21.釣りの先輩
ご飯を食べてシャワーを浴びて、明日の準備を整えて……、
さあ、ログイン!
テントを出ると、空は漆黒に包まれていた。
月の幻想的な光を反射する海は、朝とは対照的に涼しげな雰囲気を醸し出している。
明るい時とはまた違った美しさだ。それは緩やかな波の音を加えて、何だか大人っぽさを、
「――うおらああああああッッ!!」
それらを荒々しい大声がかき消していた。
反射的に顔を向けると、赤い髪の女性の姿が。
上半身はビキニの水着のみを身につけ、下は短パンという露出度の高い格好をしていている。
そして海を目の前に咆哮を上げる彼女の手には、一本の釣竿が握られていた。
「ふんがあ――ッ!!」
女性らしくない叫びを上げ、両腕を振り上げる。
ザバァッ! と、弾け飛ぶ水しぶき。そして、
『ギシャーッ!!』
水の中から現れた、一回り巨大な魚。
わたしや女性なんか丸呑みにしてしまうくらいの体躯を持っていて、鋭い瞳と牙を宿していた。
空中でギロリと魚は女性を睨むと、大きく口を開く。そして唾液を撒き散らしながら、彼女を喰らおうとして、
「ふんッ!」
女性の蹴りによって顎を跳ね上げられ、衝撃によって牙を全損し、陸に叩きつけられた。
な、なんて可哀想な……というか、なんて威力……!
「すっご〜い……」
「んー?」
思わずの呟きは、彼女の耳に届いたみたい。
「何だギャラリーがいたのかよ〜、照れちゃうな」
「こんにちは!」
砂を蹴って、女性の側まで駆けていく。
ピクピクと痙攣する魚に近距離から目を凝らして確認する。
顎に多大なエフェクトを作った魚の名前は【シーギャング】、レベルは……よ、45ぉ!?
『ゲゲ……』
「ひ、わッ!?」
弱った声にも驚いてしまう。
気づけば、ササッと女性の後ろに隠れていた。
「だいじょーぶだって、もう攻撃できないからさ」
そう言い、膝を持ち上げる女性。
わたしの高さには、オシャレなブーツが置かれた。
「オレの蹴りにはそういう効果があるんだ」
「へ〜」
確かにさっきシーギャングを見た時、レッドゾーンに入ったゲージの下にたくさんのアイコンが点滅をしていた。
その中には雷のようなマークもあって……恐らく麻痺とかを意味していたんだろうな。
「お嬢ちゃんはゲームを始めたばっか?」
「はい、昨日からです」
「ふーむ! いいねえ。一番楽しい時期だ」
なはは、と女性は笑って、
「さっきから気になってるみたいだな」
わたしの視線の先に気づいた。
その握られた釣竿に。
「せっかくだし嬢ちゃんもやってみれば?」
「あ、でも釣竿持ってないんです」
「なあに心配すんな、あそこで貸してもらえるからよ。……いや、正確には貰える、かな?」
そう言い、女性が指を差したのは後方。
つまり海の家だ。
「ホントですかっ? それじゃ早速行ってきます!」
「あいよ、店主に釣竿について聞いてみな?」
「はーい!」
振り返り、海の家に向かって走る。
開きっぱなしの扉から中に入ると、そこは左右に別々の店が作られていた。
左側は雑貨屋のような形をしていて、右はテーブルや椅子が並んだ飲食店。釣竿は左かな?
目を向けるとカウンターには、どこかチャラっ気の伺える容姿のお兄さんが立っていた。
近づくと「らっしゃーい」とやる気ない挨拶を貰った。
えっと……確か釣竿について聞くんだよね?
「あの、つりざ」
「おお!? 釣りに興味あんのお客さあん!」
バンッ! と台を叩くお兄さんの瞳は輝いていた。
それはそれはとても嬉しそうで。
「実は俺釣りに目がなくってさー! こんなダリー商売よりも漁師になりたかったんだよなぁ」
そのままスリスリとカウンター内の釣竿に頬ずりを始めるお兄さん。
あ、なるほど。あれが話のヒントだったんだ。
「ん、何? この釣竿が欲しいって?」
「いやどっちかと言うと、それよりも隣の新品の」
「どうしてもっていうなら仕方ねえ! 一つゲームを受けてもらうぜ!」
お兄さんはビシッとわたしを指差して、
「今から明日までの一日で、十匹の魚を釣り上げてもらう! それができたらコイツやるよ!」
もちろんお兄さんが言ってるのは頬ずり釣竿だ。
正直拒否したい。でも釣りもしたいしなぁ。魚は料理の材料になるだろうしなぁ……。
クエスト
『十匹、魚を釣り上げる』
※一日(ゲーム内時間)が経過するまでに達成が必要。
だからわたしは、そのクエストを受けた。
すると嬉しそうにお兄さんは笑って、
「よしよし、分からないことがあったら何でも聞いてくれよ! ……っと、その前に釣竿だな」
そう言い頬ずり釣竿を置き、新品の釣竿をくれる。
……同じ物みたいだし、報酬はこっちがいいな。
「そんじゃいくぜ? レディ――」
お兄さんは、ドン! と再びカウンターを叩いて、
「――ゴォうッ!」
海を指差して、高らかに声を上げた。




