破壊だよ、全員集合!!
一章 破壊だよ、全員集合!!
『親方、空から女の子が!?』
そんな昔に見たアニメの台詞が四条 一間の頭の中になんとなく浮かび上がっていた。
でも現状、一間は現実世界に生きているわけであり、空から女の子が降ってくる状況とは無縁の生活を送っていた。だから当然女の子は降ってこない。
それと似た何かが降ってきているだけで。
しかも何が良くないかと言うと、その謎の飛行物体は今まさに一間が帰ろうとしている下宿先、天降荘に向かって絶賛落下中だった。早急になんとかせねばならない。
だが一般市民に限りなく近い彼にそんなことは出来るはずもなく、敢え無く謎の飛翔体は凄まじい爆音と共に地表に墜落した。これがギャグ漫画とかなら「ちゅどーん」とか「ずがーん」とか言うコミカルな効果音が背景に書かれて済まされるのだろうが、現実はシビアである。一間と天降荘の距離は百メートル近く開いていたにも関わらず、容赦なく爆風と砂埃――先ほどまではアパートであった物の破片が襲ってきた。
そこまで至って、ようやく一間は自分が一人でないことに思い至った。
今、彼の傍らには天降荘の隣人であった少女、小籠 澄がいたのだ。
彼女は普段から大人しい性格で、片目は常に長い髪で隠されているのでまだ事態を把握しきれていない様子だった。
「澄ちゃん!」
一間はとっさに自分の体を盾にして、澄を掻き抱いた。背後からの風圧は凄まじかったが、幸い飛んできたのは細かい木屑だけで大した痛みは感じなかった。
やがて台風のような風や地鳴りが治まり、安全を確認すると一間は澄を解放した。
「お、おにーちゃん……」
「ん、どした?」
「その、ごめんなさい」
「気にすんな、俺が勝手にやっただけだ。けど――」
一間は険しい顔つきで背後を振り返る。
もう危険は無かったが、帰るべき場所すらも無くなっていた。
少し前まで天降荘であったものは、もくもくと砂煙を上げていた。
周囲には他に建物も無いし、天降荘に住んでいる住人は全員出払っているので、他に被害はないのは理解していた。だが、あの様子では肝心の住居はきっと跡形も無くなっているだろう。
「せっかく見つけてきた家賃五千円の優良物件が……。つうか、それよりも落ちてきた物だよ!! 何だよ、あれ!? 明らかに飛行機とかじゃねーぞ!!」
強いて言うなら巨大ロボットか、と考えて一間は自分の考えを打ち消す。
いやいや、まだ二十一世紀になったばかりなのに巨大ロボットはねーだろと。
もし仮に自分の知らない所で密かにロボットが開発されていて、何か特殊な任務に就いて活動していたとしても、流石に墜落するような間抜けな真似はしないだろうと。
――だが、事実は小説よりも奇なり。
「……おうち、なくなっちゃった」
ぽつりと背後で澄が呟いた。
そうだ、自分が今気にしなければならないことは現状の確認だ。俺がしっかりしないと、澄ちゃんも不安がってしまう。年上としてのなけなしのプライドと自分の明日からの生活の為に、一間は澄の小さな手をしっかりと握り直して慎重に天降荘跡へと歩き出した。
「これは……」
天降荘跡に近づいた一間たちを迎えたのは、先ほど打ち消したはずの紛れもない巨大ロボットの姿そのものだった。
昼間のギラギラとした陽射しに反射するように輝くメタリックボディ。自分たちの十倍はあろうかという巨体。ただ一つ想像と違ったのが、マジソガーとかガソダムとかコソバトラーとかと違って、完全な女性型――だと思われることだ。
何やら頭部は地面にめり込んで隠れているが、下半身にはスカートらしきパーツが備わっていた。そして、そこから伸びたロボットにしてはしなやかな肢体がグイングインという音と共に唸りを上げて動いていた。
「ふふっ……」
その変な動きが面白かったのか、澄が小さく笑いを漏らす。
『◆○▼×□∵△』
すると、ロボットから何か機械的な音声が漏れ出してきた。
しかし、もちろんのことながら一間と澄にはそれが何を表しているのか分からない。
「何か、しゃべってるのか?」
「助けてほしいんじゃ、ないかな?」
「あー……」
だが、助けてと言われてもどうにもならないのが現実だ。このまま放置しておくのも世間的に大いに問題があるのは確かだけれど。
「とりあえず澄ちゃんは少し離れていて。俺はもう少し近づいて見てみる」
