15.公共スペース
放課後になり足早に帰宅を済ませた後、シャワーや着替えを行い、早速ログイン。
目を覚ました先には、天井があった。つまり、わたしは今寝転がっている。
ベッドの上で体を起こすと、広くもなく狭くもないただ生活に必要な設備だけが整った一室が視界に入った。……でも、すべてが古めかしい。
側に置かれた窓から顔を出すと、綺麗な花々がわたしの目に映り込んでくれた。
ここは、ブロッサムにある宿屋の一つ。
宿屋は『格安』、『一般』、『高級』と三つに分けられていて、効果としてはHPの回復。それと二十四時間、プライベートな空間をもらうことができる。
ちなみに貧乏なわたしが泊まっているのはもちろん格安の宿屋。
ギシギシと軋むベッド、ヒビ割れた壁や床、見た目はあまりよくないけど……HPはちゃんと全回復してる。だから左右に見えるしっかりとした宿屋を目にしても悔しくない。ぐぬぬぅ。
……さて、まだまだ部屋の所有時間は大分あるけど、今回はもう出発しよう。早く武器を手に入れなきゃだもんね。
せっかくだから一番強いのが欲しいな。えっと……『小太刀・忍鉄』だっけ?
そうなると、1000G貯めないと。……あっ、そういえばナギが繰り返し受けられるクエストがあったって言ってたっけ。報酬がお金だったら受けてみようかな――
「ん?」
それは腐りかけた階段を降り、人気のないエントランスに踏み入れた時だった。
右のほうにある部屋から、何か音が聞こえてきた。
覗いてみると、そこはわたしが泊まっていた部屋よりも広い空間だった。どこも傷んでいるけど。
木製の台が均等にいくつも並んでいて、それぞれに流し台や調理器具が設けられている。
「ふんふーん」
そして、わたしがさっき聞いた音の正体が分かった。
それは鼻歌、荒い刺繍が施されたエプロンを着込んだ女性が鍋をかき回しながら歌っていた。
……NPCだ。
そう判断したわたしは、目を凝らしてみる。もしかしたらクエストNPCかもしれないもんね。
「む」
結果は、違った。
「あれ……?」
けど普通のNPCでもなかった。不思議にも名前の色がピンクだった。NPCは白と黄色だけだと思っていたんだけど……。
気になったので、足を踏み入れてみる。
「いらっしゃーい!」
直後、女性は笑顔をこちらに向けてきた。
「こんにちはー」
気になったので、とりあえず駆け寄ってみる。
すると『Yuna』……NPCユナさんは、相変わらず鍋をかき回しながら口を開いた。
「公共スペースだから、好きに使ってね」
「こうきょうすぺーす?」
一瞬の間があった後、
「公共スペースっていうのは、必要な道具がなくても生産が行える場所のことだよ。『補助NPC』のわたしに話しかけてくれればレシピや素材を売ってあげるから、よろしくね」
なるほど、公共スペースに補助NPC……。
街の外じゃなくても料理とかができるんだね。
「あ! そういえばあなた、うちの宿屋を利用してくれたんだね。ありがとう! ……そうだ、よかったらこれ味見してみて?」
そう言い、味見皿に鍋の中身を注いでいくユナさん。
赤い……トマトスープかな? その中に一口サイズのミートボールが入っている。
「いただきます」
いただいてみると、いっぱいに染み渡ったミートボールが甘酸っぱさとマッチして表情を自然と綻ばせてくれた。仄かにくるコンソメもいい役目を果たしていて、うん……美味しい。
今日の晩御飯はトマトスープにしようかな……あれ、トマト缶って買ってあったっけ?
【ミートスープ】レシピGET!
