10 シナリオ
私は、何かに縛られている。それはわかるのに、何かの中身がわからない。わからないのは気持ち悪い、だから探さないといけない。もちろんそれくらいはわかっている。
「結局、ここで終わっちゃえば全部解決するけど……」
そんな終演は南条静乃という人間が許してくれないらしい。その証拠に膝は崩れ落ち、指は一寸たりとも動いてはくれない。舞台に立ち続けるという選択肢しか選ばせてくれないのだろう。
「戻ろう、かな……」
帰ったって、日常が待っているわけではない。ただ、帰れる場所があるから帰る。たったそれだけ。面白くもなんともない、現在進行形の思考回路。
迷いはしない。人生という道において迷子なのだから既に迷走しているといえるのだが、風邪を引いている人が重ねて風邪を引かないように、私はこれ以上迷いはしない。
人がいない、そして猫すらもいない。所々ひび割れたコンクリートロード。残念ながら故郷に繋がっているとは限らないが。
「駄菓子屋か。なんか、最近みない気がするけど……」
経済はわからない。でも、少子化や高齢化のせいで需要も供給も減っているであろうことは容易に想像出来る。知識の記憶とエピソードの記憶は別物であり、駄菓子屋のことはエピソードではなく知識としておさめられていたらしい。
「ちょっと、覗いてみようかな」
横に引くタイプの扉。施錠されていなかったため、簡単に開けることが出来る。もちろん鍵がかかっていたら諦めていた所だったが。
「――――いらっしゃい」
いないはずの人影。聞こえないはずの声。私は、ここを知っているのかもしれない。でも、思い出せない。パズルのピースがあっても、どこにはめるべきかがわからない状態。
白髪で、腰が曲がったおばあちゃん。お勘定の時だけ丸い眼鏡をかけていて、お菓子を見ている子どもを楽しそうに見ていたんだっけ。
「懐かしい、な……」
キャラクターのイラストが描かれた十円のガム。それをプラスチックの容器からつまみ上げる。当たりを引くともう一個貰えるというシステムなのだが、当たりが出たという記憶はない。
単純に忘れているだけかもしれない。当たる確率は約三パーセント、エンゼルよりはずっと高確率なのだから一度はひいていてもおかしくはないが。
「一つ、買っていこうかな……」
ポケットの中にはぴったり十円。消費税がかからないのならば、しっかりと足りる金額。
無遠慮に容器に手を突っ込み、当たりが出ることを願って一つを選びとる。出てきたのは、コーラ味のガム。つまり定番中の定番。
「……これください」
「十円ぴったりね、当たればいいねぇ」
茶色の硬貨、その表面には十という数字と平等院鳳凰堂が刻まれている。残念ながらギザ十などではなく、間違いなく普通の十円玉。
「ありがとうございます」
しわくちゃな手のひら。その近くには年季の入ったそろばんが置かれている。ただ、それはきちんとお手入れされているようで新品同様の輝きを放っている。
店を出て、包み紙を開く。ポイ捨ては常識的にいかがなものかと思い、そのままポケットに突っ込む。ぐちゃぐちゃになった気がしなくもないが、コレクターでもないので気に留めることはない。
銀色の包み紙の継ぎ目をめくる。的に矢が刺さったような絵柄がはみ出ているようだ。これはもしかしたら当たったのかもしれない。
「えっ、当たったの?」
当たりは買ったお店で交換、とそこには書かれている。とりあえず紙だけを引き抜き駄菓子屋に持っていくことにした。
緩やかに流れるこの時間は案外嫌いではない。むしろ好きの部類に入るほどだ。でも、そのときは違っていた。
「……開かない」
扉が、さっき開いたはずの扉が完全にしまっている。そして駄菓子屋だったはずの建物の中には、年季の入った蜘蛛の巣が陣取っていた。
「じゃあ、さっきのは……?」
ポケットに入れていたはずの包み紙が消えている。そして、さっき支払ったはずの十円玉は入れ替わったかのように元通り底の方に沈んでいた。
「もしかしてただの夢だったの?」
失われた記憶の残滓というテープがかなでたノイズ。偽物の記憶としか思えないそれ。針が飛んだレコードからは何の音も生み出されないのだから。
それでも、回転は止まらない。たとえその駄菓子屋が無くなったって世界は回り続けるし、仮に私が今までの記憶を取り戻した所で地球が逆回転を始めるということもあり得ない。
それならば、無理に呼び起こす必要は無いのではと思ってしまう。眠っているなら、その怪物の尻尾を無理に踏みつける必要性は感じない。
「だったら、これも一夏の夢なのかな……」
これも、誰かが作ったシナリオという道の上なのかな。