20.海
ざざぁ……、と鮮やかな音が耳に入る。
いつの間にか閉じていた瞼を持ち上げると、眩しい日差しが襲いかかってきた。どうにか耐えて周囲を見ると、柔らかそうな砂地が広がっていた。
今までとは違ってヤシの木が生えており、不思議と気温を暑く感じさせる。
そしてこの二つとくれば、その先には――
「――海だ!」
もちろんあった、広大な水色の世界。
意識を取りもどさせた音の発生源はこれだったんだ。緩やかな波が涼しさを覚えさせてくれて、ちょうどいい気温を作り出してくれている。
「わー!」
早速靴を脱いで、海に突撃する。
ぱしゃり。
確かな冷たさを素足に感じて、跳ね回ってしまう。
「あははっ、つめたー!」
しばらく水を蹴って遊んで、急にハッとする。
……ナギはどこだろう、と。
そうだ、目的をすっかり忘れてた。
辺りを見渡してみるけど、わたしのようにはしゃぎ回っているプレイヤーや少し離れた位置でMOBと戦っているプレイヤーの中にナギの姿はなかった。
もしかしてまだ洞窟の中に? ……いや、それはないか。わたしよりも先に入っていったんだし、まだ中にいるなら途中に出会っているはずだ。
そうなると……もう先に行っちゃったのかなぁ。
暖かい砂浜に戻り、洞窟前に立てかけられていた看板の近くまで駆けていく。
↑第三都市【ストリート】
←第七都市【ヴェネティスリア】
↓【橋代わりの洞窟】
←↑【キャンプ地】
ふむふむ、ここから真っ直ぐ砂浜を歩いていけば都市に辿り着くんだね。
そういや通路を遮っていた崖は……あった、真後ろに。そのまま海の方向まで追いかけていくと、突き当たりに真っ直ぐ崖と向き合うように巨大な滝が作られていた。
ザバザバと絶え間なく激しい音を放ちながら漆黒の闇の中に水を注ぎ込んでいる。
「ふふ、落ちないようにな」
眺めていると、横から優しい声が。
見れば旅衣装をしたNPCのおじいさんが立っていた。けど、顔はこちらを向いていなかった。
おじいさんが見つめている先は、海の彼方。腰を曲げた低い姿勢から、柔らかい表情でその先にある『何か』を確かに捉えていた。
「何を見ているんですか?」
気になったので尋ねてみる。
少しだけわたしの言葉を理解する間を取った後、おじいさんはにこりと笑った。
「都市、さ」
「都市?」
そういや第七都市、だっけ? 看板に書いてあったよね。でも何で急に数字が飛んだんだろう。
「海の中央に都市があるんだ。船が入手できれば都市に向かうことができるだろう。あの街はいいぞ、美味い飯に綺麗な景色。旅で疲れた体を癒してくれる美しい場所だ。さすが世界で一二を争う規模を持つだけはある」
「へー! いいなあ……!」
まさにわたしが望んでいるような場所だ。
行ってみたい……けど船なんて持ってない。もしかして都市を順番通りに回っていけば、いつか手に入るのかな?
「この老いぼれにはこうして見えない都市を眺めながらあの場所での記憶を思い浮かべることしかできん。だが、君はまだ若い。私の分まで思う存分に楽しんでおいで」
「はい、ありがとうございますっ!」
いつか行けるようになったら報告したいな。
ん~……楽しみ。
ブーブー、ブーブー。
振動音が耳……いや頭の中に響くような感覚。
視界右に表示される受話器のマーク。
タップしてみると、通話中というログが。
『――アンタ、時間ちゃんと見てる?』
続いて頭の中に入ってきたのは、お姉ちゃんの声。
これは『チャット機能』というやつなのかな。
「時間?」
首を傾げながら視界上部に意識を向ける。
そこには【18:51】と。……わたしたちの家では大体七時くらいにはご飯を取っているわけで。
「わあああ大遅刻!」
『やっぱりね、見てなかったか。……そうだろうと思って今日の当番代わってあげたから。キリがいいところで落ちなさいね』
「ありがとー」
そこで、ピッ、と通話は切れた。
う、うーん反省だ。それほどに夢中で遊んでたよ。
とりあえず看板によれば海に沿って歩いていけばキャンプ地に辿り着くみたいだ。
裸足のまま、矢印通りに砂地を歩いていく。すると岩のトンネルが見えてきた。
数十メートルほどしかないので大して暗くないその場所を抜けた先は、岩壁に囲まれたビーチ。
規模はまあまあ広く、見れば奥に『海の家』という旗が設けられた小屋が建っている。……ってことは何か料理とか買うことができるのかな。
「……ん?」
そんなことを考えていると、ふと視線がビーチの端っこで止まる。
それは、海の近くに置かれたテント。
わたしが持っているものと同じ種類のアイテムが、たった一つだけぽつりと砂浜に置かれている。
……おっと、気にしていないで早く落ちないと。さすがにお姉ちゃんに怒られちゃうな。
急いでテントを出現させ、潜り込む。
側から放たれ続けるさざ波の音を聞きながら、わたしの三度目の旅は幕を閉じた。
▽
海の側に置かれたテントの入り口が開く。
現れたのは栗色の髪の、大人びた印象の美少女。
「……あら?」
少女の瞳が、一つのテントを捉えた。
だが彼女はすぐに興味をなくし、自分のアイテムを仕舞うと歩き出す。
トンネルを抜け、すぐにその姿は見えなくなった。




