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ファミリーだもん!  作者: マコト
9/16

悪魔が守りたかったもの

 一間(かずま)が気を失っていた間に遠藤(えんどう)さんが先行して様子を探ってきたおかげで、そこからは順調に進んだ。道の作りは段々と手が込んでいき、トラップの数も多くなっていた


 やがて、何度目かの道が大きく開けた空間に『それ』は在った。


「こ、これは……」

「ふわぁーーー!」

「未だ朽ちていなかったか、(つわもの)どもが夢の跡」


 土壁で出来た建物が、遥か奥まで続いていた。


 前方には地上でも見たことがあるような住居群が。そして遥か後方には、およそ日本では見ることが出来ないような荘厳な城がそびえ立っていた。


「こ、ここって地底だよな?」

(しか)り。そして、ここまでの物を作れる魔力がワシ達にはあった」


 一間の呟きに答えながらも、遠藤さんは魔方陣を動かしながら歩を進めていく。残りの二人は一度目を合わせてから、かつての王の後を追ってゆく。


 どこに向かっているのか一間は尋ねようとしたが、やがてそれも必要ないことに気付いた。遠藤さんが目指しているのは間違いなく城である事を理解したからだ。傍から見てそれが分かるくらい、彼の足取りは迷いないものだった。


 そうして三人ともが無言で歩いていると、ふと遠藤さんがぴたりと歩みを止めた。


「どうした?」


 街並みを眺めながら口を開くきっかけを探していた一間は、すかさず尋ねる。しかし遠藤さんはそれに答えず、後ろを歩いていたサンディに問いかけた。


「気付いたか、娘よ?」

「あ、はい。あれって、もしかしてマズい感じの方々でしょうか?」

「ふむ。確証は無いが、敵意は向けられているのぅ」

「ですね。では一間さん、行きますよ!」

「えっ、サンディ……うぇ、うわぁあぁぁぁあぁぁーーー!」


 遠藤さんに話をスルーされたと思ったら、いきなりサンディに引っ掴まれて持ち上げられる。その時点で一間にはもう何が起こっているか理解不能だった。


 だが直後に理解する。先ほどまでいた場所が爆散していた。粉塵が舞い上がり、ゆらゆらと気味の悪い炎のようなモノが揺らめいていた。


「どうやら、わたし達はあまり歓迎されていないみたいですねー」

「サンディ、遠藤の野郎は!? というか一体……」

「どうやら敵襲みたいです。あと、遠藤さんならここです」


 空中をふわりと舞って着地した後にサンディの指した方向を見ると、いつの間にか傍らの地面に遠藤さんが魔方陣ごと移動していた。


 そして、そこから見下ろすように砂煙を上げる地面を見つめている。視線こそはっきりしないが、どこか怒っている様にも見えた。


「奇襲とは、無粋な」


 呟きながら遠藤さんが指を一つ振ると、朦朦と立ち込めていた煙が一瞬にして晴れた。


「何だ、あいつら……」


 そして現われたモノを見て、一間は零す。

 そこには三つの影があった。


 一つは馬。だが、ただの馬では無い。何故なら『それ』は二本足で立っており、明らかに普通のものとは思えないほどの隆々(りゅうりゅう)とした四肢(しし)を備えていたからだ。


 二つ目に豚。これも二本足で立っており、(ひづめ)の代わりに生えた指で両手に剣と盾を持っている。体には馬とは違い、人間の兵士が見に付けるような鎧を纏っていた。


 そして最後に人のような者。紫のローブを(まと)っていて全体は窺い知れないが、皺枯(しわが)れた手に杖のような物を持って魔法使い然としている。


「****************」


 人らしき者が何事かを言った。しかし一間にとっては耳慣れない言語で、何を言っているのか全く理解が出来なかった。それを察したのか、遠藤さんが口を開く。


「『こんな所にネズミがいるとは珍しい』のだそうだ」

「ネズミ?」

「推測するに、ワシらのことだろう」

「出会って早々ネズミ呼ばわりとは、失礼な人たちですね!」


 サンディが珍しく隣で怒っていたが、それを横目に会話を続ける。


「あいつらは?」

「魔族の残党だろう。どこの勢力かは分からんが」

「それってヤバいんじゃ……」

「なに、そこまで案ずることではない」


 そう遠藤さんが呟いたところで、馬の魔物がその脚力を惜しげもなく発揮して飛び掛ってきた。狙いは一間だったのだろう。だが魔物が辿り着く前に、一間自身が狙われていることに気づくよりも早く決着はついてしまった。


