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ファミリーだもん!  作者: マコト
8/16

そこに宝箱があるからさ

「……はい、お弁当」

「ありがとうございます。(すみれ)さん」


 感謝の言葉を述べながら、一間(かずま)は受け取ったお弁当箱を背負っていたリュックサックに詰めた。あれから全員で協議したところ、さすがに(すみ)を連れていくのは危険という事で菫と一緒に留守番をしてもらうことになった。ちなみにサンディはロボットの頑丈さと宇宙的な道具の有用性を主張して、みごと探索隊に加わった。


「出来るだけ晩御飯までには帰ってこようと思いますので」

「……気をつけてね」

「まあ、大丈夫でしょう。さすがに温泉までは無理かもしれませんが」

「……一間くんが帰ってこないと、澄が一人ぼっちになっちゃうから」

「えっ!? 菫さんがいるじゃないですか?」

「……そう、なのだけれどね」

「?」


 いまいち歯切れの悪い菫の言葉。


 どうしたのだろうかと思ったが、そこでばたばたと音を立てて誰かが庭に出てきたので話を打ち切る。だが出てきた人物を見て、一間は声をかけられずにはいられなかった。


「サンディ、か?」

「そうですよー。って、何で疑問形なんですか?」

「いや、だって……」


 一間がそう問うのも当然だった。何せそこにはいつも着ている白いワンピースとは違い、まるでどこかの戦地にいる兵隊ばりに重装備のサンディがいたからだ。


「あ、このバイザーを付けてるから分からないんですね?」


 何か的を射ているようで射ていない答えを自分で導きだし、わたわたと目の装備を外すサンディ。そうすると、ようやく見慣れた顔が出てくる。

「危険な所という事なので、思わずフル装備で来ちゃいました♪ 大丈夫です、何があっても一間さんはわたしと遠藤さんでお守りしますから!」


 そんな自信満々な彼女に、一間は苦笑いをもって返すしかなかった。


「準備は出来たかね?」


 そして、見れば足元では既に遠藤さんもスタンバイしていた。


「ああ」

「準備、オッケーです!」

「うむ、では行こうか」


 二人の答えを確認すると遠藤さんは一つ頷き、先頭を切って穴へと進み始めた。



「やっぱり暗いな」


 サンディの持っていた反重力装置を始めとするアイテムを駆使して地底に降り立ち呟く。昔に文明が栄えていた名残なのかある程度の広さは感じられるが、閉塞的な空間にいることが一間を不安にさせていた。


 すかさずサンディがサイリウムのような光源をみんなに配って明かりが灯る。

 予想通りそこは空洞になっていて、先には全てを飲み込むように薄暗い道が続いていた。


「今どの辺りにいるんだろう?」

「えーっと、ちょっと待って下さい。多分、空気の通り方である程度までならマッピング出来ると思います」


 そう言うと、サンディは空中に何かを描くように指を動かした。すると宙にウインドウの様な物が出現し、次々に迷路のような線が引かれていく。


 やがてその中に赤い点が浮かび上がり、そこに謎の文字が書き添えられる。


「これが現在地?」

「あ、すいません! 地球仕様にするのをすっかり忘れていました!」


 サンディが慌てて数語呟くと、謎の文字が『現在地』と日本語に変換される。


「遠藤さん、これで合っているか照合してもらえますか? 大きな間違えはないと思うんですが、お風呂のように故障が無いとも言い切れませんので」

「……ワシが知っている頃とは、かなり違っているようだな」

「そういえば、封印されてから五百年経ってるんだっけ?」


 とりあえず三人で話し合い、遠藤さんが覚えている道から辿って行くことにする。だが次第に道が煩雑化していき、遠藤さんの記憶にない道が出てくるようになった。


「ふむ、ここの道は分かれていなかったはずだが」


 何度目かの分かれ道。だが今までと違って、どちらを進めば良いのかが分からなかった。


「王国の跡にはどちらが近いんだ?」

「直線的な距離で考えれば、右だな」


 一間の問いに、遠藤さんはその指を右の道に向けた。


「そういえば」


 と、今度は思い出したようにサンディが呟く。


「私が読んだ地球の本では、人間は困った時に左を選びやすいそうですよ?」


 それはどこ情報だろうと考えて、彼女がたまに自分の部屋に来て漫画を借りていったことを思い出す。ともかく、時間は限られているので早急に決断を下す必要があった。


「……よし、左だ」

「あれ、左でいいんですか?」

「なんとなく、近い方は目的地にたどり着かない気がするんだ」


 それは直感に近い答えだった。


 危険な事が起こる可能性がある中で安易に答えを出すのは少し躊躇われたが、一間はこういう時こそ人間の本能的な部分を信用しようと考えた。


「ふむ。では左に進もう」

「いいのか?」


 意外にもあっさり意見を受け入れる遠藤さんに、思わず聞き返す。


「恐らくどの道を通ろうとも、この先に危険がある可能性は高い。それならば信じられる者が選んだ道を進もう。それに個人的な意見だが、楽をする方ばかり選んで今まで良い事があった事はない」

