第5話:最強魔術師は魔術を教える
ミーアを連れて、庭に移動する。玄関の隣の通路を通って、少し歩くと着いた。大きな家が一軒丸ごと入るんじゃないかってくらいの広い芝生の庭だ。
「すごい……! シオンはいつもここで?」
「七歳になるまでは家の外にはほとんど出たことがないから大体いつもここにいるかな」
「そうなんだぁ」
興味深そうにチラチラと観察するミーア。その様子が可愛いので、ずっと見ていたかったが、目的を見失っちゃいけない。
「ミーアは魔術を使えるか?」
「魔術? 魔法じゃなくて?」
「魔法ってのは詠唱をするだけでどんな複雑な魔術でも使うことができる技術のことだ。場合にもよるけど、魔法を使うメリットはほとんどないよ」
「でも魔術は数百年前に廃れたって……お母さんが」
「廃れた原因はわからないけど、昨日戦ってみた限りでは魔法が魔術に勝るとは思えないんだ。そうだな、ちょっと例を見せようか」
俺は庭の端にストックしてあった大きな石を運んできて、ミーアから少し離れた場所に設置する。
設置が完了したら、ミーアの隣に戻ってくる。
「まずは魔法からやってみるよ」
【ウォータークロー】の呪文を思い出す。高圧の水を発射して、爪のように切り裂く魔法だ。
「齢十億年の水竜よ、爪の如き鋭き水を与えたまえ――」
詠唱が終わると、高圧の水が発射され、石に衝突する。当たった後の石は真っ二つに割れ、無数の細かい傷がついていた。
「あんな大きな石を真っ二つに!? こ、こんな魔法見たことない! シオンは凄いよ!」
「褒めてくれてありがとうな。でも、魔術に比べれば全然大したことないよ」
俺は真っ二つに割れた石を端に避けて、新しい大きな石を用意する。今度の石はさっきのよりも一回り大きく、強度も高いものだ。
「よく見ておくように。これが魔術ってやつだ」
俺はさっきと同じ位置から、今度は魔術を使って【ウォータークロー】を発動する。詠唱することなく突然飛び出した水の刃が、石に衝突する。
ドゴオオォォンと轟音が響き、砂埃が舞う――。
「あ、あれ!? 石はどこにいったの?」
さっきまで石があった場所には大量の砂が落ちているだけになっていた。
ミーアはそれを石が消えたと思ったらしく、激しく動揺していた。
「ミーア、落ち着いてそこを見てみろ。石はそこにあるだろ?」
「どこにもないけど……って、もしかしてあの砂って……!?」
「その通りだ。あれは俺の魔術で砂になるまで細かくなった石の残骸なんだよ」
「す、凄い……! 本当に凄い! こんなことができるなんて、シオンは世界一強いんじゃない!?」
俺は苦笑いを浮かべる。
「さすがにそれはないかな。千年前はこれくらいできて当たり前って感じだったし」
「……千年前?」
「ああ、こっちの話だよ。俺はたまにボケちゃうんだ。ハハッ」
ミーアが不思議そうな目で俺を見つめた。
危ない危ない、油断するとすぐにボロが出ちゃうんだよなあ。
「まあ、こんな感じでミーアも真面目に修行すればこのくらいのことはできるようになるよ」
「本当に? 私でもこんなことできるの?」
「そもそもエルフは戦闘能力に関して優れてるからな。正しい修行さえすればすぐにこれくらいできるようになるよ」
「そっか、私頑張る!」
ミーアがやる気になってくれたみたいで良かった。
さて、ここからは根気が必要になる。俺も頑張らないとな。
「魔術が使えるようになるには、地道な修行が必要なんだ。毎日素振り千回、毎日寝る前と寝起きの瞑想を一時間だ。それで魔力の使い方がわかってくる。一度魔術が使えるようになれば瞑想は卒業だ」
「素振りはどうして必要なの?」
「魔術に頼らない基礎体力の向上と、魔力量を増やすためだな」
ミーアは魔力量の説明を聞いて、驚いた顔になった。
「魔力って、増えるの……?」
「うん? そりゃあ増えるよ。逆に、魔力が増えなかったら何発も撃てないだろ?」
「そ、そうなんだ……私の中で常識が崩れていく……」
もしかしてこの時代の人間は魔力の増やし方を知らないのか?
……そんなはずないよな。ミーアが知らないだけだと思いたい。
「じゃあ、早速素振り千回だ。瞑想の時は俺が一緒にいられないけど、絶対に寝ちゃだめだからな? もし寝ちゃったら初めからやり直すこと。いいね?」
「わかった! シオンみたいになれるように頑張るね!」
ミーアは満面の笑みで答えた。
その後、彼女が魔術を使えるようになるまでは、かなりの時間がかかった。
俺も自身の鍛錬に励み、ミーアに追いつかれないように努力を怠らなかった。一度身につけた能力をもう一度覚えるのは難しいことじゃない。優秀な肉体と相まって、二度目はサクサクと見つけることができた。
身体は成人するまで成長し続ける。成長するたびにできることが増えていって、それが楽しかった。
そんなことをしているうちに、八年が経過し、俺たちは成人した。
ミーアは俺を除けば村一番の実力者になり……胸がかなり大きく成長したのだった。
成人を迎えたら、俺とミーアは世界を冒険することに決めている。
ミーアはどこかに存在するエルフの村を探すため、俺は二度目の世界平和を実現するため。
――そして、旅立ちの日がやってきた。