22.初めての釣り
元の場所に戻ってくると、釣竿を構える。
スキル【釣り】GET!
ログが更新されたのを確認してから釣りの先輩である『アスカ』さんの指示に従って、セットとしてついていたエサを針につけ、海に放ってみる。
ぽちゃりと小さな水しぶきが上がった。
「……あ、あれ? 釣れないな……」
「まあ道具の質やレベルが低いうちは、運に頼るしかないからな。気長に待つしかねえなぁ」
そう説明してくれるアスカさんの持つ釣竿は、わたしの簡素な作りと違って煌びやかな飾りつけが施されていた。す、凄く高そうだ……。
だからか、隣でポンポンとアスカさんは魚を釣り上げていく。時々イレギュラーらしいMOBが襲いかかってくるけど、一瞬で蹴りの餌食になっていた。
「す、凄いなぁ……」
「まあなっ」
ふふん、とドヤ顔を見せるアスカさん。
けどすぐに表情を元に戻して、
「でもまだまださ、この世界は大陸ごとに魚の種類が違うんだ。進むごとに釣りもイレギュラーの強さも変わってくる。……今思えばゲームクリアよりも奥が深いかもな」
「?」
「いや、何でもないよ。……お?」
アスカさんは不意にわたしの釣竿を指差して、
「揺れてねえか? 嬢ちゃんの竿」
「へ? あ、ホントだ……わ、わわッ!?」
次の瞬間、だった。
ぐいっ、と上体が海に引きずり込まれそうになったのは。
慌てながらも何とか体重を後ろに乗せ、耐える。
「んーぐぐ!」
「――嬢ちゃん、いいか?」
こちらに近づいて、アスカさんは口を開いた。
「リアルと違ってこのゲームの釣りは至ってシンプルだ。竿を引くだけ、真っ向勝負をして勝てばいいんだ」
「んぐぃー!」
口を開けないので、唸り声で応える。
つ、つまり……このまま耐え抜けばいいのか!
「あ、そうだもう一つ」
「んっ!」
「スキルレベルや釣具のランクが魚の質よりも下の場合なんだけどな?」
「ん?」
「――絶対に負けるから気をつけろ」
「ん、にゃ、あああああ、あああああああああッ」
魚に引っ張られ、宙を舞うわたし。
「っと、あぶね」
シャツの襟を後ろから掴まれる。
ただ何気ない動作なのにジェットコースターに近い感覚が体全体に襲いかかってきた。
そして釣り糸が凄い角度に曲がり、エサに食らいついていた魚が勢いよく水面から飛び出してきた。そのまま狂ったように地面へ叩きつけられる。
【イーフィッシュ】ランク:E
効果
ーー
なるほど……借りた釣竿のランクはFだったから釣り上げられなかったんだね。
ということはアスカさんのスキルレベルが加わったから釣れたわけで……どれだけ高いんだろう。
【クエストクリアまであと『4』匹】
あ、今のでも数に入れてくれるんだ。優しい。
空の漆黒はまだ色を変化させていないし、このペースならクリアできそうだ。……アスカさんの力を借りればだけど。
「ほらどんどん釣れ釣れ、せっかくだしクエストクリアまで付き合ってやんよ。なんだか嬢ちゃん頼りなさそうだしなぁ」
「あ、ありがとうございます!」
やった! これで百人力だ。
でも助けられっぱなしもアレだし、何かこっちもお礼がしたいな。……そうだ!
「あの、もしよかったらなんですけど……」
わたしはアイテムポーチを開くと、中から二つの料理を取り出す。
それは『焼きそば』、実はクエストを受けた直後に購入していたんだ。
「おひとつどうですか?」
「おっ、マジ? 食う食う! 腹減ってたんだよー」
アスカさんは瞳を輝かせて受け取ると、パックを開けて付属品の割り箸を取った。
湯気と一緒に甘辛いソースの香りが解き放たれて……まだ晩御飯が消化し切れていないはずなのに、お腹が減ってくる。わたしも食べよっと!
「むぐむぐ。……なはは、いやあ夕方から入ってから飯の時間も忘れて遊んでたよ。反省はんせい」
ズルズルと麺を啜りながら笑うアスカさん。
「これで今日は飯食わなくてもいいかな」
「えっ、だ、ダメですよちゃんと食べないと!」
ゲーム内で飲み食いを行なっても、当然ながら現実の胃が満たされるわけじゃない。ただ満足感は味わえるので、ある意味飢えを防ぐことができる。
そういえばこれを利用してダイエットをしていたという女性がニュースになったっけ。……空腹に気づかず倒れてしまった、とかで。
「えー、めんどくせー」
「体壊しちゃいます」
「分かったよぅ、嬢ちゃんは真面目だな〜」
ぶぅ、と頬を膨らませるアスカさん。
続くように揺れ動くわたしの釣竿。
「んぐー!」
腕を持ち上げると、今度は耐えることができた。
つまり……釣り上げられるっていうこと!
