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夢をみるのも楽じゃないっ!!  作者: 木ノ下乃雨
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 怖いほどに赤い空の下、聞こえるのは自分が確かに息をする音だけである。魔王を倒すため、仲間とともに旅をして八年、俺のレベルはカンストし、あの胡散臭い神に貰ったチートおかげでより一層の高みへと到達した。そう思っていたが、この世界はそんなに甘くなかったらしい。俺のHPは1まで減らされた。

 俺の前にはHPを0にした魔王が横たわっている。HPは0であるはずなのに、生きているようだ。この世界ではHP0は死を示す。鑑定を使って見る魔王のステータス画面は、確かにHP0である。しかし、怨めしそう、いや、確実に怨みに思っていた俺を、死んだ目から強く睨んでいる。俺はアイテムボックスからエリクサーを取り出し、一気に飲み干した。少し苦いそれは、満身創痍の身に染みこんでいく。HP、MPを全快し、愛しのマリア、メリー、カスミのもとへと帰還するためのの魔方陣を展開する。

 すると、死んだはずの魔王が震え、口を開き…


─────



 「せんぱーいっ!やっぱり先輩もこーゆー願望有るんですかぁ?英雄になって女侍らせてぇ、みたいなぁ?」

 語尾に小さな母音をつけて僕に質問するこの背のデカイ女は、熊野という。最近ここで働くようになり、先輩と呼ばれていることからわかるように、僕の後輩である、残念ながら。~かぁ?という話し方は本来の熊野ではなく、僕を煽る、揶揄う時だけ、らしい。熊野は昔こう言った、先輩だけですよ♡とハートをつけて上目遣いで…睨みながら、ぞっとした。上目遣いで睨むって、やめろ僕の性癖が歪むだろう。ダメです。ゾクゾクしてきます。らめらんれす。もうやめれ~♡心中レイプ状態、いや、プレイ、SMプレイしてください。イジメてくらさい。ごめんなさい。

 まあ、こんな感じで僕を弄んでくれた。

 いや、弄ぶなよ。弄ばれるなよ。

 でもやっぱり弄んでほちい。

 僕はM気質なのだ。

 勿論冗談だ、睨んでいたこととM気質以外。まあ、この熊野はただただ目付きが悪いだけである。こんな背筋の凍る上目遣いは初めてだった。というか、上目遣いされたことが初めてだった。僕の初めては熊野に奪われた!と言ってみれば凄く険しい目付きとチェンジした。…悲しくなってきた。

 さらに残念なことに僕よりも背が高く、四捨五入して身長170センチの僕、プラス8センチ程。背を伸ばすためだけに栄養が偏ったようで、あとはお察しである。察しろ。ミテクレは結構で、まあ、好みの人もいるのではないだろうか。モデルとして雑誌に出たこともあるらしい。あと、宝○歌劇団の入試に合格だとか、あの有名映画監督からオファーがきただとか、女千人を斬っただとか。何故女、せめて男千人だろう。とかいう噂がある。嘘だろうが。とにかく僕の人生で出会うはずのなかったであろう人種である。つまり現実が充実している人間、げん☆じゅう、だ。こんな人間怨めしい、正直羨ましい。けれど、僕は決して態度に出したりなんてしない、しないんだからねぇ。

 そんな熊野が少し前屈みになり、わざわざ目線を僕より下にするのは何とも腹立たしいことである。入社して直ぐの頃は悪気は無いのだろう、可愛い後輩に腹立たてたらアカンな、そう思っていた。初めての後輩でなんだかんだ嬉しかった。大きな自分でありたい、そう思っていた。過去の話だ、過去形だ。入社して一週間、熊野は僕に向かって言いおった。先輩、ちっこいですねぇ。僕は聞き直し、同じ言葉を得た。故に怒った。ムキーと怒った。お猿さんのように。いや猿になって、滑稽に。でもさ、本気で怒った訳ではなかった。もう身長については諦めているゆえ、背をからかわれる分にはこれっぽちしか気にしてなかった。付け加えれば、今にも世界が終わってしまうような悲しい顔で暴言を吐く熊野であったから。

 まあ、そんな熊野は少し前に魔王のような笑顔を取り戻し、むしろ世界を滅ぼしそうである。

 そして今に至るのだが、だが、ダガダガダガダガダダダッタン!!可愛げがねえ。コイツ調子にのりやがった。先輩イジリを始めやがった。まあ?先輩としては?大きな犬というか熊がじゃれつくような心もちでいたいのだが?だが、ダガダガダガダガダダダッタン!!コイツは熊じゃない熊野だ。やばいって、近いって、距離が近いって。なついてくれてるのだろうけど、いかんせん距離を測りかねている。女性経験がないわけではないが、いやもう有り難う御座いますぅ!


