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ファミリーだもん!  作者: マコト
10/16

部屋のすみから、真ん中へ

「参観日~」

「さんかんび~」

「「すーまいーのさーんかーんび~」」


 家のリビングで、サンディと(すみ)がどこかで聴いたことがあるようなメロディを楽しそうに歌っている。そんな二人の様子を、一間(かずま)はどことなく微笑ましい表情で眺めていた。


「二人とも、そんなに楽しみか?」

「そりゃもう楽しみですよ一間さん! この家以外の地球の方とまともに交流するのは初めてですから~」

「そういえば、サンディはあまり外に出たことがなかったっけ?」

「基本はお留守番ですからね。でもこれを機会に、地球の人とガシガシ仲良くなっていこうと思いますよー!」


 そう言って、目に見えて張り切っているサンディ。一間としても彼女の社交性はある程度知っていたし、それほど心配はしていなかった。


 ただ、もう一人の方は少し不安が残っていた。


「澄ちゃんも、楽しみ?」

「う、うん……」


 一間が尋ねると、先程まで楽しそうに歌っていた澄が少し詰まりながら答えた。どうやら、さっきまでの元気の良さはサンディにつられていたらしい。


「もし嫌だったら、無理に参加しなくてもいいんだぞ?」

「……うぅん、すみも、さんかするの」


 心配した一間がそう言うも、澄は『ある行事』への参加を強く決意していた。


「エライ! エライですよ、澄ちゃん! 大丈夫、もしもの事があれば私がフォローしますから、どんどん頼っちゃってくださいよ~!」

「うん。ありがとう、おねーちゃん」


 澄の前向きな姿勢に感激して、飛びついて頬を擦りつけることで喜びを表現しているサンディ。そんな二人の様子を見て、また一間の気持ちは温かくなった。


「ほんと、上手く行くといいな」


 そんな彼が懸念する行事の開催が決定されたのは、つい数日前のことだった。



「こんにちはー」


 チャイムの音と共に、玄関の方からここ最近でかなり聞き慣れた声が響いた。一間が応対に出ると、そこには予想通りの人物がスーツに身を包んで立っていた。


(みどり)さん……また来たんですか?」

「一間くんちーっす! って、ひどいなー。そんなに邪険に扱わなくてもいいじゃない。これでもお姉さんは公務員なんだぞー。どうだ、偉いだろー!」

「今の時代、公務員はそこまで威張れないと思います……。というか、今週でもう既に三回目なんですけど。また上司に叱られんですか?」

「そうなのよー……って違う違う。いや、それもあるけど、今日は別件です」

「まあ、とりあえず入って下さい。お茶出しますんで」

「悪いね~。おじゃましまーす!」


 そう言って翠は勝手知ったる他人の家とばかりに、一間を追い越してリビングに直行していった。一間はそれを見て、この国の将来が少しばかり不安になった。


「ずずずー。あ~これ、おいしいね。玉露?」

「いや、スーパーの特売で買った麦茶ですけど」

「うん、やっぱり夏は麦茶だよね。お笑いの偉い人もそう言ってるし」

「まだ梅雨も迎えてないんですけど……」

「で、今日ここに寄らせてもらったのはねー」

「……」


 もう何か色々と一間は諦めた。多分、何を言っても無駄なのだろうと。それでも彼が翠に付き合うのは、ひとえに彼女に恩があったからだ。


 ここに住めるようにしてくれたのも翠だし、実はこの前の温泉の件もやはり色々と問題があったらしい。


 それはまあ彼女自身がオッケーを出したのも事実なのだが、その後のややこしいゴタゴタも何だかんだで請け負ってくれたのだった。その所為で「上司がどうだの、書類が、裁判がー」とさんざん愚痴を漏らされたが、それも良い思い出となりつつある。


「というか、何気に翠さんって有能ですよね」

「でしょー! そこんところを上の奴は分かってないのよ。で、今回はねー」

「はい」

「『住まいの参観日』をやってみようと思う訳ですよ」

「……はい?」

「あれー、知らないかな? ほら、ちょい昔にCMで流れてたやつ」


 そう言って、翠はどこか調子っぱずれな感じで鼻歌を歌い始める。それを聴いて、一間も施設にいた時に見たテレビを思い出していた。


「あー確かに聴いたことあります。っていうか、それ権利とか大丈夫なんですか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。一地方の、一行事で使うだけなんだから。ほらあれだよ、学校の文化祭でプロミュージシャンの曲をコピーしても大丈夫っしょ?」

「いや、その例えはどうかと思いますけど」

「とにかく!」


 机に両手をついて翠はがばっと立ちあがる。


「色々ね、大変なの! 市役所の方にロボットが墜落したのかっていう問い合わせが殺到してね。そりゃこっちの目論見としては噂になるのは大歓迎なんだけど、中には危ない人もいるかもしれないじゃない? だから、予めこちらで選んだ人たちでお宅訪問的な行事をしようってわけ!」

「は、はあ」

「んで、一間くんにはご家族の人の了解をとってもらいたいわけ。別に無理に全員揃っていなくていいから。むしろ、あの手の人はいない方が良いかも……」

「呼んだかね?」

「ぎゃああぁぁーー出たあああぁぁぁーー!」


 遠藤さんの不意打ち気味の登場に、翠は乙女が出してはいけないような悲鳴を上げた。


「なんじゃ、人を化け物みたいに」

「いやいやいやいやいや、実際に怖いもん! もう帰るー!」

「とりあえず落ち着いて下さい、翠さん。おい遠藤、話をややこしくするな」

「ちぇー」


 すねる遠藤さんを一間は「シッシッ」と片手で追いやり、さめざめと泣き崩れる翠をなんとかなだめる。ぶっちゃけサンディ本体の展覧会をやるより、遠藤さんを見世物にした方が話題にはなると思ったが、そこは黙っておいた。


