内、千葉県の人口はたったの十五パーセントでしかない。被害拡大を恐れた日本政府が彼ら、我々を切り捨てたとしても、なんのおかしな点はない。ない、はずはないのだが、ないことにされてしまったらしい。
「捨てられた、のかな。私は、私たちは。」
誰かに否定してほしかった。でも、誰も否定してくれなかった。
そうなんだ。
私たちは、孤独で、孤高で、ひとりぼっちなんだ。
実際にある地名、施設、番組などとは一切関係ありません。
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