18.橋代わりの洞窟
気がつけば、わたしは岩壁に囲まれた空間にいた。
――ぴちょん、ぴちょん。
何やら軽い音に顔を上げると、鋭角に突き出た天井が見えた。そこから落ちた水滴が、道の端に設けられた水の中に落ちて発生したものみたい。
「鍾乳洞……?」
そう、そんな洞窟を連想させるような場所だった。
青空の下にいた先ほどに比べると少し薄暗いけど、苦にはならない明るさをしていた。これならビクビクしながら進むことにはならなそう。
「さて……と」
早速、進んでみる。
そこら中に岩が置かれている入り組んだ道を転ばないように歩いて、
『ブグブグ』
「ッ」
急に聞こえてきた表現しにくい音に、わたしはサッと岩陰に身を隠した。
そーっと覗いてみると、そこにはわたしと同じくらいの全長をした巨大なカニの姿があった。
【棍棒バサミ】Lv.6
音の正体である泡を口から吹いたそのMOBは、左右にハサミを持っていて、右が異様に大きい。体が傾くほどに。
そ、それにしてもレベルが高いな……。
恐怖を覚えながらも、周りを見渡してみる。
まあまあ広い空間には、岩ばかりが存在するだけで他に敵の姿は見えない。
「よ、よし……」
小太刀を引き抜き、岩陰から出る。
ちょこちょこと細い足で横歩きするカニにゆっくりと近づいて、
「やー!」
赤い甲羅に向かって、剣先を激突させた。
ガキン!
「う、わあッ!?」
硬い感触が腕に伝わり、後方に弾け飛ぶ。
小さいエフェクトが赤い部位に刻まれたカニは、ゆっくりとこちらを振り向いた。……あ、結構可愛い目をしてる。
頭上のHPを少しだけ減少させたカニは、ちょこちょこと横を向いたままこちらに近づいてきて、ゆっくりと右腕を振り上げる。
これまた可愛い動作。思わず攻撃を受けてあげたくなるけど、早く先に進まなきゃいけない。申し訳ないけどバックステップ。
そして、眼前に振り下ろされるハサミ。
――轟音。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
体全体に衝撃を受けてさらに後ろへ吹き飛んだわたしは、先ほど隠れていた岩にぶつかった。
見ればハサミが振り下ろされた場所は、硬い地面にも関わらずまるで紙製のようにぐしゃぐしゃに凹んでいた。
……な、なんて破壊力……!
『ブグブグ』
くりくりお目めを瞬かせながら、カニは歩く。
ゆっくりと、わたしの方向に。
「ひいいッ!」
飛び上がり、わたしは再び岩に隠れた。
か、可愛い見た目に騙された! 怖い! 凄く怖い!
プルプル震えながら、顔を出してみる。
相手はブグブグ呟きながら向かってくる。
ゆっくり、と。
「……遅い、な」
そう判断すると立ち上がり、岩から飛び出す。
カニの背中に回り込むように走っていく。
『ブグ』
すると、カニは一時停止。
これまたゆっくりと振り返り、横を向く形になるとわたしの方にちょこちょこ歩き出す。
……これ、もしかしたら簡単なんじゃ?
もう一度後ろに回り込み、停止したところに小太刀を突き刺す。やっぱりダメージ量は少ないけど、確実にHPを減少させることができた。
あとは繰り返しの作業だった。離れ、回り込み、近づいて攻撃。一見地味な戦法はちびちびとカニを追い詰めて、
特にその後はドラマもなく、カニは消滅。
【カニの足】ランク:F
効果
口にすることで、HPを二割回復。
ドロップアイテムを入手。
お、これは料理の素材にできたりするのかな?
「やったー!」
そして、失敗した。
洞窟はわたしの喜びをいっぱいに反響させ、通路の先まで広がっていく。
すぐに辺りからペタペタやらドスドスといった荒々しい音が響き出し始めて、
【ビッグフロッガー】Lv.5
わたしよりも巨大な緑のカエルや、
【貝がら男】Lv.5
筋肉質な人間の足がついた巨大な貝がらといった、精神的に無理な生き物たちがわたしを取り囲む。
「ひ、ああ、あ、あ、あ、ああああッ!?!?」
泣き叫びながら走り出すしかなかった。
振り返ると、飛び跳ねて追いかけてくるカエルや踊りながら迫ってくる貝がらの姿が。こ、怖いいッ!
向かう先が入り口の方とは真逆だということなど知らずに、わたしは必至に走り続けた。
▽
走って、走って、走り続けた。
やがてちょうど小柄なプレイヤーが一人入れそうなスペースの岩影を見つけ、スポッと潜り込んだわたしは息を潜めて隠れていた。
忙しない足音が消えてから、どれくらい経っただろうか。ゆっくり首を伸ばすと、もう恐ろしい怪物たちの姿はどこにも見えなかった。
「ふぃ〜……」
深いため息をついて、外に飛び出す。
ぶわッ、と。
「わっ」
不意に視界を襲った眩しさに、顔を背けてしまう。でもなんとか大きな声は上げずに済んだ。
それはどうやら、壁の隙間から漏れ出していたらしい外の光だったみたい。そういや今まで必死だったから気づかなかったけど、この辺りは妙に光が溢れ出しているなぁ。
何気なく光を追って振り返ってみる。
「わ――むぐ!」
その先の景色に、思わず叫びそうになった口を両手で強く押さえ込んで耐え抜く。
光。
けどそれは、外から差し込んできた日差しじゃない。それを反射した水面が天井や壁に与えた、光。
七つの色で構成されたそれは、虹。丸まった壁を伝って四方に流れ落ちていた。
ぽつりと天井からこぼれ落ちる雫は七色を宿し、本来は周囲の色を映しているだけだけど、雫が虹の水面を作り出したかのように見える。
「しゅむぴ……」
噛んだ、あまりの感動で。
「神秘的だあ……!」
カメラを取り出して記憶にとどめる動作が自然に行われたのは、当然のことだった。
カシャリ! と。
『ゲコオオオオオオッ!!』
『ハッ! ハッ! ハマグリィィ!!』
だからカエルと貝がらに気づかれたんだろうなぁ。
「わああああああああ」
泣き叫びながら逃げ出すしかなかった。




