23.再会
もうしばらく釣りをしようとも考えたけど、やはり旅を続けることに決めたわたしは、トンネルを抜けていく。
晴れた視界の先の景色は、すっかり明るくなっていた。
波の音をバックに、歩いていく。
砂浜を進んでいくにつれてMOBの姿が見られるようになってきたけど、結構プレイヤーの数も多くて速やかに移動できそうだった。
だからバックパックを出現させても大丈夫だよね?
釣竿をゲットして、思う通りに旅ができて、気分が高揚するのは必然だった。
るんるん、と鼻歌を歌いながら駆けていく。
そして地面に柔らかさがなくなり、硬い地面に変わった頃だった。第三都市の側までやってきたのは。
がっしりとした石の壁は、思い切り上体をそらさないと頂上が見えないくらいに高い。
と、遠くから見るよりも迫力が凄いなぁ……!
外壁でこれだと、中身も期待しちゃうな。きっと凄い街が作られているんだろうなー!
ウキウキしながら街の入り口に向かう。
「あっ」
そして、気づいた。
街の門から往来を繰り返すプレイヤー、その中に見知った人物がいたことを。
栗色のロングヘアーに怜悧な印象の美少女。
それは、ナギに間違いなかった。
「よし!」
今度こそフレンド登録だ!
そう決意し、一気に街の入り口へ駆け出す。
でも人の数が多くて、思うように近づけない……あ、どうやらナギは街の入り口から右、つまり海と正反対の方向に用があるみたい。
わたしはとりあえずプレイヤーたちの周りを走るようにして背中を追いかけると、もうナギはかなり遠くの位置で歩いていた。
も、もー! 人多すぎるよー!
慌てて追いかけ、追いかけ続ける。
見ればナギは、街から少し離れた場所にある荒地に向かっているようだった。近づいてみるとそこは、元々小さな町があったような……そんな成れの果てだった。
瓦礫だらけの寂しい荒地を見学して回る。
「……あれ、ナギは?」
だから、目的を忘れていた。
お姉ちゃんに、一つのことに集中できない、と注意を受けたことがあるけど……痛感するなぁ。
でもそれほど規模はないから、すぐに見つかると思うんだけど……、
「ん?」
あるものを見つけて、わたしの足が止まる。
それは『塔』。それほど高くはないけど、この崩壊した町の中では一番の巨大さを誇っていた。
この辺り一帯を見渡せそうなので、とりあえず上ってみることに決めた。
今にも崩れそうな階段を恐る恐る踏みつけながら、最上階を目指していく。
そして、最後の一段を超えた直後、だった。
「――ッ!?」
そんな反応がよく似合うナギと目が合ったのは。
理由としては多分、彼女は大きなサンドイッチを口いっぱいに頬張っていて……つまり、気を抜いていたんだろうなぁ。
そんなナギが初めに取った行動は、後ろを向く、だった。むぐむぐと激しく咀嚼を繰り返し、ごくん。
「――よく会うわね」
こちらに顔を向けた時にはもう、いつもの怜悧な表情に戻っていた。
「う、うんそうだね」
「どうしてここへ?」
「えっと、たまたまナギを見つけて……」
「追いかけてきた……、と。あなたも暇な人ね」
やれやれ、と肩をすくめるナギ。
そんな冷たい態度を取るような彼女だったけど、
「ナギ、口にパン屑ついてるよ」
「!?」
顔を真っ赤にさせて口元をブンブン拭う姿は、年相応の女の子に見えた。
そのまま恥ずかしさのあまりか、下を向いて、
「え、えーっと! ナギはここへ何しに来たの?」
このままだと泣いてしまいそうなので、慌てて話を切り替える。
すると彼女はハッと顔を持ち上げ、何度か咳払い。
少し間を置いてから、空を指差した。
「見たいものがあるからよ」
「見たいもの?」
「ええ、時間的にそろそろ――」
そこで、ふっ、と世界が一気に光を失った。
理由は影、わたしたちの上に被さるようにして日差しを遮断していた。
反射的に上を向いて、
「う、わあっ!」
驚くしかなかった。
空に浮いていたのは、クジラ、だった。あり得ないかもしれないけど……クジラが泳いでいた。
体は石で作られていて、そこら中に苔が生えている。どこかこの荒地のように古めかしいその謎の巨大な生物は、ゆっくりとわたしたちの上を通過していく。
「て、敵?」
「いいえ、表現するなら『島』ね」
「島……?」
影が取り除かれてからよく見ると、確かにクジラの背中には木や建物が置かれているのが分かった。
ってことは、あそこにも行けるのかな?
「決まった時間に決まった場所に現れるらしいの。まだあそこに行くまでには時間はかかるけど、見る分には何も問題ないものね」
「うん……!」
空飛ぶクジラかぁ……凄いな、この世界は想像できないものでいっぱいだ。楽しみが尽きないよ。
「……それじゃ、私はもう行くけど」
ちらりと塔の出口を見るナギ。
そ、そうだ。せっかくのチャンス!
「あ、えっと……! フレンド登録してもいい?」
「え……?」
ぽかんと口を開いてこちらを見るナギ。
まるで、何を言ってるんだ? と言いたげに。
「私と?」
「うん、ナギと!」
そう答えると、ナギはううんと悩んで、
「あなた……本当に不思議な人ね。普通なら私なんかとフレンド登録したいなんて思わないのに」
「どうして?」
「どうしてって……」
ナギの言葉は、それ以上続かなかった。
再び、んむむ……、と悩む素振りを見せて、
「……いいわ」
「えっ?」
「別にいいわよ、フレンド登録しても」
「ほんとっ!?」
思わず、瞳に光が宿る。
実際には見えないけどキラキラ輝いているはずだ。
「……あ、あなた本当に嬉しいの?」
「うん! 嬉しい!」
「そ、そう」
また顔を背けられる。
耳が真っ赤に見えるけど……日差しが原因かな?
とりあえずお姉ちゃんに教えてもらった操作を行い、フレンド登録を無事に終えることができた。
念のため確認してみると、ちゃんとナギの名前が欄に表示されていた。
「ありがとう!」
「別に、お礼されるようなことじゃないし……」
ぼそりと小さな声でナギは答えると、駆けるようにして塔の階段に向かっていく。
そのまま走って降りるーー前に振り向いた。
「……何かいいものを見つけたら、連絡するわ。嫌なら無視すれば……」
「あ、わたしも! また一緒に綺麗な景色見ようね!」
「! ……うん」
ナギの口元が緩む、あ、笑顔を……!
――見せる前に、背を向けてしまった。残念!
そのまま彼女は階段を下りていく。
「あっ、またね! ナギ!」
「ええ……また」
今度は確かに聞こえる声で、答えてくれた。
これにて第一章は終了となります!
申し訳ないのですが、第二章開始まで暫しの時間をいただきたいと思いまして……勝手をすみません!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!