「うん。気をつけて、おにいちゃん」
澄を安全な場所まで下がらせて、一間は瓦礫の山を踏み外さないように気をつけながら登っていく。山の頂上には頭だけ地中に埋まったロボットがタケノコのように生えていた。
「壊れてないのか?」
コンコンと手近にある首辺りのパーツを叩いてみる。すると――。
『!! !!』
直後にグワングワンと足が動き、容赦なく一間を襲う。轟音を上げて迫り来る無差別攻撃を紙一重で避けながら、彼はなんとか死角を見つけて潜り込む。
「こ、殺す気か!? おい、お前!! 俺を殺す気なのか、えぇ!?」
『っ、っ、っ!』
「だから、日本語でしゃべれっつーの!」
『ーっ! ーっ!』
少しずつながらロボットの言葉が日本語に近づいていくのを一間は感じた。
催促するのを止め、ロボットがしゃべり出すのを信じて待つことにする。順応性の高さでは、人間は非常に優れた生物であった。ややあって――。
『あ、あーあー。こ、これでいいのでしょうか? 聞こえていますか、チキュウの人ー?』
やっと日本語の返答が一間の頭上に降ってきた。その声は案の定というか、少女のものだった。が、今の彼にはそんなことよりも追及するべきことがあった。
「やっとしゃべったな。おい、どういうつもりだ! せっかく人が見つけた家賃五千円の格安物件をぶっこわすなんて良い度胸してやがるな! こちとら高校に入ったから学費とか馬鹿にならねーんだぞ!」
『す、すすすいません! 《ヤチンゴセンエン》とか《ガクヒ》という概念はわたしには良く分かりかねますが、貴方様を大変怒らせているというのは理解しました! で、ですか一つお尋ねしたいことが!』
「何だ、言い訳しようって言うのか!?」
『いえいえいえいえ。あの、ここは《チキュウ》の《ニホン》という国でよろしいのでしょうか?』
「そうだよ。っていうかお前なにもんだ!」
一間は相変わらず首を地中に突っ込んで、片手は常にスカートパーツを押さえているという間抜けな格好のロボットに問いかける。喧嘩腰で。
『わ、わたしは型式番号KM‐3D。クマール星という所から来ました』
「…………は?」
『ですから、惑星探査機としてクマールという星から来たんです。というよりは、来てしまったという方が正しいですが……』
正直、意味が分からなかった。
いきなり空からロボットが降ってきたかと思えば、そのロボットは「自分は宇宙から来た」と言う。確かに空から降ってきたのだから、本当に宇宙から来たのかもしれない。
だが、非常識にも程があるだろう。
ぶっちゃけ一間にとってロボットが何処から来たとか正体は何だとかいうよりも、実生活に支障をきたす住宅問題の方が深刻なのだ。
「やい、そこのロボット!」
『あの、わたしにはKM‐3Dという型式番号が……』
「細かいことはどうでもいい。大体な、いきなり宇宙から来たロボットだと言われても、そう簡単に納得できるほど地球人は単細胞じゃねーぞ!」
『はあ……。では、それはいいんですか?』
「それ?」
KM‐3Dと名乗るロボットは空いている方の手で起用に一間の背後を指差す。
警戒しつつも振り返る。が、そこには何も無い。
「何もないじゃないか」
『いえ、足元です』
「一体何なんだよ……」
視線を下ろす。そして、一間は見た。
地面からロボットの胴体と同じようにひょっこり生えている人間の手を。
「う、うわああぁぁぁ!」
『あ、やっぱりそれ異常なんですね』
何やらロボットが安心したような声を漏らしているが、一間はそれどころではない。
「ひ、人の手!? 死体!? け、警察!?」
後ろに跳び退りながら、なんとか冷静になろうとふーふーと息を吐く一間。だが、どれだけ時間をかけても、それは人の手以外の何物でもなかった。
「……ん?」
と、そこであることに気付く。
地面からニョッキリ生えた手の下が、何やら淡い光を放っていることに。
「これ、は?」
『だ、大丈夫ですかー!? 気をつけてくださいねー!?』
しまいには謎のロボットにまで心配されてしまう始末。
だが、一間の意識は既にロボットから謎の手に移っていた。恐る恐る手に近づくが、今のところ手が動く気配はない。
「よし、よーし。そのまま動くなよー」
そろーり、そろーり。
抜き足差し足で近づいてみて、ようやく一間は手の下にある謎の発光体の正体を知る。