「*、*******!?」


 空中で詰まった様な声にもならない悲鳴をあげた後、馬の魔物は全身を弛緩させて地面に倒れた。一間はその光景を唖然(あぜん)とした表情で見つめる。


「な、何が……」

「なーに、ただあの魔物の血液の動きを止めてやっただけじゃよ。血流の動きで生きている以上、それを止められては生きていることはできん」

「あいつ、死んだのか?」

(しか)り」


 平然と答えてのける遠藤さん。その姿を見て、一間は少しゾッとしてしまった。

 今まで自然にやり取りをしてきた。

 普段からいい加減で、おどけた性格だと思い込んでいた。


 しかし、実際は違う。


 あんな巨体を持つ魔物を一瞬で殺してしまえる程の実力を持った、紛う事なき悪魔の王なのである。今までに無い恐怖心が、一間の心の中に芽生えた。


「大丈夫ですよ、一間さん」

「えっ!?」


 だが、そんな心を見透かしたようにサンディが呟く。


「遠藤さんがあそこまで本気になっているのも、きっと一間さんの事が心配だからです」

「そう、かな?」


 一間だってそう思いたかった。普段はいがみ合っていても、遠藤さんの見えないところでの心遣いなどはどこかで感じ取っていたのだ。だから何だかんだ言って、一緒に暮らせているのである。