「……」


 遠藤さんの重みを持った言葉に、一間は一瞬押し黙ってしまう。

 だが直ぐに切り替える。

 ここまで信頼を置かれているなら、それに答えようとしないのは期待を裏切る事になる。


「サンディ、それでいいか?」

「はい、もちろん! 一間さんと遠藤さんのお墨付きなら絶対大丈夫ですよ」

「よし」


 サンディの了解を取ると、三人は進路を右にとって再び歩き始める。この先に例え何が待っていようとも、この三人なら何とか出来ると一間は強く思ったのだ。


 ……思ったのだが、その気持ちは結局五分も続かなかった。


「あ、一間さん! 宝箱ですよ、宝箱!」

「サンディ待っ――」


 一間が叫んだ時には、既に遅かった。


 さっきの分かれ道を越えてから、通算にして六つ目の宝箱である。普通なら喜ぶべきところなのだろうが、今まで見てきた宝箱というのは全て、トラップであった。

 

 ――カチッ!

 

 とても小気味良い音が耳朶を打つ。


 音だけ聞くとなんとなく気持ち良いものなのだが、こういう特殊な状況で聞くものは死の福音とでも言うのだろうか? 強烈な既視感と破滅への足音が響いている気がした。


「あ、あれー……。もしかして、わたしまたやっちゃいました?」

「何回目か覚えているかね、娘よ?」

「え、えーっと。六回目かなー……なんて」


 自分のしでかした事にようやく理解がいったのか、サンディは苦笑いを浮かべる。


「なあ、サンディ」

「は、はい」


 何かを堪えているような一間の声。サンディも彼が何を押さえ込もうとしているのか良く理解していたので、殊勝に答える。彼の様子を擬音で例えるなら、正に「ゴゴゴゴゴゴ!!」というのが相応しいだろう。だがサンディに迫っているのは、一間の怒りの言葉だけではなかった。


 真に迫っていた物、それは――。


「頼むからもっと慎重に行動してくれーーーーっ!!」

「ふぇぇぇーーーん!! すいませーーーん!!」


 二人の叫びと同時に、巨大な岩石が背後から迫ってきていた。


「二人とも、走るのだ!」


 遠藤さんの言葉で、弾かれた様に走り出す三人。


「はっ、はっ、はっ、はっ!」


 息を切らせながら一間は必死に足を動かす。


 他の二人はおそらく体力なんていう概念は無いのかもしれないが、ただの人間である一間にとっては体力が切れた瞬間にデッドエンドだった。


 もう道を気にしている余裕なんて無いに等しい。ただぐるぐると移り変わる景色の中で、目に入った道にとび込んでいくしかないのだ。

「おい、遠藤! アンタの力であの岩どうにかできねぇのか!?」


 苦し紛れに思いついた事を叫ぶ一間。


「出来ない事もないが、ここで魔力を使ってしまってもいいのかね?」

「っていうかアンタ魔力少な過ぎだろ!? 自称魔王ならもうちょい頑張れよ!」

「だぁかぁらぁ、封印されてたと言うとろぅにぃ!」

「ふ、二人ともケンカしてる場合じゃないですよぅ! ……わたしが言うのも何ですけど」

「とっ、とにかくっ、足をっ、動かせっ!」 


 ギャアギャアと言い合うことで余計に体力を奪われているとようやく理解した一間は、会話を直ぐに打ち切って走る事に専念する。既に後の祭りである気はしたが。


 だが、そんな折に光明が差し込んだ。


 しばらく進んだ先に、空間のような物が出来ていたのだ。今までは直線で岩石をやり過ごす事が出来なかったが、これなら何とかなりそうだ。


 そう思い、一間はラストスパートとばかりに足の回転を上げる。

 だが突如、その足は空を切ることになる。


「あれ?」


 今まで足元にあったものが、無くなってしまった感覚。


 人は急には止まれない。一間の体は慣性の法則に従ってゆっくりと前に倒れていく。そこにはいつの間にか巨大な穴が口を開けていた。

 他の二人の状況を確認する余裕も無い。一間はただ、為す術も無くどこまで続くかも分からない深遠なる闇の底に飲み込まれていった。


 ――――――

 ――――

 ――。


 そこは暗闇だった。


 先ほどまでの暗さとは比べ物にならないほどの完全なる闇。

 死んだのか? と一間は思う。

 それなら仕方ないのかもしれない。どうせ死んでも、悲しむ人なんていない。


 それが一間の認識。彼が飼っている心の闇。


 だが、そこで彼は思い出す。

 自分を育ててくれた人。母親であり、彼の唯一の家族であった人。

 あの人なら、もしかしたら悲しんでくれるだろうか?


