3.出会い
石造りの門を抜けた先は、綺麗な高原だった。
短い芝がフィールドの大半を包み込んでおり、その中に岩や木々が置かれている。向かう先であろう道は整地されていて、真っ直ぐに伸びていた。
「わはぁっ……!」
わたしは興奮から、自然に駆け出していた。
日本にはあまり見られない、広大な地。住居である東京から出たことのないわたしにとって遮るものがないこの景色は、新鮮だった。
「気持ちいいなー」
大きく手を伸ばし、深呼吸。
うん、空気が美味しい!
『ブモォォッ!!』
吹き飛ぶわたしの体。
「ふわあっ!?」
くるくる回りながら下を見ると、そこには目つきの悪い大きなイノシシの姿があった。
【ビッグボア】Lv.2
そう頭上に表示させた敵……MOBって言うんだっけな。改めてMOBは、どこか満足そうに『ブルル』と唸りながら、
「お、ぅふ」
わたしが地面に墜落するのを眺めていた。
「あたた……」
もちろん、この世界に痛覚は存在しない。
ただ代わりとして、ピリピリと痺れるような感覚が背中を襲ってくる。
そして変化は視界にもあった。場所は左上。緑色のゲージが少しだけ減少を始めていた。
これはHP。ゲージが全部なくなっちゃうとゲームオーバーになっちゃうんだよね。
……というか、すっかり忘れてた。フィールドにはプレイヤーの進行を阻む敵がいることを。
えーと、確かMOBにはレベルがあって……自分のスキルレベルが高いほど大きくダメージを与えられて、逆に低ければダメージが入りにくいんだっけ。
あれ? そういやスキルなんかもってないーー
『ブモっ』
「ふわー!」
再び突進を受け、くるくると吹き飛ぶわたし。
HPは半分まで削れ、黄色に変わった。
そ、そういや防具も初期のままだ。うわわ、旅に意識を持っていき過ぎた! MOBの存在なんて頭の外だったよぅ。
「ぎゅむ」
後悔しながら二度目の墜落。
ドドド、と無慈悲にも突っ込んでくるイノシシ。こ、このままじゃやられちゃう……!
――閃光。
不意に細くした瞳に、鋭い光が宿った。
赤く鋭利なエフェクトがイノシシの横腹に刻まれたと思いきや、今度は縦に傷が入る。
十字に切り裂かれたイノシシは断末魔を上げることなく体から淡い光を放つと、静かに消滅した。
同時に消えたイノシシの先にいたプレイヤーの姿が露わになる。
艶やかな栗色のロングヘアー、何か強い意志を感じさせるような真紅の瞳。わたしよりも高い身長で作成された仮想体は、とても美しい少女だった。
薄い鎧に軽そうなスカートを身につけた彼女は、腰の鞘に今イノシシを斬り伏せた剣をしまう。
カチャリ、と硬い音を響かせると、こちらに背を向けて歩き出した。
「あ、あの!」
そこでようやく意識を取り戻したわたしは、ぺたんと尻餅をついたまま急いで口を開いた。
「あ、ありがとう! 助かりました!」
ぴたりと少女の足が止まる。
「別に……あなたを助けたわけじゃないから。今受けているクエストのためよ」
どこか怜悧さを感じさせる声。
「それよりも、あなた……武器は? 防具は?」
そのまま振り返り、そう質問してきた。
「うっ、え、ええと……」
何か威圧感を覚えて、吃ってしまう。
ち、ちょっと怖い……。
「何も準備せずフィールドに出てきたの? それにアイテムポーチを物体化させたりして……万が一落として戦闘不能にでもなったりしたら、所持品がドロップアイテムとなることを知っててやってるの?」
「えっ! し、知らなかった……」
「呆れた、何も知らないのね」
ため息をつく少女。そのままこちらに歩み寄って、
「ウィンドウ、出して」
「は、はい」
言われた通りに出現させる。
「次に武器ポーチ」
「で、でもわたし、何も買ってなくて……」
「武器ポーチ」
「はい」
開いてみる。
……でも、本当に何も購入してないんだよね。だから何も入ってないはずなんだけど……。
「あれ?」
そんなわたしの考えは、ハズレだった。
マス目状で構成された画面には、いくつか武器のマークが置かれている。
タップしてみると、剣や斧といった名前が浮き上がった。
「初期装備よ」
少女が言う。
「一応、武器は一通り揃っているの。攻撃力はイマイチだけどね。まあ何もないよりはマシでしょう?」
「確かに……」
呟きながらとりあえず、武器の一つを物体化。
シュン、と。腰周りに光が宿る。
それはすぐに『小太刀』へと姿を変えた。
「わあ、カッコいい!」
鞘から引き抜くと、短い刀身が露出された。
上空から降り注ぐ光を反射させ、美しい光を放つ。
スキル【小太刀】を取得しました。
と、視界右下に設けられたログが更新される。
「手に入れたでしょう? スキル」
「はい!」
ウキウキするわたしとは対照的に、少女はクールに告げてくる。
「その『初心者用の小太刀』は威力は低いけど、この辺りの敵となら渡り合えるはずよ。レベル3くらいにまで上げれば圧倒できるかもしれないわ。ま、あなたの力量次第だけどね」
そこまで言うと、少女はわたしに背を向けた。
「それじゃ」
そして、スタスタと歩いていく。
「あ、ありがとう! あの、お礼とか――」
「必要ないわ。さようなら」
少女は心からどうでもよさそうに言い、去っていった。
お礼、したかったなぁ……。
旅を続けていれば、またいつか会えるかな?
……うん、会えるよね!
ポジティブに考え直し、わたしは旅を再開した。