 でも、自分がそこまで想われている理由が分からなかった。


「信じられませんか?」

「……」

「わたしは信じています。一間さんも、遠藤さんも」

「何で、だ?」

「みんながわたしを信じてくれているからです。だからわたしも、無条件に信じられる」

「あっ……」


 そこまで言われて、一間はようやく気付いた。

 つまり、サンディの言う信頼関係は相互的なものなのだと。


 一方通行では決して成立しない。


 遠藤さんが一間を助けたという事は、彼が一間を信頼していたということであり、詰まる所それは一間が遠藤さんを信じていたからこそ起こったものなのだと。


 もしそこで一間が遠藤さんを信じられなくなったら、そこで関係は終わってしまう。

 そして一間は、そんなことは望んでなどいなかった。


「俺も信じなきゃ、遠藤の野郎も俺を信じられない……か」

「そういうことです! では、わたしも行きますかー」


 笑顔を残して、今度はサンディが飛び出していく。いつの間にか豚の魔物が後続としてこちらに向かっていたので、その対処をする為だ。


「********ーーー!」

「ふっ、戦闘力たったの千五百ですか。五十三万の私にとって、相手になりませんね!」


 どこかで聞いたようなセリフを言いながら、バイザーを付けたサンディがどこからか取り出したライトセイバーっぽい武器で魔物に斬りかかって行った。


 そして言葉通り、勝負は一瞬で決した。


 サンディの斬撃が豚の魔物をいとも簡単に真っ二つに切り捨てた。どういう原理か、斬られた魔物は黒々とした塊になり爆発する。

「ふぅ……ま、こんなものですかねぇ」

「ふむぅ、探査機とは思えない動きだのぅ」

「……」


 普段はどことなくのんびりした印象のサンディからは想像できない動きに、遠藤さんは感心したような声を上げ、一間は声すら出てこなかった。


「いやーまあ五十三万は多少サバを読みましたけど、これくらいなら」

「*、***……!」


 サンディがどこか照れた笑いを浮かべていると、残ったローブを纏った人の様な魔物は何事かを呟きながらもたじろいだ。


「何て言ってるんだ?」

「『バカな……』と言ったところか」

「確かに遠藤さんは元魔王ですから、運が悪かったとしか言いようがないですねぇ」

「*、**!」


 一間たちが話している間にも苦し紛れの様な攻撃が仕掛けられる。しかし、それらも全て遠藤さんやサンディが迎撃してあっけなく無力化された。


「悪い事は言わん。このまま退いてくれたら、こちらも無用な攻撃は仕掛けない」


 遠藤さんが魔物との距離を詰めながら説得を始める。魔物はしばらく逡巡を見せた後、やがて勝ち目が無い事を悟ったのか消える様に姿を暗ました。


「……いいのか、逃がしちまって?」


 魔物がいなくなったことで一間は緊張の糸を解き、尋ねる。


「戦いが終わった今、無駄な血を流すことは無いじゃろうて」

「そう、だな」


 もしかしたら今逃がしてしまったことで、後々になって報復行為があるかもしれない事を一間は危惧していた。しかし遠藤さんに戦意が無いという限り、無理を言おうとも思わなかった。それが多分、相手を信頼することだと思ったからだ。


「……随分と時間が経っちゃいましたね。この後どうしましょうか?」


 サンディがその手に付けた腕時計を見ながら呟いた。途中で迷ったこともあり、地下に来てから思った以上に時間が経過していたらしい。


「あまり遅くなると、(すみれ)さんたちが心配するかもしれないしな……」

「すまんが、城にだけ寄らせてもらえないだろうか?」


 遠藤さんが今まで見せたことが無い謙虚さで言葉を発した。その様子に驚きつつも、それは当初の予定から全く変わっていないので一間とサンディは頷いて返す。


「すまぬな。直ぐに済む」


 どこか吐き出すように断りを入れた遠藤さんを先頭に、三人は再び城を目指して歩き始めた。



「変わらんな、ここは」


 朽ち果てた城の中。土ぼこりと長い年月の経過で寂れ切った玉座の前で、かつての王は想いを馳せる。一間とサンディは、それを少し離れた所から見つめていた。


「遠藤さん、大丈夫ですかね?」

「……まあ、色々と考えることがあるだろうな」


 一間は玉座の前に佇む遠藤さんを、じっと見つめた。


 ここで一体どんなことが行われてきたのか?

 エンドルガインという男は一体どんな王だったのか?

 どんな気持ちで国が滅びる様を見てきたのか?


 ――どんな気持ちで、家族と別れたのか?


「さて……」


 しばらくして遠藤さんはそう呟くと、二人の元へと戻って来た。


「何か分かったか?」

「手がかりらしい物も残っていなかった。……まあ、おおよそ見当はついていたが」

「見当がついていたって……」

「どういうことですか?」


 一間とサンディの問いに、遠藤さんはやはり直ぐには答えなかった。何かを顧みる様に再び玉座に振りかえり、やがてぽつりと呟いた。


「その前に息子……いや、一間よ。一つ、尋ねてもいいかな?」

「あ、あぁ」

「お主は」


 そこで言葉は一度止まった。この先の言葉を本当に口に出していいか迷っていたのだ。


 だが、それは遠藤さんがどうしても聞いておきたいことだった。

 それを聞かずして、この話をする気は彼には無かった。

 だから一間を信頼する一心で、その質問を口にした。


「一間は孤児ということだが、それは死別かね? それとも……」

「詳しい事は分からん。気が付いたら、俺は孤児院の前に捨てられていたそうだ。ガキだったから、俺は良く覚えて無いけどな。物心ついた時から、施設が俺の家だ」


 両親が居ない事を知りつつも、捨てられた事実を知らなかった遠藤さんの問いにも一間は淡々と答える。彼が捨てられてから、もう十年以上経過していた。その期間は、家族を失ってしまった心を麻痺させるには十分な時間だったのかもしれない。


「そうか」


 一間の言葉に遠藤さんは一つ呟き、やがて決意したように口を開いた。


「国が滅びる時、ワシは家族を逃がしたと言ったな」

「ああ」

「それは決して、良い別れ方では無かった」


 どこか疲れたような声。一間はそこに強い後悔の念を感じた。


「どういうことだ?」

「国が滅びること、それ即ち王族の責任である。故に、王族は最期を全うする義務があった。だが、私はどうしても家族だけは逃がしたかった。悪魔の私が家族に情を持つなどおかしな話かもしれんがね。しかし身内贔屓は出来ない状況だった。すれば国の死期を早めるだけだった。だから、私は一つの方法を取った」

