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ファミリーだもん!  作者: マコト
15/16

いつか帰るところ

 一間(かずま)が家を出る決意をしてから、急遽として送別会が開かれる事となった。参加者はサンディ、遠藤さん、(すみ)(すみれ)、そして……何故か(みどり)もそこに加わっていた。


 宅間(たくま)和恵(かずえ)は、自分たちが出るべきじゃないと言って参加を辞退していた。


「いえーい! かんぱーい!」

「翠さん、あんまり飲み過ぎないで下さいね」


 開始早々まるで祝い事かのようにスーパーハイテンションでアルコールを摂取しまくる翠に、一間は苦笑しながらもお酒の注ぎ役を買って出ていた。


「っていうかさー。一間クンが居なくなったら、いったい誰が私の愚痴聞いてくれるっていうのさー!? 出家はんたーい! ぶーぶー!」

「いや、出家はこういう時に使う言葉じゃないですからね?」


 口ではどこか呆れたように言っているが、一間は翠の実力は認めていた。サンディは一間の功績を称えるが、本当に賞賛されるべきは翠なのだろうとずっと思ってきたのだ。


 そんな翠に、一間は送別会が始まる前に一つのお願いをしていた。


「どうかこれからも、この家の事を気に掛けてあげてくれませんか?」と。それに対し、

「もちろん、当たり前田のクラッカーだよ! 一間クン、忘れてないかい? この家を街の観光名所にするという私の壮大な計画は、まだ始まったばかりなのだよ?」


 彼女の回答は、実にシンプルかつ大胆なモノだった。


「一間さん」


 翠との会話を終え一間が感慨にふけっていると、待っていたかのように声をかけられた。サンディだ。彼女は手に菫お手製の料理と、ジュースの入った紙コップを持っていた。


「どうした?」

主賓(しゅひん)なんですから、もっと食べて飲んで下さい」

「ああ、そうする。ちょうどほら、翠さん酔いつぶれちゃったし」

「みたいですね」


 いつの間にか酒瓶を恋人のように抱きしめて床に転がっている翠を、二人はどこか残念そうな表情で見つめた。微かに「もう飲めないよー」という寝言が聞こえてくる。


「あはは。じゃあ、わたしと少しお話しませんか?」

「……ああ、そうだな」


 これからいつでも話せなくなるからな――という想いは、声に出さずにいた。


 それからサンディの静かな所で話したいという希望に沿って、二人は縁側に移動した。


 外に出ると少し冷たい夜の風が吹いてサンディの髪が揺れる。キラキラと輝くそれを見て、一間はこんなにも綺麗なものだったろうかと思った。


「思えばわたしと一間さんって、わりと悪い出会い方をしましたよねぇ」


 座りながらサンディは、どこか懐かしそうに口を開く。

 そういえば最初は「ロボ子」って呼んでいたんだっけ? と一間は思い返して少し笑った。


「ははっ。悪いとは言わないけど、衝撃的であったことは間違いないな」

「ですよね。だけど、一間さんが持っていたマンガによると悪い出会い方をした方が後々仲良くなれる可能性が高いらしいですよ?」

「そりゃ、創作物の話だからな」

「でもわたしたち、すっごい仲良くなれたって思いません?」

「まあ、な」


 確かに、そればっかりは否定できない事実だった。


 まさか自分が得体の知れない機械生命体とこんなにも打ち解けることになるとは、昔なら考えもつかなかった事だろう。それでも『今』があるという事は、四条 一間という人間は、彼自身が考えるよりもずっと広い心を持っていたのかもしれない。


「わたし、この星に来て良かったと思っています。そりゃあ、最初はかなり困っちゃいましたけどね。でも、この広大な宇宙の片隅にこんな素敵な惑星が――こんな素敵な人々が暮らす星があるなんて、今まで知りもしませんでしたから」

「そっか」

「一間さんが海まで迎えに来てくれた時は、嬉しかったなぁ。あの時は本当にどうしようもないくらい寂しくて、悲しくて。ほんっ、とう、に……」


 サンディの声は震えていた。その蒼い瞳からポタリ、ポタリと涙が零れていく。一間はそれに気付いていたが、あえて彼女の方を向かずにそのまましゃべり続ける。


「俺も……サンディに会えて良かったよ」

「そう思ってくれると……わたしも嬉しいです!」


 手で涙をゴシゴシと擦って、ふたたびサンディは満面の笑顔を見せる。もうそこには一切のかげりはなかった。ただ、自分の大切な人を想った表情だった。


「一間さんはわたしを助けてくれた恩人です。だから、そんな一間さんが望むなら……わたしは笑顔であなたを送り出したい!」


 

