ある家族の晩餐
家族ってなんだろう?
血の繋がりがあるのが家族。それが世間一般的な回答かもしれない。
はたまた、他人同士が結婚した場合でもそれは家族に成り得る。それが現代社会の決まりというか、暗黙の了解になっているのもまた事実だろう。
では、こんな状況はどうだろうか?
※
「息子よ、醤油を取ってくれ」
「……ほら」
これは、どこにでもありそうな一般家庭の食事時における一幕。
父に言われた息子は、醤油を取りその手に掴ませる。すると、父はそのまま醤油を見当違いな所にだばだばと垂れ流した。
「お、お父さん、そこ違う! サンマはこっち!」
ちゃぶ台の上を醤油が遠慮なく流れる様子を見たしっかり者の長女が、慌てて間違いを指摘する。微笑ましい家族団欒の光景である。
「おぉ、すまんすまん。目がないからどうしても目測がつかなくてなぁ」
「……あなた、しっかり」
手だけで意思表示をする父に、少し影の薄い母がさりげなく台拭きで卓上を拭く。
「おにーちゃん、あの、おかわり、いいですか?」
控え目の次女は、さっきからてんやわんやの食卓をどこか諦めた様子で傍観する長男に、これまた控え目にお願いする。
「あ、あぁ。任せろ」
はっと我に返った長男。
慌てて備え付けの炊飯ジャーの蓋を開けようとするが、開かない。
何度か試みるが、それでも開かない。
そこまでやって、ようやく長男はこの家の管理を全て長女がやっていたことを思い出す。
「炊飯ジャー開けてくれない?」
「あ、はい! 『管制システムに告ぐ。セキュリティシステム第一区画【リビング】炊飯ジャー開放します』」
やたらと大仰な長女の言葉に応える様に、カチリとジャーの蓋が開いた。
「悪いな」
「いえいえ。って、お父さん!? ダメだよ、いくら食べにくいからって食卓ごと魔法陣の中に入れようとしちゃ!」
「しかしなぁ、やはり手だけじゃ食べにくいんだよ。いくら私が何百年と生きてきた者でも、ちゃぶ台の位置を補足する術なんて身につける機会はなかった」
「……じゃあ、私が食べさせましょうか?」
「おぉ、母さんが食べさせてくれるというのか!? うぅ、やはり家族はいいもんだなぁ。思わず涙がホロリと流れてしまうよ」
いや、アンタ涙流しても分からねーから!! と心の中でつっこみつつも、長男はどこか居辛そうにしている次女の為に黙々とご飯をよそった。
「はい、おかわり」
「あ、ありがとうございます」
どこかぎこちないながらも、次女は長男の手からご飯の入ったお椀を受け取る。その時ほんの少しだけ次女が浮かべた笑顔を見て、長男は思う。
確かに今は不完全だ。
納得できない事だって、初めての経験だって沢山ある。でも――。
「全て片付いた時みんなが笑顔なら、それでいいか」
ぽつりと小さく呟いた長男の言葉は、食卓の喧騒でかき消されてしまった。