5.旅レクチャー
「ネコちゃん、火打ち石って持ってる?」
女性ことプレイヤー『クレア』さんは金網状の台にフライパンを乗せると、そう尋ねてきた。
「はい、持ってます」
「もらってもいいかな? 今ちょうど切らしてて」
「どうぞー」
ウィンドウを開き、アイテムポーチから火打ち石を二つ取り出す。一つだけじゃ意味ないもんね。
「ありがとう」
手渡すとクレアさんは焚き木に手を伸ばし、火打ち石を叩き合わせた。
数回繰り返すと火花が散り、さらに続けると赤い光が木に宿った。パチパチと弾ける音が放たれる。
「さて、ここでクレアさんの豆知識」
そう言う彼女の両手には、食材があった。
左に生のお肉、右には生姜。
「料理には二つ方法があります」
そして、そのまま食材をフライパンに放った。
「一つ目は『システム料理』」
気になるワードを告げた直後、ぽんっ、と軽やかな音がフライパンから発せられた。
見れば『ジュー……』と、よく焼けたお肉の姿が。
ぴりっとした香りから、生姜焼きなのかな。美味しそう……じゃなくて! いつの間に作ったの!?
「私は何もしてないよ」
わたしの心情を悟ったようにクレアさんは言った。
……でも確かに、彼女は一切フライパンに触れていなかったもんね。そうなると誰が?
「実はね? 決められた食材と調理道具が揃っていれば、システムが自動的に料理を作ってくれるんだ。手間をかけたくない人や料理が苦手な人向けの措置なのかもね」
そう言いナイフを取り出すクレアさん。
一口サイズに切ると物体化させた紙皿に乗せ、こちらに手渡してくれた。
どうぞ、と促されるままに食べてみる。
「!」
柔らかい歯ごたえ、続いて甘辛い味が口の中に染み渡り、ほどよい辛さが体をぽかぽかと温めてくれる。
これは、
「生姜焼きだ!」
「はは、見本みたいな反応だね」
そう笑うクレアさんの両手には、気づけば先ほど同じ食材があった。……あれ? よく見ると足元に緑色のボトルが……油って書いてある。
「それじゃあ二つ目」
ボトルを傾け油をひくクレアさん。
その上にお肉を乗せると、心地よく焼ける音が耳に届いた。時間をかけて両面に熱を与え、合間に醤油やみりんといった材料で完成させたタレを投入。
甘辛い香りが、胃に叫ぶ力を与えてくる……!
「――『セルフ料理』」
同じように渡された一切れを口に運ぶ。
「!」
ほろり、と溶けるような歯ごたえ。舌に伝わる爆発的な味の快感。どちらも先ほどは感じなかった、一手間が加わっていた。つまり何が言いたいのかというと、
「美味しい!」
「よかった」
嬉しそうにクレアさんは微笑んだ。
「システムで決まっている料理の味や感触は機械的に再現しているからか、どこか微妙なんだ。不味くはないんだけどね」
まあ人にもよるけど、とクレアさんは続けて、
「でも、どうせなら美味しいご飯が食べたくない? 綺麗な景色を見ながら美味な料理を口にする。これほどに幸せなことはないよ」
「ですね……!」
実際に想像してみて、大きく頷くしかなかった。
わたしもそんな旅がしてみたい!
「さあ冷めないうちに食べちゃおう。お皿貸して」
「ありがとうございます」
半分に切り分けてもらった手料理をいただく。
んー、やっぱり美味しい!
「そうだ、この場所についても説明しておこうか」
「えと、キャンプ場でしたっけ?」
「そ、ここはこうしてキャンプを楽しむ場所なんだ。……といっても、そうやって楽しむプレイヤーはあまりいないかもだけどね。ほとんどは『セーブ』として利用するはずだよ」
「セーブっていうと……」
「うん、安全にゲームが中断できるエリアだね。ここにあるテントや寝袋を使ったりすることで、次にログインした時、この場所から始められるんだ」
「ふーむ」
「というわけで、プレゼント」
直後、目の前に現れたウィンドウ。
そこには『アイテムトレード』と表示されていた。
トレード……交換ってことだよね?