 暗闇に火が灯るように、一間の心の中に温かい何かが芽生える。それが少しずつ広がっていき、彼を包み込んでいく。凍てついた心を、融かしていく。


 ああ……温かい。これが、人の温かさ?

 これが、家族の温かさ?



「……ん」

「あっ、一間さん!? 遠藤さん、一間さんが目を覚ましましたよ!」

「やれやれ、やっと目を覚ましたか」


 一間がゆっくりと瞼を開けると、そこには驚いたような、どこか安心したようなサンディの顔があった。やがて遠藤さんの手が加わり、表情の分からない視線で見つめてきた。


「目覚めはどうかな、息子よ?」

「一間さん、どこか痛いところはありませんか!?」


 まだ意識は虚ろだったが、なんとか頷いて返す一間。それを見たサンディは、ほっとしたように息を漏らした。そして彼女はそのまま彼の頭をぎゅっと抱いた。


「よかった……。一間さん、本当によかった……」

「お、おい。サンディ!?」


 一間はそこで、初めて自分がサンディの膝に頭を乗せて横になっていたことに気づいた。


 しかもサンディの声は震えていて、その瞳からは涙がぽろぽろと零れ出して一間の頬に落ちては流れていく。そんな彼女の様子に戸惑いを隠せなかった。


「な、何で泣いてるんだ!?」

「そ、そりゃ泣きますよぅ。わたしのせいで、一間さんが……」

「そんなことで……」

「『そんなこと』じゃないです! 私にとっては大切なことです!!」


 サンディは本気で怒っていた。

 以前の彼女ならここまで感情を露わにすることは無かっただろうが、もうサンディにとって一間はただの同居人ではなくなっていた。もっと大切な何かになっていたのだ。


「……急に怒鳴ってすいません。でもわたし、一間さんを守るって言いました。それなのに、逆に危険な目に遭わせてばかりで、本当にもうダメダメですよぅ……」


 だから自分が許せなかった。

 危険があると分かっていて軽率な行動を取ってしまった自分が許せなかったのだ。


「もういいよ、サンディ」

「よくありません。よくないです」

「いいんだ」


 自らを苛むサンディに対し、一間は敢えて強く言い聞かせる。彼にとっては自分が危険な目に遭った事よりも、もっと大切な事実があったのだ。


「俺の為に泣いてくれて、ありがとう」

「一間、さん……」


 だから、その言葉も自然と出てきたものだ。

 そしてサンディも、そんな彼の言葉には困った顔を浮かべずにはいられなかった。


 自分が怒られるはずなのに、どうしてかお礼を言われてしまったのだから。それでも一間の言葉は確かに彼女にも届いていた。だから自然と、こう返せた。


「だって、『家族』ですから」

「……あぁ」


 僅かな空白があってからの一間の答え。全てを飲み込めた訳ではないだろうけど、サンディの言葉は彼の心の闇を少しだけ吸い取っていった。


「話は済んだかな?」

「何だ、アンタいたのか?」


 話が一区切りついたと見て話しかけた遠藤さんに、余裕を取り戻した声で返す。


「居たのかって、酷い!! ワシだって家族の一員なのに蔑ろにするなんて、お父さんもう泣いちゃうんだから!! うおーーん、うおおぉぉーーん!!」

「う、うぜぇ」

「大体ここに来たのだってワシの為のはずなのに、二人だけでイチャイチャしおってからに!! 近親相姦なんて、お父さん認めないんだからね!」

「はいはい。分かったから、さっさと行くぞ」


 ごねる遠藤さんを適当にあしらいながら一間は歩き始める。


 遠藤さんが自分を心配してくれていた事くらい分かっていた。けれど普段から雑なやり取りしかしてこなかったから、どうにも素直に面と向かって「ありがとう」と言えなかったのだ。だから彼は、誰にも聞こえように感謝の言葉を口の中で呟いた。


「あ、遠藤さーん! 一間さんが今、ありがとうって言ってましたよー!」

 もちろん、ロボットのサンディには全て筒抜けであったが。

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