ファミリーだもん!
「はい、お紅茶」
「ありがとうございます」
一間は施設の中の応接間に通された。その後すぐに園長先生は子供たちを寝かし付けに行き、今は静寂に包まれていて食器が置かれる音がよく響いた。
「……何を悩んでいるの?」
そして、何の前置きもなく核心に迫ってきた。普通の関係ならそれはかなり難しいことだが、この二人の間には長年培ってきた深い絆があった。
例えるなら、そう――まるで家族みたいな。
「やっぱり、園長先生には隠し事はできませんね」
「そりゃあね。十年以上も一緒に暮らしてきたんだもの」
そうして二人で笑い合い、少し間をおいた後で一間はゆっくりと本題を切り出した。
「園長先生って、母さ……一恵さんの知り合いだったんですね?」
一間の問いかけに園長先生は一瞬驚いた顔をするが、直ぐに柔らかい笑顔に戻った。
「そう……。あの子、ようやく四条くんに会いにいったのね」
「ええ、少し前に」
それから一間は両親が一家を訪ねて来た時の状況を、少しずつ話していった。
今の家の現状など話しづらい部分もあったが、園長先生は適度に相槌を打ち、たまに紅茶のお代わりを淹れてくれ、一間も考えをまとめながら話すことが出来た。
そして一時間たっぷりかけて話し終わった後、彼女は一つ頷いて口を開いた。
「そう、それが四条くんの悩みなのね」
「……俺、分からないんです。家族っていうのが、どういうものなのか。だから両親の元に行けば良いのか、あいつらと一緒のままがいいのか、分からない……」
それは、一間が今まで解いてきた全ての問題の中でも最も難しいものだった。
これだけ悩んでも答えが出ない。いくら園長先生でも、答えが出てくるか分からない。そんな不安が一間の中には渦巻いていたのだ。
だがそんな事を知ってか知らずか、彼女はあっさりこう言い放ったのだ。
「それはもう、答えは出ているんじゃないかしら?」
「えっ!?」
拍子抜け、だった。完全に不意をつかれていた。
必死に頭を動かして一間は意味を理解しようとするが、ぜんぜん働いてはくれない。
「それは、どういう……」
「言葉通りの意味よ?」
にっこりと笑う園長先生。その表情を見ると、本当に簡単なことに思えてくるから不思議だ。
言葉通りの意味ということは――つまり、園長先生は答えを見つけた!?
そう思い至った瞬間、止まっていた時を取り戻すかのように一間の体は勢いよく動き出した。
少しつんのめったが、もう止まれないとばかりに口も動き出す。
「お、教えてください! 俺は、どうすれば!?」
この答えを知ることが出来れば――その一心で一間は園長先生に助けを請う。しかし彼女は「うーん」と少しうなったあと、静かに首を振った。
「凄く申し訳ないのだけれど、私は四条くんに自分で答えを出して欲しいと思ってる」
「自分で、ですか?」
答えがもらえなかった事に一間は落胆を隠せなかったが、彼女がこう言うのには意味があるのだろうと次の言葉を待った。
「話を聞く限り、四条くんはいま一緒に暮らしている人たちに大切なことを教わっているわ。それを突きつめていけば、きっと答えに辿り着ける」
それは一間が答えを出すことを確信しているかのような言葉だった。
「俺に、答えが出せるでしょうか……?」
だが一間自身は不安を拭いきれなかった。自信が持てずにいた。
それでも――。
「大丈夫。だって四条くんは、私の自慢の家族だもの」
園長先生の言葉は、そんな一間の不安をいとも容易く取り払っていった。
※
夜遅いこともあって、一間はそのまま施設に泊まる事になった。
今度から施設に入る新しい子の為の部屋を借り、一間はベッドに体を埋める。使いすぎた脳を休めるために目を瞑るが、家に残してきたみんなの事が気になってなかなか眠れない。
サンディはちゃんと部屋に戻っただろうか?
遠藤さんはちゃんと自分が散歩に出たことを伝えてくれるだろうか?
澄は夜中起きてしまわないだろうか?
菫は今日の準備で疲れてしまってないだろうか?
鍵はちゃんと閉めただろうか?
良からぬ輩が家に押し入ったりしないだろうか?
次から次へと想いがあふれてくる。だが体の疲労は正直で、ゆっくりと睡魔は一間に襲い掛かってきた。意識が落ちていく中、家の事ばかり考えている自分を省みて彼は思う。
――あぁ、やっぱり俺は……
※
「う、うぅん……」
しばらくして、一間は目を覚ました。明け方にはまだ早かったが、何やら外が騒がしかった。
「ん……何だ?」
カーテンを開けて外を見ると、人の数こそは少なかったが何故かみんな空を見上げていた。自衛隊のヘリでも飛んでいるのかと思い、一間もつられて視線を空へ向ける。
すると――そこには巨大ロボット、もといサンディの本体が飛んでいた。
夢であることを疑うも、頬をつねったらしっかり痛い。そしてこれが事実であることを悟り、急いで一間は施設を飛び出した。
『ひーとーまーさーん! どこですかーーー!!』
外に出ると、大音量のサンディの声が空から市内全体に降り注いでいた。
「サ、サンディ!? 一体何を……!?」
起こっていることが把握できずに、一間はあせる。しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。
『おにーーーちゃーーーーん!!』
『一間くーーーーーん!!』
『おーーーい、バカ息子ーーーーー!!』
澄、菫、遠藤さんの声も続いてサンディの本体から降ってくる。下を歩いていた人たちは、ある者はあまりの煩さに耳を塞ぎ、ある者は驚きのあまり腰を抜かしていた。
こんなに人に迷惑をかけてまで、彼らがしたい事とは一体何なのか?
