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正面には所長の十倍はある窓。しかし北向のため日差しは入ってこない。書類が焼けるのを避けるためだろう。すりガラスで外の様子は全く見えない。
その前には比較的整理されたデスクが陣取っている。所長の肩ほどの高さがある、大きいデスク。たっぷりの書類、印鑑、羽ペン…たぶん使ってないだろうなコレ…といったあれこれがのっている。
ジャンプ一番所長がデスクに飛び座る。他より綺麗に片付けられていたそこはきっと、飛び座るためであろう。それはとても絵になりそうだが、そこに至る過程と床につかない足を見れば、子供が悪ぶって机に座っているだけにしか見えない。
「もう一度、自分の世界に入ってくれないかい?」
「どうせ拒否権なんてないですよね」
「こういうのは建前が大切なんだ」
「つまり本音は?」
「ない」
「ですよね」
「ここに誓約書があるから必要事項を記入してくれ」
そして机の上に覆い被さるようにして羽ペンをとる。
おお、羽ペン使うのか。
手渡された羽ペンをインクにつける。
A4のコピー紙との対比を可笑しく思いながら、文面なんて確認せずに名前を入れる。
「懐かしい感じです」
前はボールペンだったけど。
「と言ってもせいぜい半年前だろう」
「まだそんだけですか」
「ああ、だが前とは少し違う」
「と言いますと?」
「今回はここでの記憶もそのままだ」
「なるほど…担当者は変更ありますか?」
「いいや、それは前回同様、私だ」
「よかったです」
「ふむ、一応の信頼は得られているようで何よりだ」
「…」
「我々は、ただお前に夢の世界を提供しよう、というのではない」
「わかっています」
「まじゅちゅに関するあれこれをつまびりゃかにしてほしいのだ」
………
あと少し、あと少しだったのに…
シリアスパートあと少しで終わったのに。
ああ、神様、どうして言いにくいセリフをここで持ってきたのですか!憎い!
ほら!所長顔が赤くなってます!可愛いです!
今にも舌を噛んで死にそうです!可愛いです!
咳をし切り替えて所長が言う。
「魔法に関する詳細を見つけてほしいのだ」
そして何事も無かったように足を組み、僕の反応を待つ。
僕が何も言わないでいると、所長はそわそわしだす。
比較的言いやすい台詞に代わっていることは流してあげよう。
しかし、ここで、放置。
話しを遮ってツッコミでなく、話しを流すでもなく、放置。ああ、ゾクゾクしますねえ。
チラチラとこちらを伺う所長の限界をみて僕は答える。
「わかりました」
あと三秒もすればキレていただろう。この限界を責める、攻めるのが堪らない。
「おまえムカつくわ」
「存じております」
「SなのかMなのかはっきりしろ」
「二刀流です」
「二刀流のイメージが悪くなるわ」
「僕は男でも男の娘ならいけます。戸○も○吉もアストルフ○もいけます。すげー僕、二刀流×2で四刀流!!ゾ□超えた!!」
「やめなさい、怒ります怒られます。あと思うに男の娘は甘えだ。おっさんいけ、おっさん」
「嫌です。おっさんは嫌です。とても嫌です。所長も嫌でしょう?僕とおっさんの絡み」
何が悲しくておっさんに走るんだ。
僕は美少女にしか走ることはない。2次元の。
だから早く柔柚子さん新作出して。ダッシュで買うから。
「まあな」
「そしてやっぱアッスーよりデ○ンきゅんちゃんがよかです」
「は?アス○ルフオきゅんだろ、アアン」
「アスト○フォきゅんもちゅきです許して」
「ん?何でもするって言って」
「ないです。玄鳥です」
「玄鳥?何処にいる?」
「すみません誤字です」
「そうか、気をつけろ。二度目はないと思え」
「はい、気をつけます」
「で、何でもするとのことだったが」
「言ってません」
「で、何でもするとのことだったが」
「言ってまs「で、何でもするとのことだったが」わかりました。言いました」
「私を何処かへ連れてってくれ」
「東○動物公園でいいですか?」
「○野動物園がいい。シャンシ○ンみたい。なんか中国帰っちゃいそうだし」
「あー、借りているんでしたっけ、アレ。混んでるから嫌です」
「上○がいーい!!○野がいーい!!」
机の上に寝そべり腰を中心に回る回るロリ回る回りロリ。
積んであった書類が舞う舞う。
それに気を取られることなく所長のスカートの中をチェックする。
チェックした。
目を疑った。
その歳で『くまさんぱんつ』は嘘だろう!?
いや、嘘じゃなかったんだが、嘘だろう!?
結局6回転した所長が目を回し止まる。
しかし、上○がいーい!!と叫び続ける彼女に根負けした。
いや、せざるをえなかった。
「わかりましたよ…ですから、駄々をこねるのを止めてください」
「今言質とったからな」
ムクッと起き上がる所長。
ビシッと僕に指を指す。にやりとした大きな目。
僕が折れると判っていたらしい。
まあ、僕も判っていたけれど。
「わかりましたよ。なんでしたらシ○ンシャン見るとき肩車してあげましょうか?」
「そんなことはしなくていい」
「ですよね」
「まあ、周りの迷惑でなさそうなら、してもらってやってもいい」
「…大人ですね、所長」
「知らなかったのか?私は合法ロリだ」
「自分で言うの止めてください」
「というか私思うのだが、合法って言っても本人の許可無く触れれば犯罪だろ?」
「それは言葉の綾というものですよ。付き合ったりするのに法的問題が無いということで合法なんです」
「はっ」
「鼻で笑われたっ!!」
「ん?受動態ということはおまえもソッチ側か?」
「いいえ、僕は紳士であって、変態ではないのです」
「難しいな」
「ええ、きっとアインシュタインも解けません」
「まあ、そんなことはどうでもいいのだ」
「ですよね」
「んじゃ、いってらっしゃい」
いってきます、を返すことなど出来ないまま、
僕は意識を失った。
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目を開ければ、夢みた。
ぶっちゃければ妄想した、懐かしの世界がそこにあった。
自分の思い通りの世界。
適当に進んだ道が正しいルートになる迷路。
通常攻撃一発で敵がKOする格ゲー。
自分の答が解答のテスト。
人類の存在を脅かす圧倒的な悪の存在。
切って叩いて打って撃って殺してもいい存在。
寧ろソレが推奨される存在。
たくさん殺せば尊敬される。
金がたくさん、たくさん。
女が寄ってくる、寄ってくる。
嫉妬をされるが、逆にそれが心地いいのか。
見下せる、それも確かな立場をもって見下せる存在。
気持ちがいいほど気持ちが悪い。
半年前は記憶を無くして此処に来た。
あの時の初な自分が羨ましい。
これが、僕の頭の中。
とても空しくて空っぽな、ちっぽけな僕の頭の中だった。