「ぐにににに」
ザザザ、と水面を走るように向かってくる釣り糸。
次第にその先に影が映し出されて、
弾けるような音とともに、水しぶきが上がった。
【エフフィッシュ】ランク:F
効果
ーー
針の先には、普通という言葉がよく似合う小魚があった。ピチピチと力なく尾びれを震わせている。
スキル【釣り】Lv.UP!
同時にスキルレベルが一つ上がった。
「やった!」
「おー、ナイスナイス」
隣でこれまた巨大な魚を釣り上げたアスカさんがグッと親指を突き立てて褒めてくれる。
ち、ちょっと自信なくすなぁ……。
「その調子でガンガン釣ってけ。スキルレベルが上がればもっと釣りやすくなるからさ」
「はい!」
あとは、同じような光景が九回続いた。
気がつけば空は暗闇が薄く代わり、隙間から光がこぼれ出して強い日差しよりも淡く美しく水面に輝きを与えていた。
「きれー……!」
「だな、ホント釣りはいいぜ。魚と競い合う楽しみだけじゃなく、こういう景色も楽しむことができるんだからよ……っと、ほら嬢ちゃん早くクエストの報告して来い」
そうだ、景色に見惚れていて忘れてた。
イーフィッシュ一匹とエフフィッシュ八匹を釣り上げたから、これでクエストをクリアしたんだ!
数十分前と同じく、砂を蹴って海の家へ。
カウンターに向かうと、髪をかき上げて『お手上げだ』と言いたげなチャラい店員さんの姿が。
「ふ……やるじゃねえかお客さん、俺の負けだ。アンタ、いい釣り師になるぜ」
【Quest Clear!】
そのウィンドウが表示され、アイテムポーチが一つ重さを増す。
開いてみると、そこには頬ずり釣竿の姿が。
「そいつに世界を見せてやってくれ」
「は、はい……ありがとう」
素直に喜びたいけど……うん喜ぼう。これで魚が釣れるんだし。
釣ったものは料理の材料やお金にすることもできる便利なアイテムなんだ。やったー!
ふんふんとスキップしながら海まで戻っていく。
見れば、そこで釣りをしていたアスカさんが道具を仕舞って輝く水面を眺めていた。
そして、衣装を新しいものに変化させていた。
まず短いパンツを傷だらけのジーンズに、上は目立ちすぎるくらい煌びやかな真紅のコートを羽織っていて、露出度は一気に少なくなった。
「お、来たな」
こちらを振り返るアスカさんは、今までよりも不思議と大人っぽさを感じた。
「そんじゃオレは次のスポットに行くわ、ここの種類は全コンプしちまったみたいだし」
「あっ、も、もしかしてわたしがクリアするまで待っててくれたんですか……?」
「さあ、どうかな?」
そう言うアスカさんは戯けたような笑顔を作ると、わたしの頭を軽く撫でてから歩き出した。
「ほんじゃ、またどこかで会えたらいいな」
「あの、ありがとうございました!」
「ういうい」
ふりふりと手を振って、アスカさんは去っていく。
その背中がトンネルを抜けるまで見守って、
「――あっ、フレンド登録!」
また、わたしは忘れてた。
……それにしても高そうなアイテムを持っていたり、序盤の大陸にしては強かったり、一体何者だったんだろう?
▽
しばらくして光が降り落ちた大陸に、真紅のコートが燃えるように輝きを放つ。
だからこそ、見つかりやすい。
「――アスカ」
そう呼びかけたのは、漆黒のコートに身を包んだ女性。背中にはバックパックを背負っている。
「んお? ……おー! クレアじゃーん! おひさ!」
「や、そっちも楽しんでいるみたいだね『ニューゲーム』を」
「ああ、中々楽しいわ。必死に他と競い合ってた時に比べると、また違って面白え」
「同意見だね、VRMMOは最高だ。……知名度がなければさらに嬉しいんだけど」
「妬ましい悩みだな。オレは嬉しいけどね、気持ちいいじゃんか。歓声とかよ」
アスカはそう言うと、歩き出す。
方向は砂浜の先に聳え立つ、第三の都市。
「あそこは人が多いからなぁ。どうせ悩んでんだろ? 仕方ねえから目立ってくるわ」
「ありがとう、君は本当に人がいいな」
「まあね」
握手を交わし、二人は別れた。