「その方法っていうのは……」


 どこか震えたサンディの質問。恐らく彼女にも、もう答えは分かっていたのだろう。

 でも、それはあまりに認めづらい答えだった。


「家族の縁を切った。部下を納得させる為に、辛く当ったこともあった」

「そんな……」


 だが、遠藤さんは当然のように答える。

 それが王として、そして家長としての当然の判断とでも言うように。


「だが後悔などしていない。国は滅びたが、一番大切な存在を守れたのだから」

「……そんな訳、ねぇじゃねぇか」


 だが、一間はその言葉には納得出来なかった。到底、出来るものではなかった。


「後悔が無い訳ない! アンタも、多分……アンタの家族もだ!」

「……」

「一間、さん……」


 感情を爆発させたような一間の言葉に、遠藤さんは黙りこみ、サンディは心配そうな声をあげた。それでも彼は、感情の限りの言葉を吐き出す。


「確かにここまで無理やり連れてきたのは俺だけど、もし本当にアンタが後悔していないなら……もし本当にアンタの心が残忍な悪魔の王なら、ここまで来たりはしない!!」

「そうかも、しれないな」

「『しれない』じゃない! 『そう』なんだ!」


 それは傍からみればただの感情の押し付けだった。

 だが実際に家族から捨てられた過去を持つ一間にとっては、どうしても退けない一線だった。


 もしここで遠藤さんに否定されたら、それは即ち自分の親も何の後悔も無く自分を捨てていったと認めてしまうような気がしたから。


「一間……おぬしは、優しいな」

「優しくなんかねぇよ……。ただ、俺は臆病なだけなんだ。まだ自分が理由も無しに捨てられたんだって認めたくないだけなんだ、きっと」

「そ、そんなことないです! 一間さんは……とってもとっても優しい人です!」


 サンディとしては、そこだけは譲れないところだった。一間がいなかったら自分はどうなっていたか分からない――その強い意志が、彼女に言葉を出させた。


「ふ……一間もサンディも、優しい子だ。ワシはな、一間。そんな心優しい自分の子供を捨てる親の気持ちなんて分からんのだよ」

「えっ?」

「つまり、まともな親だったらおぬしを捨てたりはせんよ。おぬしは自分が理由も無く捨てられたと思っているようだが、もしかしたら何か理由があったと考えられないか?」

「それは……」


 今まで一間が考えなかったこと。いや、正確には考えないようにしてきた事。その可能性は、施設にいた時に園長先生が提示してくれた可能性でもあった。


 では、なぜ今までその可能性にすがらなかったのか?


 答えは簡単だ。自分が要らない人間だと知ってしまうのが怖かったからだ。

 だがその心配を今、遠藤さんが和らげてくれた。もしかしたら、自分は――。


「……俺は、必要な人間なんだろうか?」


 それは誰に対しての問いかけだったのだろうか?


