第2話:最強魔術師は喧嘩を買う
【魔物による人的被害 一万人に上る】
一面の見出しが目に飛び込んできた。
詳しく読んでいく。一月からの集計で今日の日付が六月十七日――たった半年で一万人が魔物の被害に遭った。
怪我人も含んでいるので、死亡者数だけだと数は激減するだろう。……それでも、多いが。
見逃せないのは、魔王が復活して以来魔物が活発化して被害が毎年拡大していっていることだ。
このままだと来年には人的被害が一万三千人を超えると推測されている。
別の記事も確認することで、大まかにだが俺の知らない千年の歴史が見えてくる。
問題は魔物だけではなかった。
魔物による侵略で人類は土地を減らし続けている。河が汚染された影響で、深刻な水不足や食糧不足も引き起こしていた。
弱った小国に強国が攻撃を仕掛けたことで、侵略戦争が起こった。今は多少落ち着いているようだが、国と国の溝は埋まっていない。
「……はぁ」
ため息しか出なかった。
俺が生涯をかけて作り上げた平和は、魔王の復活というたった一件のイレギュラーで全てが崩れたのだ。
人類が手を取り合えば、ここまで悪化する前にどうにかできたかもしれないのに。
俺の詰めの甘さもあったのかもしれない。人の心を信用しすぎた。生きている間にきちんと強制力を持ったルールを整備していれば、己の利益のために暴走することはなかったかもしれない。
そこでふと、俺がこの時代に転生した意味が見えてきた気がした。
俺は本当の意味で世界平和を実現することができていなかった。俺の魂が、消えるのはまだ早いと踏みとどまったのかもしれない。
「やるか、もう一回。世界平和」
それからの生活は、己の強化に全てを捧げた。
前世と違って、この身体は優秀だった。勉強すればすぐに知識を吸収できるし、剣や魔術の技術はすぐに身体に染み込む。
千年後の世界は、きっと皆が強くなっているはずだ。強くなるためのノウハウがどんどん蓄積されて、千年前の人間が太刀打ちできるはずがない。
そう思って、俺は毎日己の鍛錬に明け暮れた。
◇
七歳になった。
十五歳の成人を迎えるまでは村の外に出ることは少年保護の観点から許されないのだが、この歳でも普通に村を歩くことはできる。
俺は母さんのユリアから夕食のお使いを任されて、買い物に出かけていた。
「これと、これと……あれだな」
渡されたメモの通りに食材を購入し、帰路についた。
ゆっくりと歩いていると、四人ほどの少年が、一人の小さな少女に石を投げているのが見えた。
少年はみんな俺よりずっと大きい。多分十二歳かそのくらいだろう。
「大勢でよってたかって女の子を虐めるなんて酷いじゃないか」
「んだと? このガキ」
お前もガキだろという言葉が喉から出かかったけれど、抑えた。こんな言葉の殴り合いをしてたらこいつらと同レベルまで落ちてしまうからな。
四人の少年が俺を囲んだ。
「こいつはなぁ、魔族なんだよ!」
「……は?」
少女は、どこからどう見ても魔族ではない。
金色の髪をしていて耳が長いだけのとても美人な女の子だ。どこにでもいる普通のエルフで間違いない。
「この長い耳が証拠だ! こんなに耳が長いのは魔族なのだ。人類の敵だっ!」
「……」
呆れて何も言えない。
「魔族が村にいたら騒ぎになってると思うが?」
「えっと……それはなぁ……だから俺たちが正義の裁きを下しているのだ! とーちゃんもかーちゃんもこいつは魔族だって言ってたから魔族なんだ!」
「はぁ」
べらべらと喋る少年の一人が、俺を指差した。
「てめぇ、魔族を擁護するってんならガキだろうと容赦しねえ。反逆者はボコボコにしてやる!」
バキバキと指が鳴る。
「別に俺は構わないけど、痛い思いをするのはそっちだぞ?」
「なにをクソガキが!」
ふっ。
どの時代にも変な奴らはいるもんだ。
ここは年長者として、ひとつ力の差というものを見せてやるのが優しさだろう。
「そっちは四人でいいぞ。俺は一人で充分だ」
「お、俺は魔法を使えるんだぞ! 覚悟しろ」
「魔法? ……魔術じゃなくてか?」
少年は俺を嘲笑うように嫌みの籠った笑い声を上げ、
「魔術なんて時代遅れなもん使うやつはどこにもいねーよ! 魔法が最先端にしてもっとも優れた技術なのだ!」
「へえ、そうなのか」
千年前にも魔法の存在はあった。詠唱を唱えるだけで魔術が発動できるという技術のことを魔法と呼ぶ。お手軽な反面、詠唱に時間がかかることと、威力が激減するという問題があったのだが、千年の間で解消されたということだろうか。
俺は【身体強化】を使って、準備を完了した。
「よーし、俺のスペシャル魔法【アイスロック】を使うぞ!」
そう宣言して、少年は詠唱を始めた。
「神の創りし氷山の一角、穢れなき氷を我が手に――うがはっ」
「遅い」
詠唱が完了する前に、ぶん殴って中止させた。
呪文みたいな長い文章を覚えるくらいなら魔術を覚えればいいのに。
馬鹿じゃないのか?
「くっ……卑怯者が!」
「卑怯じゃない。これが魔物との戦いならもうお前死んでるぞ」
「くそ、よくも恥をかかせてくれたな! おいお前ら、せーので殴るぞ!」
「おう!」
「うぃっす!」
「おうよ!」
……宣言してしまうところがガキだが、ようやく真面目に戦う気になったようだ。