意識を取り戻したのは、そんなログが更新されたからだ。
レシピ……もしかして料理を口にすると、その作り方を覚えることができるのかな。
「そのレシピには、トマトは入っていないんだ」
ユナさんが口を開く。
「ミートスープは生肉と水、それに味をつければ完成するんだけど……それだけじゃアレだもんね。『アレンジ』を加えた方が美味しくなるし、価値も高くなるからお得だよ」
「アレンジ?」
「アレンジっていうのは、レシピ以外の材料を使って質を高めることだよ。失敗する例が多いけど、成功すれば材料にした素材効果をすべて引き継いだ品が完成するから、よかったら試してみて?」
なるほど……アレンジ、か。
それに価値が高くなるってことは、売買の値も上がるってことだよね。つまり……。
「高く売れる……?」
そう考えに至り、早速準備に取りかかる。
まずは片手鍋を取り出して、ウィンドウにミートスープのレシピを貼りつけたまま待機させる。これで間違いないよね。
えーと……まずは鍋に水を入れて沸騰させて、材料を投下する。あとは調味料を入れれば完成!
な、投げやりすぎない!? ……でも考えてみれば、料理が目的のゲームじゃないんだもんね。
とりあえず鍋に水を入れて、用意されていた木材を戸の中に重ねて火をつける。
よし、さっき購入した色々な調味料を使ってみよう。
醤油に砂糖にみりんに……あった『トマト缶』!
せっかくだし、トマトスープにしちゃおう。そうだ、野菜も欲しいな。
ユナさんに尋ねると、野菜を見せてくれた。
その中の白菜(50G)を一つ購入。……というか、それしか買えなかった。これで正真正銘、すっからかんだ。もう宿にも泊まれない。
ごくりと生唾を飲み込みながら念のため白菜を洗い、切っていく。
沸騰したら白菜を投下し、かさが減ってから……と、そこまで忠実じゃなくていいみたい。そのままトマト缶をひっくり返す。そして最後に生肉。あとは浮かび上がった選択肢をセルフで答える。
ふう……これで作業は終わ――ドン。
緊張で固まった体をほぐそうとした、その瞬間だった。
伸ばした腕が新品の醤油とみりんにぶつかり、どんな奇跡かその二つは側にあった麺つゆを器用に巻き込み、鍋の淵に激突。衝撃でぱかりと蓋が開いて、
どぼぼ。
「ほわあああああああああ」
急いで暴走を始めた醤油とみりんを押さえつける。し、しまった! 一瞬判断が遅れてたくさん入っちゃった!
……でも、手遅れだった。
片手鍋の上に表示されるウィンドウ。
それは、料理ができあがったというサインだった。
【Dangerous】ランク:S
効果
①即死効果。耐性がある場合には極大ダメージ。
②口にすると自動的にHPがゼロになる。※味は保証しません、ご了承を。
と、とんでもない料理ができちゃった……!
鍋の中は灼熱を連想させるほどに真っ赤で、グツグツと泡を激しく発生させていた。み、見ているだけで涙が出てくる……。
「こ、これ……売れるの、かな?」
せっかく作ったんだし、売ってみたい。
というか、そのために作ったんだもんね……。
魔の料理を恐る恐るウィンドウにしまい、ユナさんにお礼を言って宿屋を出る。
……なんか背中のバックパックから禍々しい気を感じるんだけど、大丈夫かな……大丈夫だよね?
そそくさと武器屋に駆け込み、この恐ろしい料理を押しつけ――売ろうとカウンターに向かう。
しかしいつ見ても花の街らしくないむさ苦しさだ。接客員のおじさんも筋骨隆々でどこにも花なんて、
「――あらぁん、いらっしゃあい!」
あった、心に。
「こ、こんにちは、あの、売りたい物があって」
「はあいどうぞぉん!」
自動的に開いたアイテムポーチの中にある、デンジャラス・デンジャラスを選択。
不意に込み上げてくる、申し訳ない気持ち。
あまりにも安かったら売らないでおこう。
そして答えは、すぐに返ってきた。
「このアイテムなら『2000G』で買い取るわ」
「ええええッ!?!?」
こうしてわたしは無事に巨額を入手し、
「これくださーい!」
新たな武器【小太刀・忍鉄】を手に入れた。