第1話:最強魔術師は魔術を使う
あれから三か月が経った。
この三か月の間は大人が話している言葉をただ聞くだけの生活だった。俺が死んでからどうやら千年が経過していたらしい。言葉の文法がかなり変わっていて苦労したが、一か月ほどでマスターすることができた。
前世では一億年の間に様々な場所に渡り、全ての言語を覚えた。新しい言葉を覚えることには慣れている。今回は言葉が多少変化しただけなので、理解は速かった。
両親の話を盗み聞きした限り、この世界は俺の知っている世界とは違っていた。
千年の間で俺が倒したはずの魔王が復活し、俺が作ったはずの平和な世界は崩れていたのだという。俺が一億年の生涯をかけたことがたった千年で崩れるなんて考えたくもない。
自分の目で確かめたい。そう思った。
「……さて、そろそろ頃合いかな」
三か月の身体では、普通歩くこともままならない。やっと首が据わり始める時期だ。
でも、魔術に必要な魔力はそれなりの量を保有するようになる。
【身体強化】を使う。魔力の力で全身を強化して、ポテンシャル以上の能力を引き出す魔術だ。
俺はベッドから降りて、自分の力で立ち上がった。
うん、やっぱり自分で歩ける方がいいな。
ドアを開けて、リビングに向かう。我が家のリビングはダイニングとキッチンも併設されている。
母さんのユリアは昼食の準備、父さんのカルロは椅子に座って新聞を読んでいた。
新聞を読んでいるカルロに話しかけてみた。
「お父様、僕も新聞を読んでもいいですか?」
「ああ、もちろんだよシオン。もう読み終わったから――――って、はあああ!?」
カルロは目が飛び出そうなくらい驚いていた。俺をじっと見て、目をごしごししている。カルロの驚いた声が大きすぎて、ユリアも料理の手を止めてこちらにやってきた。
「シオンちゃんなの!? ……え、えっ!?」
「えっと……どうかしましたか?」
「シ、シオンなんだよな!?」
「僕がシオンでなければなんなのでしょう?」
「俺の知ってるシオンはまだ三か月だぞ!? 三か月でこんなに流暢に言葉を話して自由に歩けるなんてありえない……! ま、まさかシオンは……天才なんじゃないか!?」
「そうよ! そうとしか考えられないわ! お母さん感激!」
ユリアは俺を強く抱きしめてくる。
……うう、身体強化を使っていても大人と子供だ。ちょっと苦しい。
「ユリア、俺が言った通りだったろ? シオンは天才なんだよ。俺は最初からわかってた」
「そうだったかしら? 平凡でもいいから幸せになってほしいって言ってなかった?」
「いやいや、俺は最初からわかっていたさ。なにせ、見る目がある男だからな」
「まったく、どの口が言っているのかしらね」
「だってユリアを好きになったのは俺に見る目があったってことだろう?」
「まあっ!? わかってるじゃないの! カルロは見る目があるわね!」
「そうだろう? ご褒美のキスを頼むよ~」
「仕方ないわねえ。ちょっとだけよ?」
チュッ。
……俺はなんてもんを見せられてるんだろう。
夫婦の仲が良いのは結構なのだが、付き合いたてのカップルみたいなアツアツぶりを目の前で見せられると恥ずかしくなってくる。この二人、いつもこうなので大分慣れたが、外でもこんなことしてるんじゃないだろうな?
リア充爆発すべし。……いや、爆発されたら俺が困るか。
まだ子供だし。
「えっと……じゃあ、新聞もらっていきますね」
「おう、新聞ならいくらでも読んでいいんだぞ。一か月分くらいは溜まってるから好きなのを選ぶといい」
「わかりました、ありがとうございます」
俺はそっとカルロの側に置いてあった新聞を回収して、自室に持ち帰った。
さすがに一か月分の新聞は重かった。
自室に戻ってすぐに最新の新聞を開いた。日付を確認すると、やっぱり千年後の世界だった。
「まず見出しを……」
アン、アン、アン!
う、うるせえ!
俺の隣の部屋がユリアとカルロの寝室になっているのだが、新聞を読んでいる途中に誰かの声が聞こえてきた。
毎晩聞こえてくるアレだ。まったく……あの二人は真昼間からなにやってんだよ!