12.世界の景色
「いやあ着いた着いた」
「ふ、ぁ、ああ、ああぁ〜」
「はは、ごめんね。びっくりしたかな?」
そう笑いながらクレアさんが優しく頭を撫でてくれたことを、すぐには理解できなかった。
「ほらネコちゃん、ネコちゃん? 見てごらん?」
「ん……」
ようやくわたしは意識を取り戻して、
「わ……わわ、うわはあっ……!!」
すぐに、見惚れてしまった。
見下ろした先には、絶景が待ち構えてきた。
小さく変わった咲き誇る花々は、形よりも色の印象を強くさせ、視界に襲いかかってくる。
わたしたちを囲むように存在する色彩の海は、柔らかな風が吹くたびに鮮やかな波を起こし、心を和やかに揺れ動かしてくれる。
思わず不安定な屋根の上に飛び降りる。普段なら恐怖でそんなことできないのに、それほど景色に見惚れていた。
「凄い!」
「ね、綺麗だなぁ。……あ、ネコちゃん」
見てごらん? と指を差すクレアさん。
それは都市の出口、次のフィールドの景色。同じ高原が続く大地は崖にぶつかり、大穴の先にはまた新たな土の地面があった。その先には聳え立つ建築物の群れを表したような影が置かれていた。多分、三個目の都市なんだろう。その先にもまた曇りがかった景色が広がっていて……楽しみだなぁ。
「あれ?」
よく見ると、空に何か物体が浮かんでいるように見える。あれも都市の形をしているような?
「この世界は陸だけじゃない。海、空、どんな場所にも楽しみは待ち構えているんだ」
「凄い……」
「はは、凄いよね。……そう、凄いんだ本当に」
少しだけクレアさんは寂しそうに、
「……だから今度はゆっくりと味わいたい……」
「?」
「ううん、何でもない。……お、それは?」
クレアさんの瞳がわたしの手を捉える。
そこに握られていた、カメラに。
「面白いものを持っているね」
「ん……あっ、そうだ!」
いけない、買ったことをすっかり忘れてた。
こういう時のために使わなきゃ!
早速、都市に咲き誇る花の海をカシャリと保存。そして先の景色を撮ろうと――して、思いつく。
「あのクレアさん、一緒に撮ってくれませんか?」
「ん、私も?」
「はい、クレアさんと撮りたいんです!」
クレアさんは、うーん、と悩んで、
今度は、うむむ……、と腕を組んで、
最後に、ん〜〜、と顎に手を置いてから、
「いいよ、一緒に撮ろうか」
「あ、その、もし辛いなら無理を……」
「ううん、そんなことないよ。素直に嬉しい。ただちょっとね、私は面倒くさい存在なんだ……」
そう言うとクレアさんの体が急に光に包まれた。
すると漆黒のコートやパンツが消滅し、出会ったばかりの彼女の姿に変わった。
「これでよし、と。さ、撮ろうか」
先に見えるフィールドをバックにしてクレアさんは移動する。だからわたしもその隣に向かった。
「あ、あの、本当に大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫大丈夫」
ニコニコと笑うクレアさんの表情に、偽りは見えなかった。どうやら写真はイヤというわけじゃないみたい。
なら、深く尋ねるところじゃないよね。
「それじゃ撮りまーす!」
「うん」
不思議と耳に残る音が放たれ、記録が増える。
「ありがとうございます」
「ううん、こちらこそ」
満足するまで景色を堪能した後、わたしはクレアさんに抱えてもらい、路地に降ろしてもらった。
理由はよく分からないけど、クレアさんはあまりベテランのプレイヤーには見つかりたくないらしい。だからこそ、この場所を選んだ。
「……それじゃ私はここで」
そーっと離れていくクレアさん。
だからわたしも口は動かさず、手を振って応えた。
とりあえず察せられないよう口笛を吹きながら明るみに足を踏み入れ、足早にこの場を後にする。
(わたしは何も知りませんよー)
そう演技をしながらたどり着いた先は、都市の出口……新たなフィールドへの入り口。つまり、旅を再開する予定だ。
じっくり都市を見たい気持ちもあるけど、それ以上に先の景色が気になった。今日は行けるところまで行ってみたい。
そして新たな世界に踏み入れる――前に、振り返る。
爽やかな香りに包まれた都市を目に焼きつけて、
「……綺麗な景色をありがとう……」
小さくお礼を告げてから、わたしは歩き出した。