第3話:最強魔術師は友達ができる
四人の少年が俺に殴りかかってくる。
魔法を使っても勝てないなら物理で勝負する。――なかなかわかっているじゃないか。万に一つも彼らが俺に勝てることなどありえないが、最善の一手だ。
「だけど、動きに無駄が多すぎるよ」
顔面に飛んできたパンチをしゃがむことでかわし、一人目の少年の背後に躍り出た。
首をトンと軽く叩いてみる。
「がはぁ……」
呆気なく少年は意識を失い、その場に崩れ落ちる。
これは魔術でも何でもない、単なる体術だ。だが、それを知らなかったのか少年たちの顔が青ざめた。
「ま、まさかお前殺りやがったのか!?」
「よく見てみなよ。気を失っているだけさ」
仲間たちが倒れている少年の様子を確かめ、生きていることを確認すると、彼らはその場で脱力した。
「こんなの勝てるわけがねえ……降参だ」
「賢明な判断だな」
三人の少年たちは気を失っている仲間を担ぐと、逃げるように俺から離れていった。負け惜しみをしなかったことだけは評価してやろう。
見えなくなるまで離れたことを確認してから、俺はエルフの少女に目を落とした。
金髪碧眼の可愛らしい耳長少女。年齢は俺と同じ七歳くらいだと思う。エルフも人間も、成人するまでは同じ速度で成長する。
まだ胸は膨らんでいないけれど、すらりと脚が長くて将来はかなりのナイスバディになりそうな、そんな印象を受けた。
「怪我はない?」
少女はきょとんとしていたが、しばらくすると我に返ったようで、俺に話しかけられていることに気がついた。
「だ、大丈夫! ……それにしても君、強いんだね」
「まあね。まだまだ青臭いガキには負けないよ」
「青臭い?」
「あ、こっちの話。それより聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
危なかった……。こんな小さな子に隠すことでもないのかもしれないけど、俺が転生者であることは面倒だから隠しておきたい。どこから噂が広まって面倒なことになるかわからないからな。
「うん、いいよ。何でも聞いて」
「じゃあまずは……君の名前は?」
「私はミーア・カセラートだよ。あなたは?」
彼女に名前を聞いてから、まだ俺が名乗っていないことに気づいた。
「ああ、ごめん。俺はシオン・マウリエロ。七歳だよ」
「わぁっ! 私と同じ歳なんだね。もうちょっと年下かなって思ってた!」
「俺の両親が東洋の生まれらしくて、若く見られるんだよ」
俺はこの辺では珍しい黒髪黒目の見た目をしていた。父さんのカルロは東洋の小さな島国から流れてきてここに住み着いているんだとか。
その地域に住む人々はほとんどの人が童顔らしく、その血を受け継ぐ俺も実年齢より若く見られやすいということらしい。
「それより、俺はエルフのことについて何も知らないんだけど、どうしてあんなに嫌われてるんだ? 俺の知ってるエルフは高潔で強くて優しい種族だから、嫌われるようには思えないんだ」
「……私も詳しくはわからないんだけど、この耳が災厄の魔王の角を彷彿させるからって、お母さんはそう言ってたわ」
「理不尽な話だな」
「シオンは優しいんだね」
「俺は普通だよ。皆がおかしいだけだ」
ミーアはふふっと微笑を浮かべた。
「それが優しいってことよ」
その笑顔が可愛くて、ちょっと見惚れてしまった。
童貞の悪い癖だ。優しくされるとすぐに人を好きになってしまう。
俺は邪念を抑え込み、ミーアの蒼い瞳をジッと見た。
「ミーア、君が虐められたのは今日が初めて?」
ミーアは首を振って、
「ううん、違う。大人が見てる時以外はいつも嫌なことをされるわ」
「そうか、じゃあ強くなるしかないな。心だけじゃなく、身体も」
「シオンが教えてくれる?」
「そのつもりだよ」
「そっか……私、嬉しい。頑張る」
ミーアの俺を見る目が少し色っぽいような、そんな気がした。
まさか俺に惚れるなんてことはないだろうし、気のせいなんだろうけど、幸せな気持ちになった。
「シ、シオン……?」
「ん、どうした?」
「その、もしよければ……友達になってくれないかな?」
「え?」
「あっ……やっぱり駄目だよね。私、エルフだし……その、シオンに迷惑かけちゃうかもしれないし」
「迷惑なんて思ってないよ。友達にエルフも人間も関係ない」
「ほ、本当!?」
「っていうか、もう友達だろ? こうやって楽しくおしゃべりしてるのが、友達じゃなかったらなんだと思う?」
「そっか……友達……私の初めての友達。ありがとう、シオン!」
ミーアが大はしゃぎで手を繋いできた。彼女のぬくもりを直で感じる。温かさ、柔らかさだけじゃなく、優しも伝わってきた。
途中から、俺の指とミーアの指が絡み合う。――まるで、恋人繋ぎだった。
「えっと、ミーア?」
ミーアの頬が幸せの朱色に染まっていた。
「と、友達なら手を繋ぐくらい……普通だよね?」
手を繋ぐくらいは普通かもしれないけど、恋人繋ぎはちょっと行き過ぎでは……?
ミーアの俺を握る手が強くなる。
「……そうだな。友達なら、普通だよな」
俺はお使いに来ていたことも忘れ、日が落ちるまで彼女と幸せな時間を過ごした。