――魔方陣だ。
そこにはアニメやマンガで見られる複雑怪奇な紋様が光っていた。
これはマズイ物を掘り出してしまったかもしれない、と一間は思う。にわかには信じられないが、今まで彼が見てきた創作物の中では大概こういうのは何かの封印であったりするのだ。
「いや、まだ大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように呟く。まだ見なかったことには出来るはずだ。
一間は黙って手元の土を集める。流石にロボットは無理だが、手くらいならもう一度埋めなおしてしまえば全て片付くのだ。臭いものには蓋をしろ理論だ。
『あのー、何をしているんですかー?』
「しっ、静かに!」
『は、はい、すいません!』
ロボットと会話する違和感なんてこの際耐えよう。謎の機械生命体と謎の手。自分にとってはどちらが厄介かと天秤にかけると、秤は僅かに敵意のないロボットに軍配が上がった。
「悪く思うなよ」
準備は整った。
後はこの手中にある砂をかぶせるだけ。
一間は手に持った『ふぇ、ふぇっ』土を、落と――。
『ふえっくっちゅん!!』
そうとした瞬間、大音量のクシャミが周囲に響き渡った。
「そこでクシャミするんじゃねーよ! ベタすぎんだろ!」
『しゅ、しゅびばぜん……。ここ、砂埃が酷くて』
「お前が落ちてきたから悪いんだろう!?」
一間は泣きそうだった。
ややこしい事が起きる前に埋めなおそうと思ったのに、そんなに大きな音を立てたら手の封印が解けてしまうかもしれない。そんな絶望の中、一間が視線を落とすと――。
「お?」
意外や意外。取り落とした砂の山が、見事に手を埋めていたのだ。
「おぉ!」
『ど、どうしたんですか?』
「やったぞロボ子! 手が埋まった!」
『そ、それは良かったですね! わーいわーい』
「はは、結果オーライ」
『あはははは!』
「わっはっはっはっは!」
「うーん……。もう少し静に寝かせてくれんかね?」
「『!?』」
謎の声に振り返る一間とロボット。
見ると、さっき土で埋められた手の場所がもこもこと蠢いている。やがてボコォッと土を弾き飛ばし、埋めた手が再度出現した。
「ごほっ、ごほっ。もし、そこの人。今はバナデウル暦何年かね?」
「『バ、バナデウル暦!?』」
「なんと! 今の時代、悪魔暦は使われておらんのかね!?」
「『悪魔暦って!?』」
「はっはっは、冗談冗談。いくら数百年眠っていたとしても、流石に人間界では太陽暦……だったかな? が使われている事くらい知っているよ」
「『ああ、なんか物凄くウザい!(面倒です!)』」
「さて、ところで何やら困っているみたいだね」
『お前の出現で絶賛困惑中だよ』と叫びたいのをグッと堪えて、一間は状況整理に再び頭を回転させ始める。今この状況で一番解決しなければならない事案はなんだろうか?
「……家だ」
「イエー!」
「埋めるぞ、手」
「いやん、ちょっとしたお茶目じゃないか」
一間と自称悪魔の手がそんな漫才みたいなやり取りをしていると、ロボットが遠慮がちに補足を加える。
『あの、わたしが落ちて来たんでそこにいる人のお家を壊しちゃったみたいなのですー』
「なるほど、それで封印が……。で、其方は住む家がないというのかね? かねかね?」
「あ、あぁ、そうだ。こっちにはまだ八歳の女の子がいるんだぞ!」
「なんと、そんな若い身空で既に子持ちか! やるのう、おぬし」
「俺の子供じゃねぇ!」
『はぁー……。地球の性文化は発達してますねー』
「だから俺の子供じゃねぇって! 分解すんぞロボ子!」
『はわ! わ、わたしなにも言ってません分解だけは堪忍してくださいー!』
慌てるロボット、ギュインギュインと動く足。煽る手、キレる一間。
――閑話休題。
「ふむ、ならばワシに良い案があるぞよ?」
一間の話を一通り聞き終えた悪魔の手(?)は、提案するようにピンとその人差し指を立てた。
「期待しないが、一応聞いてやる」
「なに、簡単だ。そこのロボットくんに家に変形してもらえば良い」
「アホか、そんなこと出来る訳……」
『あ、出来ますよ?』
「出来んの!?」
なんて都合の良い展開だろう。ここまでくると、一間は意図的な何かを感じずにはいられなかった。というか何でこんな訳の分からないものが集まってくるのか?