 そして質問に戻る。


 「そりゃあるに決まっているだろう、英雄願望」

 僕は言いきった、清々しく。それが僕の本音であり、変えようない事実であるから。

 「ただし──」

 目の前の光景を一瞥してから付け加える。

 「ここまでして、そうありたくはないけれど」


─────


 僕らの前には、直径50センチメートル、高さ60センチメートル程度の円柱が5万個、いや5万台が適切だりうか、が、中に灰色の液体をつめた状態で置かれている。

 さらに言えば中にあるのは灰色の液体だけではない。

 脳。

 昆虫や動物のではない。

 人。

 そう、

 人間の脳、である。

 と言っても、5万個全てに脳が入っている訳ではない。

 稼働率は70パーセント程である。

 此処を利用している人は全員確認を得ている。

 自身が夢みること、そして死ぬことを。

 百万円と自身の署名捺印。

 これっぽっちで夢をみにくる。

 自身の願望、欲望、希望、愛欲、念願、切望。

 全てを叶えるために。


 「そうですか…そうですよね」

 少し暗い顔で熊野は頷く。続けて小さく、私もです、と。

 熊野は基本的に敬語だ、基本的には。

 いつもそうであって欲しい。


 此処には僕と熊野しかいない。厳密に言えばこのフロアには、だ。魔王はいない。いや、熊野は魔王か。

 4万6,755平方メートルの約半分の半分、つまり東京ドーム4分の1程度の面積をもちながら3階建てプラス地下2階、という建物であり、僕らは地下1階にて業務を行っている。地上1階、2階で人を見たことはないが、3階にはウチの所長がいらっしゃる。

 故に此処は静かだった。今は五月蝿く、いや認めよう、賑やかになった。

 機械の音が静かに僕らの会話を埋める。

 僕は自身の業務に打ち込む。

 打ち込もうとした。


 プルルルルルル、プルルルルル

 「はい、こちら象瀉研究所です」

 「あっ、猿川君?今すぐ来て」

 「わかりました、今すぐお伺いします」

 「待ってるねー」

 ガチャン


 「今から所長のところ行ってくるから」席を立つ。

 「呼び出しくらったんですか、説教ですね。また何かやらかしたんですか?」

  ワカチ○しながら熊野が言う。ここで言うワカ○コは某ちっちゃいことは気にしない芸人のアレである。滅茶久しぶりにみたわその動き。無駄にキレがいい。なんだそのクオリティ。さりげなく、背がちっちゃいことは気にするなと言われているようでムカッとするが、被害妄想だろうか。いやちがうんだ。熊野はわかってやっている。ここでツッコむと長引くのであえてスルーの方向で。

 「僕が毎度何かやらかしてるように言うな」

 「えー、先輩結構な頻度でやらかしてますよね。嘘はダメでちゅよー」

 「僕が嘘つきみたいにもっていくな…今すぐとのお達しだ。じゃあな」

 「ちゃんと謝るんでちゅよー?」

 

 僕は、赤ちゃん言葉で話しながらワキを、いや腕を動かす熊野を一睨みして指を指す。よしここはビシッとキメてやろう。

 「さすがに先輩に赤ちゃん言葉はどうかと思うぞ」

 扉を閉めた。

 しかし本音は…赤ちゃん言葉いいなぁ甘えたいなぁ…

 僕も大概だった。

 むしろ僕のほうが酷かった。


─────


 この研究所には地下1階から3階までを通すエレベーターがある。ただし地上1階、2階に停まる事は出来ない。微妙に不便なものである。


 エレベーターのボタンを押すと直ぐに扉が開く。

 乗り込んで

 「どちらのフロアに行きますか」

 「3階で」

 「ありがとうございます」

 エレベーターガールさん。灰のジャケットに黒いスカート、灰に黒いリボンを巻いた帽子を被っている。エレガーだ。エレガントだ。

 エレガーさんが3階のボタンを押してくれた。

 扉が閉まる。


 「こちらの建物、象瀉研究所は地下2階、地上3階建てとなっております。3階、地上約7メートルから見える景色は素晴らしく、北に富士山、さらに北に羊蹄山、さらに北にヴィンソン・マシフをご覧頂けます。そして3階には世界四大美女と名高い初瀬美緒様がいらっしゃいます。美しさに見蕩れ、時を忘れてしまわないよう。お気をつけください。では3階に到着致しました。またのご利用お待ちしております」


 斜めマイナス30度でお辞儀したエレガーを白い目でみながら3階に降りる。エレベーターはエレガーを乗せたまま閉まる。

 疲れた。

 帰っていいだろうか。

 よし帰ろう。

 階段へと足を進めるとエレベーターが開く。


 「待っていたよ、猿川君」




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