「……あら、もうサンディちゃんとのお話は終わったの?」


 縁側からリビングに戻ると、キッチンで洗い物をしていた菫から一間はそう聞かれた。


「あ、はい」


 サンディはしばらく一人で居たいという事で、縁側に残った。


「……寂しがっていたでしょう? 澄もさっきは平気な顔をしていたけど、一間くんが縁側に出ていった時からずっと駄々をこねていたのよ?」

「え、澄ちゃんがですか?」

「……私の事もあったから、ちょっと過敏になっているんでしょうね。一間くんは近くに引っ越すだけだからまたいつでも会えるわよって、ようやくさっき寝かしつけたわ」

「何か、すいません」

「……いいのよ、でもね」


 そこで洗い物を終えてリビングに戻ってきた菫は、一間の隣にゆっくりと腰かける。


 キッチンは見通せる場所にあったので距離的にはそんなに変わっていないのだが、何か物理的な距離以上に彼女が近づいてきたように一間には思えたのだ。そんな彼を見上げるようにして、菫はちょっと拗ねたような声を出した。


「……私だって、寂しいのよ?」

「菫さんが、ですか?」

「えぇ」


 驚きを隠しきれない一間に、先ほどの声が嘘のような落ち着いた声で頷く菫。


「……澄は一間くんのことを実の兄みたいに思っているけれど、私も一間くんのことは実の息子みたいに思っているから。あまりそうは見えないかもしれないけど」

「ど、どうも」


 しどろもどろになりながらも、一間はなんとか答えを返していく。


「……それに、一間くんはどことなく夫に似ているわ」

「菫さんの旦那さんですか?」


 小籠(こごもり)一家の父親のことは確かに一間もずっと気になってはいたが、おいそれとは聞くことも出来ない話題なのでずっと避けてきていた。だが、それが菫の口から語られていく。


「……夫は普通の人間で、澄が生まれて直ぐに病気で亡くなったの。だから澄も正確には妖怪ではなく、半妖になるのかしらね」

「そう、だったんですか」

「……不愛想に見えるけれど、とても優しい人だったわ。他人の事でも、大変そうなら直ぐに手伝って。だから、知らずの内に心労を溜めてしまっていたのね。気付いた時にはもう手遅れだったわ」

「俺はそこまで出来た人間じゃないですよ。ましてや心労なんて縁のない……」

「……一間くん。今、何か抱えているんじゃない?」

「っ!?」


 まさか自分の心の迷いを見透かされているとは夢にも思わず、一間は動揺を隠しきれなかった。そんな反応を見ても菫はやはり静かに、だが少し嬉しそうに笑う。


「……あらあら、図星ね」

「ど、どうして分かったんですか?」


 慌てながらも一間がなんとか言葉を捻り出すと、菫は「……あら、そんな事を聞くの?」とでも言いたげな顔で、当たり前のように告げた。


「……だって家族でしょう、私たち?」

「でもそれは、仮の話で」

「……確かにそうかもしれない。でも、さっき言った通り。私は、一間くんのことを本当の息子みたいに思っている。もちろん、サンディちゃんも娘のように思っているわ。だからね、一間くん。もし悩み事があれば相談してちょうだい? 別に今じゃなくてもいいわ。いつでも会える距離だし、気が向いたら話してくれていいから」


「菫さん……」

「……ね?」


 その時の菫の表情は、とても優しいものだった。そんな顔をされたら、もう否定する方法は残されてはいなかった



「おぬし、愛されておるのぅ」


 送別会の後片付けは菫に任せて自分の部屋に戻ると、当たり前のように遠藤さんがそこにいた。


「本当に、な」


 一間はたいして気にした風もなく、ベッドに腰掛ける。だが座っているのも億劫(おっくう)になってしまい、やがて遠藤さんの方に体を向けて横たわった。


「……で?」


 短い言葉で用件だけを尋ねる。


「なに、一つ礼を言っておこうと思ってのぅ」

「礼? アンタが、俺に?」


 余りにも予想から斜め上をいく質問に、一間は素っ頓狂な声を上げた。


「意外かね?」

「そりゃもう」


 ――悪魔から礼を言われる日が来るとは、まさか思わなかったな。


「で、何のお礼だ?」

「温泉を掘った時のな」

「あぁ」


 そこで一間は合点がいった。


 だが、それもおかしな話だ。彼自身、自分がしたことは特別お礼を言われるようなものではないと思っていた。ただ、当たり前の意見を言っただけ――と。だから遠藤さんのお礼は考えれば考えるほど笑えてきてしまって、何となくの勢いで口を開いてしまった。