「で、翠さん。前からの約束なんで多分みんな理解はしてくれると思うんですが、大人数は少し厳しいかもしれません。ほら、一応プライバシーとかあるし」

「う、うん。だから私、考えてきたのよ」


 微妙に目に溜まった涙を拭いながら、翠は持ってきた鞄から書類を取りだす。見ればそこには妙にこだわりを感じさせるレイアウトで、今回の企画が書かれていた。


「意外に凝ってますね」

「いちおー会議でも使った書類だからねー。で、概要とか呼ぶ人達はもう書いてあるから」


 促されて一間は書類に目を通し始める。そして来訪予定団体の項目に目がとまった。


「……小学校?」

「うん、この近くにある小学校なんだけどね。ほら大人だと一見まともそうで実はヤバい人とかいるけど、子供はみんな純粋でしょ?」

「それはそうですけど、逆に俺達であの凄まじい好奇心を抑えられるか……」

「う……ま、まあ、そこは一間くんの努力に期待ってことで」

「絶対に考えて無かったですよね?」


 出来無さそうで、実は出来る風を装って、やっぱり出来無さそうな翠のスタンスには、一間も呆れを感じずにはいられなかった。それでも、好ましくは思っていたが。


「って、あれ? この学校って」

「ふっふっふ、気付いた? 気付いちゃった?」


 翠がもの凄いニヤついていたが、とりあえずスルーして一間は記憶の中を探る。

 そして、やはり間違っていない事を確認して口を開く。


「これ、澄ちゃんの学校か」

「ピンポンピンポーン、せいかーい!」

「でも、何で?」

「うーん、それはね。何回かこのウチに来ていて思ったんだけど、澄ちゃんってほら、人見知りするタイプでしょ? でしょでしょ?」

「それは……まあ」


 本当は否定したいところだったが、もう翠は一間たちと赤の他人という程の浅い付き合いでは無かったので、誤魔化すことはしなかった。


「私もさ、こんな性格だから昔は結構浮いてたんだよねー。だからって訳じゃないけど、澄ちゃん見てると何かできないかなーってさ」


 どこか恥ずかしそうに自らの過去を語る翠。

 多分、それは経験した者しか分からない感覚なのだろう。


 一間も施設の中では決して社交的ではなかったので、澄や翠の感覚はなんとなく理解できたし、また彼女がそこまで気にかけてくれていた事に驚きを感じていた。


「その、ありがとうございます」

「いや、何か私の自己満足みたいなもんだし、まだ澄ちゃんも参加してくれるか分かんないし、お礼を言われても困っちゃうわけですよー。たはは」

「それでも、言っておきたかったんです」

「うーん……。それよりさ、澄ちゃんが参加してくれるように頑張ろうよ」

「はい」


『どうしても』と言う一間の感謝の言葉に、翠は照れながらも話を進めるしかなかった。


 一間と翠の協力。そして澄が自ら成長することを望んだ結果、『住まいの参観日』計画の準備は着々と整っていた。懸念していたみんなの了解もあっさりと取れたし、澄が一歩を踏み出すいい機会だと思ったのか協力的ですらあった。


 そして『住まいの参観日』前日。


 明日には小学校の生徒――しかも澄のクラスメイト達がやってくるという事で、一家総動員して急ピッチで作業が続けられていた。家の中の装飾、食事の準備、当日の役割分担などなど。誰もが忙しなく動いて、どこか楽しそうな雰囲気さえ感じられた。


 その中で一番の笑顔を浮かべていたのは、意外にも(すみれ)であった。普段から薄く笑う事はあるものの、そこまで感情を露わにしない彼女の変化を一間は不思議に思っていた。


「菫さん、何か良い事でもありましたか?」

「……そうね。澄のあんなに楽しそうな顔を見るのは、初めてだからかしら」

「そう、ですね」


 一間もまた、澄の表情を窺う。出会ってから今まで見ることが少なかった、見ている方まで幸せな気持ちにしてしまう弾けんばかりの笑顔。


「……私はもう、必要ないのかもしれないわね」


 成長した娘を見た親の、それはふとした拍子に出た素直な感想なのだと一間は思った。

 そして同時に、そんなに悲しいことを言って欲しくないとも。


「いくら澄ちゃんがしっかりしてきたって、あの年頃の子どもには親は必要ですよ」


 その言葉は、実感を伴った響きをもって菫に届いた。


「……そうね、ごめんなさい。一間くんに言っていい事じゃなかったわね」

「いえ、菫さんの気持ちも分かりますから」


 それからしばらく二人は作業の手を止めて、ちょこまかと動き回ってお手伝いに回る澄の姿を眺めていた。やがて、菫は思い出したように口を開く。


「……あらあら、私たちだけサボっていちゃいけないわね」

「そうですね。俺、そろそろ作業に戻ります」


 そう言って、一間が戻ろうとした時だった。


「……あ、一間くん。ちょっと待って」

「ん、何ですか?」

「……実はちょっと、お願いしたいことがあるんだけど」

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