「でも、その状態で変形できんのか?」
『はわ、そ、そうでした。流石にこの状態ではちょっと難しいかもです』
「はぁ……」
やっぱりな。一瞬期待した俺が馬鹿だったと、一間は深くため息を吐く。
「ん、そこから引っこ抜けば変形できるのかね?」
しかし、あっけらかんと手がそんなことを言ってきた。
『は、はぁ。まあ抜ければ可能ですが』
「ふむ、では少し待ちたまえ」
「おいおいおい、何する気だ……?」
これ以上面倒くさいことはしないでくれよと祈りつつも、絶対ややこしい事になる気がする。というかほぼ間違いなくなるだろうと一間の直感が告げていた。
「では……」
まるでウォーミングアップのように指をにぎにぎする手。そして――。
「ふんぬ!」
掛け声と共に手は大きく指を握りこんだ。よほど力が入っているのか、次第に血管が浮かび上がってくる。魔法陣が不気味な光を放ち、それが手を包んでいく。
「ぬぬぬぬぬぬぬぬ!!」
『わ、わわ!』
やがて大地が鳴動を始め、徐々にロボットのボディが周囲の土を盛り上げながら浮き上がっていく。畑から引っこ抜かれる野菜にも見えたが、如何せん規模が違いすぎた。
「す、すげぇ」
あまりに壮絶かつ非現実的な光景に、さっきまで不安を抱いていた一間も思わず感嘆の声を漏らしてしまう。人間、どうしようもなくなると頭に浮かんだ言葉をそのまま垂れ流してしまうものらしい。
やがて完全に抜け切ったロボットはそこで見事に一回転し、重量感のある音を響かせながらその両足を大地に埋めた。ズンという衝撃が走り、一間の足元が少し揺れた。
『ほ、本当に抜けましたー!』
「ふぉっ、ふぉ。ワシに、かかれば、この程度、タイタニスをっ、狩る程度……ごほっ!」
「分かんねーよその例え。っていうか、めっちゃ汗かいてるじゃねーか」
「し、しばらく眠っておったから、魔力に、ガタがきておるのかのぅ……」
きっともの凄く疲れているのだろう、手は地面にべっとりとへたり込んだ。対照的にロボットはその巨体を大きく伸ばし、自由を楽しんでいるようだ。
『ん~空気がおいしいですねー! これだから酸素のある惑星は止められません!』
「で、変形できそうか?」
『はい、これならばっちりですよー』
ほっと一間は安堵の息を漏らす。何やらよく分からないロボットの中で生活する事になりそうだが、とりあえず暮らせる家があればどうにかなるだろう。そう高をくくっていた。
『では、いざ!』
「頼むから『へーんしん、とぅ!』とかは止めてくれよ。夢が壊れるから」
『え、ダメですか?』
「ダメだ」
そう、一間はこの和やかな空気で諸々の面倒なことを一切考えていなかった。
変形した後、ロボットの意識はどうなるのか? 悪魔の手はどうするのか?
この決定に澄は納得するのか等々。
面倒な事を考えないのは、脳が人体の平穏を維持する上で当然の機能かもしれない。ただ、今回はそうすんなり事は進まなかったというだけで――。
目の前には実に近未来的な家が一軒。
いつの間にか手は姿を消していたが、もうそんなことはすっかり忘れている一間。とりあえず澄を迎えに行こうと踵を返したところで――。
「おにいちゃーん」
という声が彼の耳に届いた。考えるまでも無く澄の声である。そして彼女の横にはもう一人、一間も知る人物の影があった。
「菫さん! 良かった、見つかったのか」
澄の母親、小籠 菫だった。
澄に似て多少暗いところはあるものの、黒く艶やかな髪を綺麗に腰まで伸ばした純和風の女性だ。元々、澄と一緒に外に出かけたのは一間の部屋に「お母さんがいなくなっちゃった」と彼女が泣きついてきたからだ。
物事、上手くいく時は上手くいくもんだなぁと一間はしみじみと感じていた。だから、菫のわずかばかりの変化に気付かなかった。
「……一間くん、ごめんなさいね。澄が少し無理言っちゃったみたいで」
「いえ、いいですよ。澄ちゃんは妹みたいなもんですし。あと、言いにくいんですけど天降荘が潰れてしまって……」
「……えぇ、澄から聞いたわ。でも、これは」
菫はかつてのボロアパートの代りに新しく出来た近代的な家を興味深そうに見つめる。
「なんかこのロボットが降ってきたんです。でも悪いヤツじゃないみたいで、住む所も提供してくれるみたいで」
「……まあ、それは良かったわ。澄、これからも一間くんと一緒に暮らせるわよ」
「うん!」
親子のそんなやり取りを見ながら、一間の中には憧れの様な感情が生まれていた。
――家族……か。
ふと、自分を最近まで育ててくれた女性の顔を一間は思い出す。
その人が彼にとっての唯一の母であり、父であり、そして家族であった。だが、今は一人で暮らしている。
「おにーちゃん、どうかしたの?」
気付けば澄が心配そうな表情で一間のことを見上げていた。
我ながら少し感傷に浸り過ぎたかなと思いながらも、一間は再び笑みを浮かべる。
「いや、何でもない。とりあえず家の方に移動しましょうか、菫さん。内装がどうなっているかはロボ子に聞かないと分からないですし」
「……そうね。でもその前に私、一間くんに言っておかなきゃならないことがあるの」
「ん、何ですか?」
それは何気ない会話だった。
いつも通り菫の声には覇気は無かったが、特別なものは一切感じられない会話。
だから――。
「私ね、実は死んじゃったの」
「……」
そのあっけらかんとしたもの言いに、一間は全くと言っていいほど反応出来なかった。