「気にすんな。か――」


 ――家族だろう? そう口走る前に、一間は強引に言葉を飲み込んだ。


 しかし遠藤さんはそれで気付いてしまったのか、口は見えないのに忍び笑いを漏らすという、器用な芸当をやってのけた。その反応に、一間はムスッとした声を出す。


「悪いかよ?」

「いや、嬉しいのじゃよ。一間がそう思っていてくれたことがな」


 バツの悪そうな一間に対して、遠藤さんはとても満足そうだった。もし顔が見えていたならば、そこには悪魔とは思えないほどの邪気の無い笑顔があっただろう。


「いつもそうだ。自分だけ分かった気になりやがって」

「伊達に五百年生きておらんぞ? おぬしよりは知識はあるつもりじゃ」

「そうかよ」


 やけくそ気味に一間は答え、これ以上会話するのが面倒になって遠藤さんに背中を向ける。


「おや、すねてしまったかな?」

「……」

「では、これは独り言と思って聞いてくれたまえ」


 応えない一間に、遠藤さんはあくまで自分のペースで話し続ける。まるでゆっくり呪文を詠唱するかのように。ただその言葉たちは、本物の魔法のような響きを持っていた。


「人生の先輩からのアドバイスじゃ。迷ったときは、自分に素直になると良い。あと、時には原点回帰なんかもオススメじゃ。何事も、初心を忘れてはいかん」

「はぁー……」


 そして聞き手に届いた時、遠藤さんの魔法(ことば)は効果を発揮する。

 今まで無視を決め込んでいた一間が諦めたように大きく息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。


「出かけるのかね?」

「散歩」


 それだけ言えば十分だろうと、一間は遠藤さんの答えを待たずに部屋を出た。室内からはどこか楽しそうな悪魔の声がしばらく続いていた。



「好き勝手言いやがるよ、ほんと」


 その場では言い返せなった文句をぶつぶつと垂れ流しながら、一間は足の向くままに夜の街を歩いていた。時おり思い出したように吹き付ける風に身を震わせながらも、前に感じた心の中の寒さはずいぶんと薄らいでいるような気がした。あれは一体、何だったのだろう?


「もしかして……」


 と、そこで一間は一つの可能性に思い至る。だが直ぐに頭を振ってその考えを打ち消した。


「いや、そんな事は」


 無いはずだ。むしろ、有ってもらっては困るのだ。

 もしそれが本当に一間の考えたとおりなら、彼の決断は間違っていたかもしれないのだから。


 でも、迷いは消えない。


 サンディの言葉、澄の言葉、菫の言葉、遠藤さんの言葉。そのどれもが、一間の考えを裏づける理由になっていたのだ。


「やっぱり、俺は……ん?」


 と、そこで一間は目の前に見慣れた建物が在ることに気付いた。

 乳白色の外壁を基調としたその場所は、児童養護施設『つぐみホーム』。

 一間が多くの時を過ごし、彼が恐らく一番信頼している人物がいる大切な場所。


 建物の窓からは子供たちの影と、微かな笑い声が漏れ聞こえてくる。その光景を見て、一間はこの場所は自分がいた頃とまったく変わっていないことを実感した。


 意図してここに来ようと思った訳ではない。


 ただ今のどうしようもない感情をどうにかしようとして、気付いたら足が勝手にここへ向かっていたのだ。無意識のうちに、自分の心が休まる場所を選んでいたのかもしれない。


 だが、一間は自ら望んでこの施設を出た。


 もちろんこれ以上迷惑をかけられないという理由は有ったのだけれど、今さら戻って来るなんてあまりにも虫がよすぎるだろうと思った。


「……帰るか」


 そう一間が(きびす)を返した時――。


「四条くん?」


 背後から声がかかる。

 その懐かしい響きだけで、一間はどうしようもなく泣きそうになった。

 だけどそれをグッとこらえて、あくまで平静を装って声を掛けてきた人物に振り返る。


「お久しぶりです、園長先生」

「ふふ。久しぶりって言っても、四条くんがここを出てからまだ一ヶ月半だけどね」


 一間が挨拶を返すと、その人物――つぐみホームの園長先生も顔のしわを深くして微笑んだ。彼女もまた、一間と再会できた事を心から喜んでいるのだった。


「その後、どうですか?」

「ふふ、相変わらずみんな元気よ。もうそろそろ寝かせようと思ってたところ。そうだ、今度新しい子が入ってくるの! 早く馴染めるといいんだけど……」


 まるで自分の事のように語る彼女を見て、一間は相変わらずだと笑みが零れた。


「そういえば、四条くんはどうしてここに?」

「あっ……たまたま、前を通りかかったので」


 屈託なく聞いてくる園長先生に、一間はとっさに嘘をついてしまった。自分のつまらない事情でまた迷惑をかけてしまう事を恐れたのだ。しかし彼女はどこか探るように一間の顔をジッと覗き込み、やがて全てを包み込むような笑みで告げた。


「なら、少し寄っていかないかしら。夜に出歩いて体も冷えちゃったでしょう?」

「いや、先生。俺は――」

「良いから良いから。久しぶりに貴方のお話を聞かせてちょうだい」


 そう言って園長先生は渋る一間を半ば強引につぐみホームの中へと招き入れた。

恐らく次がラストになるんじゃないかなぁーと思います。

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