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ネコのVRMMO世界ゆったり観光旅行  作者:
【第一章】世界旅行の始まり
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7.照らしの泉

 なんでも少女は、クエストを受けてこの場所に足を運んだらしい。


 そうじゃなければ、MOBもアイテムも存在しないエリアなんかに来るはずがない、とのこと。


 少女はウィンドウを開いたと思えば、手慣れた動作ですぐに消滅させる。手元に一つ箱を残して。


 蓋を開け、ぶん、と殴りつけるように振るう。


 中に入っていた粉が水面に叩きつけられーー刹那、ぷかぷかと至る場所が小さく跳ね上がる。


 よく見ると、魚たちが嬉しそうに顔を出していた。忙しなく口を開いていることから、エサだったのかな?


「――この泉を管理しているNPCから頼まれたの。来れなくなったから代わりにエサをやってくれってね」


 箱を片付けながら、少女が言う。


「周回プレイが可能だから、あなたもやってみれば? 報酬も悪くないし……って、何をやっているの?」


 少女が疑問を抱いたのは、わたしが広げた調理道具だろう。


「えへへ、いい場所だから景色を眺めながら美味しいものでも食べようかなって」

「ふうん……へえ……こんな物があったのね……」


 興味津々に調理道具を眺める少女。

 意外な反応、飽きられると思ったんだけどな……。


「もしよかったら、一緒にどう?」

「え……」


 少女は珍しく悩んだ様子を見せて、


「でも、わたしは……」

「あっ!」


 思わずそこで、声を上げてしまった。


 ……理由は簡単なことなんです。


「ご飯を作る素材が揃ってなかった……」


 持っているのは生肉だけ。


 油もなければ香辛料もない。これじゃ味のないただの焼けたお肉が出来上がるだけ……というか、そもそも料理ができるのかな。素材が揃ってないと失敗しちゃうんだよね?


「ほら」


 落ち込んでいると、ふぁさ、と耳元で軽やかな音が。


 見れば『コーヒー豆』と書かれた袋を少女がこちらに差し出していた。


「これなら特に材料はいらないんじゃないかしら」

「使っていいの?」

「他に材料がないんでしょう?」

「ありがとう!」


 ありがたく受け取り、そして固まる。


「……焚き木と火打ち石もなかった……」

「ずっと考えてたけど、あなた計画性がないのね」


 うぐっ、胸が痛い!


 旅っていう目的に目を奪われて、先の予測をしていなかった。これじゃ料理ができない……。


「焚き木と」


 そう絶望していると、足元に焚き木が。


「火打ち石ね」


 続いて、火打ち石が彼女の手元に出現した。


 そのまま叩き合わせ、火をつけてくれる。


「あ、ありがとう!」

「別に。どうせ二つとも安物だし」


 よ、よーし! せっかく用意してくれたんだ。ちゃんと成功させなきゃ!


 まずは片手鍋を火に……っと、置く場所がない。


 それなら……!



スキル【両手剣】を取得しました。



 まずは『初心者用の両手剣』を地面に突き刺し、



スキル【刀】を取得しました。



 次に大体同じ長さの『初心者用の刀』を突き刺す。フライパンを二つの武器で挟むようにして。



スキル【弓】を取得しました。



 そして二つの武器の柄頭に『初心者用の弓』を傾け、両端に上手く差し込む。


 最後に弦を引き伸ばし、片手鍋に付属されていた留め金をつけ、調理器具を固定させる。


 簡単に言い表すと『ブランコ』。人が腰かける位置に片手鍋が置いてある形となっている。


「できた!」

「ひょっとしたらあなたって天才なのかもね……」

「えへ、えへへ! そうかな?」

「そうね。けど他の人の前ではやめた方がいいわ」


 何でだろう? でも褒められたからいっか!


 鼻歌を歌いながらまずはマグカップで泉の水を頂戴し、片手鍋の中に入れる。そして沸騰するまで待機。


「ずいぶんと手際がいいのね」

「へへ……お姉ちゃんがよくやってるのを見てたんだ」

「お姉さんがいるのね。……私と同じ」

「ん?」

「何でもないわ」


 ぷいっ、と顔を背けられる。


 見ればその先の泉が黄金の色を失っていた。続いて周囲の景色が真っ黒に変わっていく。


「わ、真っ暗!」

「夜が来たのね」


 火の明かりだけが闇夜に対抗し、見えるのは少女だけ。まるで世界に二人だけで取り残されているかのような、そんな気分にさせられる。


 直後、鍋がポコポコとこちらに呼びかけてきた。


 沸騰したのを確認するとコーヒー豆を投入。



 ――『システム料理』を行いますか?