「もしかして……俺を探して?」
そして一間はようやく答えに思い至った。
一間が今まで心の寒さを感じていたのは、自ら進んで陽だまりを出てしまったからだった。気付かないうちに、みんなが彼の居場所を作ってくれていたのだ。
そして、それは一間の分だけではない。互いが互いの居場所を作り、温かい場所に変えていたのだ。
だからだろうか?
今の彼の心の中は、とても温かかった。
「これが」
自分の中に宿った不思議な感情に包まれながら、一間は胸をそっと押さえた。
だが、今はそんな事をしている暇もそれほどなかった。これ以上サンディを放置していると、とても大変でややこしい事になるのは明白だったからだ。
だから一間は大きく手を振り走り出す。
「おーーーい、俺はここだああぁーーー!!」
一間が向かう先から、ゆっくりと朝の太陽が昇り始めた。
※
家族ってなんだろう?
その問いに対する答えは、まだ一間の中では出ていない。
ただそれは信頼できるものであったり、温かいものであったり、甘えられるものであったり、ずっと一緒にいるものだったり。そんな漠然とした想いはあった。
あの日つぐみホームへみんなが迎えに来てくれた日の事を、一間はずっと考えていた。
「一間さん、ボーっとしてどうしたんです?」
食事中に箸をとめていたのが気に立ったのか、サンディがそんな事を聞いてくる。
「いや、ちょっと考え事を……な」
「大方、『何で迎えにきたんだろう?』とか考えておるのだろう?」
からかうような遠藤さんの声。
それに対しても、一間はもう「そうだな」と素直に答えられるようになっていた。
出会った頃からは考えられない素直な答えに、遠藤さんは「ちぇー、つまらん」と呟くも、どこか嬉しそうだった。そして同時に、「そんな事も分からんのか?」とあおっていく。
「分からないものは仕方ないだろ」
「考えるまでも無いことじゃと言っておる」
「……ふふ、そうね」
みんなのお茶を汲みながら、菫も遠藤さんの言葉に相槌を打った。
だが、一間は本当に分からなかった。出会ったばかりの、血のつながりも無い、ただの他人である自分を迎えに来る理由。そんなものは有るのだろうか?
「それで、両親には電話したのかね?」
「ん? あぁ」
考えている途中で質問され、一間は直ぐに宅間と一恵に電話した時の顛末を話す。
「俺が幸せなら、そっちの方が良いって言ってくれた」
「そ、そうですかー!」
「よかったね、おにーちゃん」
サンディと澄が同時に喜びの声を上げる。菫もどこか嬉しそうに微笑み、遠藤さんも一人で拍手をしていた。みんなが祝福してくれている。
一間は結局、高校を卒業するまでは今のままで暮らしたいと両親に申し出ていたのだ。そして宅間と一恵は残念に感じでいたが、息子の意思を尊重しようという結論に落ち着いた。
「でも、許してくれるとは思わなかった。こんなわがまま」
「なんじゃ、その理由も分からんのか?」
「うっ……」
今度ばかりはさすがの一間も、ぐうの音も出なかった。
思えばこの前から人に答えを求めてばかりだ。そろそろ自分で答えを見つけなければいけないという焦りが一間の中には芽生えていた。
「待ってくれ、いま考える」
再び箸を止めてウンウンと考え始めるが、やはり答えは出てきそうにない。
「一間さん、ファイトです!」
「ほれほれ、早くしろ」
「おにーちゃん、頑張って!」
「焦らなくて良いのよ、一間くん」
そしてみんなの声援を受けて……一間の頭の中はオーバーヒートした。
「だあああぁぁーー!」
「何じゃ、結局出てこなかったのか」
遠藤さんが突っ伏した一間の頭を、ペシペシと叩きながら呆れた声を上げる。
「ま、いざその立場になってみると意外と分からぬものかもしれんな。仕方ない、そろそろ答え合わせといくかのぅ」
そう言って遠藤さんは軽く指を弾いた。
それを合図にして、食事していたみんなが立ち上がり、いっせいに一間の周りを取り囲む。
「えっ! な、何だ!?」
戸惑う一間はそっちのけで、みんながみんな、好きなように。
「一間さん!」 サンディが微笑みかける。
「一間」 遠藤さんが、手の親指をグッと立てた。
「おにーちゃん!」 澄が、一間の足に抱きつく。
「……一間くん」 菫が、そっと一間の肩に手を置いた。
――そして四人の声が重なり、五人の心が一つになった。
「だって、家族だもん!」
これにていったん終了でございます!
アクセスしてくれた方、少しでも読んでくれた方、ブックマークして頂いた方、評価して頂いた方。
大変励みになりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
今後につきましては更新停止していた(もといサボっていた)もう一つの作品の方を書き進めていこうと思っておりますので、もし機会がありましたらご一読いただけると幸いです。
それでは、ここまでお付き合い頂き有難うございました!