「下のOKマークをタップしてごらん」
言われた通り、指で押してみる。
【簡素なテント】ランク:F
効果
①フィールドにて使用可能。
②テント内でログアウトすることで次回、休息地点からログインが可能となる。
わたしは、テントを手に入れた。
「えっ? あ、あのあの」
「ん?」
「わ、わたし何もあげられるものが!」
これは交換とは言えない、タダでもらっただけだ。
さすがにそれは申し訳ないというか……。
「気にしないで、ただの気まぐれだよ」
「でも……」
「ん〜、それじゃこういうことにしよう」
クレアさんは人差し指をピンと立てて、
「これは、私のご飯と長話につき合ってくれたお礼ってことで」
「え、でもそれならお礼しなきゃなのは」
知識を教えてもらったわたしの方。
「まあまあ気にしない気にしない」
ぽふぽふと頭を軽く叩かれる。
な、何だか強引にそういうことにされちゃったな。
とりあえず、こう言わないと。
「ありがとうございます」
「うん」
クレアさんは優しく微笑み返してくれた。
そして、こう尋ねてくる。
「ネコちゃんはこの後、どうするの?」
この後、か。
まだ時間はあるし、ゲームは続けられそうだ。
「ここから真っ直ぐ先にある……ええと、なんとかの泉に行こうかなって思ってます」
「照らしの泉、か。うん、あそこはいい場所だよ。朝と夜とで景色が変わるんだ」
景色が? な、何だろうワクワクするっ!
……あ、そういえばこのゲームにも時間があるんだっけ。確か現実と違って一時間半ごとに一日が終わる仕組みになってるって聞いたな。
朝と夜にMOBやフィールドで採れる素材、街のNPCの動きが変わるってお姉ちゃんが言ってたし、リアルとまったく同じ時間で動いていたら思うように遊べないという人が出てきちゃうはずだもんね。
「さて、と」
そう考えていると、クレアさんは隣に立てていたテントと調理道具を消滅させた。
次に積んであった焚き木を崩す。すると、火はすぐに消えてなくなった。……なるほど、水がなくても大丈夫なようになっているんだね。
「それじゃ別方向だね、私は街に行くんだ」
使い終えた木々が消滅していく姿を見届けた後、クレアさんはそう言いながらバックパックを背負う。
「それじゃあね、また会えると嬉しいな」
「あ、あの、ごちそう様でした!」
「うん」
ふりふり手を振りながら、クレアさんは歩き出す。
その姿が見えなくなってから、わたしは立ち上がった。
「また、会いたいな」
その時に、今度はちゃんとしたお礼がしたい。
料理の腕を磨いて、美味しいものをプレゼントしたいな。
「「「おんどりゃあああッ!!!」」」
そんな時だった。
木々のアーチから三つの顔が飛び出してきたのは。
「ふにゃおッ!?」
あまりの驚愕で、後ろに一回転するわたし。
パタンと地面に倒れてから、彼らが先ほど荒々しくMOBと戦っていたプレイヤーたちだと理解できた。
左から黒モヒカン、スキンヘッド、赤モヒカン。どこか世紀末を感じさせるような厳つい彼らは、漆黒のライダースーツに身を包んでいた。
「おお、悪いな嬢ちゃん」
「大丈夫かい?」
モヒカンさんたちが立たせてくれる。
見かけによらず優しい。
「ありがとう」
「いや、こっちが悪いんだ。すまなかった」
真ん中のスキンヘッドさんがぽりぽり肌色の頭を掻いて、
「……そういや嬢ちゃん、俺たち人を探しててよ」
「人?」
「ああ、女……の人なんだがな。結構有名なプレイヤーでよ、数少ないこの世界の頂ーー『終点の地』にたどり着いたプレイヤーの一人なんだが」
終点の地。
ということは、ゲームをクリアしたプレイヤー? ……でもそんな人が何でこんな場所にいるのかな?
「さっきチラッと目撃したんだ。あの煌びやかな漆黒のコート。特徴的なあの装備は間違いなくそのプレイヤーで間違いないんだが……」
漆黒のコート……。
うん、やっぱり見たことないや。
「すみません、見てないです」
「そっか……ここじゃねえのか」
「やっぱりキャンプ地になんかいないっスよ」
「他の場所探した方がいいっス」
「おう、そうだな」
スキンヘッドさんは仲間たちにそう答えると、わたしの頭をぽんぽん叩いて、
「そんじゃ、あばよ嬢ちゃん」
振り返り、力強く走り去っていった。
「な、何だったんだろう……」
しばらく、呆然とするしかなかった。
……それにしても終点の地、か。そこまでたどり着いたってことは、凄いプレイヤーなんだろうなぁ。