 すると目の前に、小さなウィンドウが出現。


 これを使うと自動的に料理が完成するんだよね。


「ね、すぐにコーヒー飲みたい?」

「別に」

「分かったー」


 よし、セルフ料理で作ろう。


 ……えっと、お姉ちゃんは確か煮出しに一分くらい時間をかけていたっけ。


「それにしても……不思議ね」

「?」

「あなた、私を不快に感じないの?」

「?? どうして?」

「発言とか……こう癪に来るものがあったりとか」

「うーん……?」


 そんなこと思ったことないや。

 ちょっとだけ怖かったことはあったけど。


「……自分で言うのもなんだけど、私はいい性格をしていないと思っているわ。刺々しい言い方をしたり、上からものを言ったり……だから誰からも」

「でも、助けてくれた」

「え……?」

「わたしは助けてもらったよ。ためになるアドバイスも教えてもらった。……正直ね? ちょっと怖いって思ったこともあったけど、嬉しかったんだ」


 そう、嬉しかった。

 彼女のおかげで、有意義な旅ができそうだから!


「だから、ありがとう!」

「え、ええと……そ、の……そ、それはよかった」


 あれ? 顔が真っ赤になってる。

 いや、火の近くだからそう見えるだけなのかな。



【コーヒー(マンデリン)】ランク:F

効果

ーー


スキル【料理】を取得しました。



 突如として表示されるウィンドウ。


 お、料理ができたみたい!


 片手鍋を火から遠ざけると、香ばしさが鼻に届いた。ちょっと大人に近づいた気分になる。


 さっそくマグカップに、


「あ、フィルターとかって」

「付属されていたわ」


 ゲームだからそこまでこだわりがあるとは思わなかったけど……改めて凄いな、としみじみ思う。


 フィルターをもらい、マグカップに注いでいく。


「カップは持ってる?」

「ええ、一応」


 同じマグカップを受け取り、注ぎ、手渡す。


「「いただきます」」


 そして一緒に、わたしたちはコーヒーを口にした。


「……あ、おいしい」


 こちらは少女の感想。


「ふ、ふぉぉ……ぐ、ぐぅ、ぐにぅぉぉ……!」


 そしてこっちがわたしの感想だ。


 要約すると、苦かったんです。想像以上に。


「うぅーぉうー」

「もしかして、コーヒー始めて?」

「ぅん」


 お姉ちゃんが作っているのを見かけただけ。


 こ、こんな恐ろしい味だったのか……。


「味覚が子供なのね」


 そう告げてくる少女は優しい笑顔を、


「ん――ごほん」


 強引に消した。


 耳まで真っ赤にしながら。……そんなに見られたくなかったのかな。


 と思いきや、ふっと表情が元に戻った。それは次第に驚愕へ形を変えていく。見開いた真紅の瞳は、泉に向けられているみたいだけど……。


 不思議に思い、わたしも涙目のまま同じ方角を見る。


「うわっ!?」


 そしてこれまた同じく、驚愕。


「わわ……わ、はぁっ……!」


 でもそれは、歓喜によっての驚きだった。



 ――幻想的。



 その言葉がぴったりと合う景色がそこにはあった。


 上空から降り注ぐ眩い月光が水面に反射して、黄金とは違う美しさを醸し出した輝きを放っていた。


 それは今まで闇夜に侵食されていた世界を明るく照らし出してくれていて……あっ、だから『照らしの泉』っていう名前なのかな。


「すご、い……」


 静かな感嘆が、隣から上がる。


 彼女はゆっくり立ち上がり、ふらふらと不安定な足取りで泉の方角に歩いていく。


 わたしもまた、その背中を駆けていた。


 泉に近づいていくにつれて輝きは強さを増し、でも眩しいとは感じさせない美しい光は、ただ見惚れることしかできなかった。


「凄いね!」


 だから、感情を単純な言葉にしかできなかった。


 けどそれは、わたしだけじゃなかった。


「うん……凄い、ね……本当に凄い」


 月が水面から姿を消すまで、わたしたちは静かに美しい水面を眺め続けた。





 闇夜が逃げるように退散を始め、空が柔らかな光を宿し始めた頃、わたしたちは木々のアーチを出た。


「あなたは、これからどうするの?」


 少女の質問にわたしは少し悩んで、


「ん〜……キャンプ地、かな。もう二時間くらいゲームしてるし、そろそろ落ちようかなって」

「そう、それじゃここでお別れね」


 少女はゆっくり歩き出そうとして、


「そうだ」


 ぴたりと、足を止めた。

 こちらを振り返り、口を開く。


「あなた……名前は?」

「えっとせが――」


 そこでハッ、と口を閉じる。


 あ、危ない! 気を抜いて個人情報を出すところだった……! 気をつけないと。


「ね、ネコ。ネコだよ」

「ネコ? ……ふぅん、可愛らしい名前ね」

「えへー」


 なんだか照れちゃうなぁ。


 ……っといけない、こっちも聞いておかないと。


「えっと、あなたは?」

「ナギ」


 少女ことナギは、そう告げると背中を向けた。

 そのままふりふりと手を振って、


「それじゃあね、ネコ」


 ゆっくりと歩き始めた。


 だからわたしも手を振って、言葉を返す。


「うん、またねっナギ!」


 ぴくりと、離れていく背中が一瞬揺れた気がした。


「……また、ね……」


 ん、何か小さく聞こえてきたような?


 でもそれを確認することもなく、彼女は小さく姿を変え、やがて見えなくなった。



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