「これはワシ個人の考えだが、この世に不必要な者なぞおらぬ。そして少なくとも、ワシにとって……ワシら『今の家族』にとって、おぬしは必要だ」

「そ、そうですよー! た、例え誰が一間さんを要らないって言っても、わたしには必要です! というか、欲しいです!」


 返って来たのは出来たばかりの家族からの、どこかで聞いたような言葉だった。


「は、はは……」


 何を自分はそんなにぐじぐじと悩んでいたんだろう――と一間は思う。

 要は考え方なのだと。


 もしかしたら全部、自分の良いように解釈しているのかもしれない。

 でも、それで良いんだ。無理に自分を追い詰めてしまうよりは、よっぽど良い。


 何より、そんな生き方をしていると疲れてしまうじゃないかと、そう思うようにした。


「少しは吹っ切れたかね?」

「ああ。おかげさまで、随分楽になったよ」

「それは何より」


 そう言う遠藤さんは、顔は見えていないがどこか笑顔であるように見えた。



「ここは、放棄しようと思う」


 一通り全員が落ち着いた後で、遠藤さんはそう言った。


「いいのか? 家族との思い出が残っているんだろ?」

「構わん。作ろうと思えばまた作れる物だ。それに、今は他に守るべき物もある。家の地下にこんな物があっては、またよからぬ者が寄りつくかもしれぬ」


 声は落ち着いていて、彼は彼で色々と踏ん切りがついたのかもしれない。


「遠藤がそう言うなら構わねぇけど、ここかなり広いぞ?」

「ふっふっふ、ワシを舐めてもらっては困る。しかも今回はサンディもおるしのぅ。ここは一発、派手にかますとしようかのぅ」

「お、遠藤さんやりますか? やっちゃいますかー!?」


 ふられたサンディもかなり楽しそうに答えた。

 それから二人は一間を外して相談し、何か良く分からないが準備をし始めた。


「すっかりいつもの調子だな」


 その様子を見つめながら、一間もどこか嬉しさを含んだ声で呟いた。

 その後、十分かそこいらで準備は完了した。


 三人の足元には遠藤さんの手によって描かれた大きな魔法陣があり、その外周をサンディが持って来たらしい棒状の物が囲んでいた。


「これは何の装置なんだ?」

「まあまあ、やってみれば分かりますって♪ 遠藤さん!」

「よし来た」


 サンディの合図を受けて、遠藤さんが呪文の詠唱を始める。何気に彼がわざわざ言葉を紡いで呪文を使うのが初めてなので、一間も少しテンションが上がる。


「むむむむ……カァッ!」


 そして、遠藤さんの魔力が一気に解放される。瞬間、まるで爆発が起きたように足元がズンと揺れ、次に何かが押しあがってくる気配が感じられた。


「よし、脱出するぞよ。みんなちゃんと掴まっておれ」


 続けざまの呪文。

 今度は詠唱無しに行ったのか、一間たちの景色が一瞬にして変わっていった――。



 気付けば一間たちは見知った場所に立っていた。

 そこはサンディの本体であり、我が家の庭の縁側だった。


 突然現れた三人にさっきからそこで座ってお茶を飲んでいた(すみれ)(すみ)は驚いた表情をするも、やがて家族の帰還を知って喜びの声をあげた。


「おにーちゃん!」

「……あらあら、お帰りなさい」


 澄は笑顔で一間に駆け寄っていき、その足に抱きついた。

 一間はそれを受け止めて、頭を撫でながら言う。


「ただいま。留守番、ありがとうな」

「うん。すみ、ちゃんといい子にしてたよ?」

「ああ」

「あー澄ちゃんズルイですー」


 そして、その様子を見たサンディも輪の中に加わる。

 その光景は、まるで優しい兄を取りあう仲の良い姉妹のようだった。


「……おかえりなさい。やっぱり温泉は無理でしたか?」

「いやいや、父に不可能はないぞよ? まあ少し座って待とうではないか」


 一方、遠藤さんと菫はまるで熟年夫婦のような会話をしながら腰を下ろす。


 それから一家揃って縁側に座りながら、数時間前に掘った庭先にある大穴を見つめた。 

 地下に潜っていて気付かない間に周囲は闇に包まれ、空には半月が浮かんでいた。

 しばらく待っているとやがて地鳴りが起き、その揺れが最高点に達した時だった。


 空に大きな水柱が上がった。


 それはまるで夜空に打ち上がった花火のようで、市内の各所で目撃された。水飛沫が雨のように降り注ぎ、少し早い梅雨の訪れのように思わせた。


「うわー凄いですねー!」

「きれい、かも」

「……すごいわねぇ」

「ぬっはっは! これが父の力であ~る」

「サンディの力借りたくせに、よく言うよ」

「いちいちうるさいのぅ。やるか?」

「やらねぇよ! ……遠藤」

「ん?」

「家族、見つかるといいな」

「はっはっは。息子が親の心配など、六百六十六年早いわ」

「可愛くねぇやつ」


 濡れ鼠になりながらも、楽しそうな五人の声が響いていた。その光景は月の光のように輝いていて、温泉のように温かいものだった。

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