11.カメラと漆黒の影
あの後、難なくグロウイーター二体を討伐したわたしは街に戻り、クエストNPCに報告した。
結果としてスキルレベルがもう一つ上がって、初老のおじさんから1000Gのお駄賃をもらった。
「何買おっかな〜」
ふんふーん、と軽やかに商店街を進んでいく。
まずは料理の調味料を買って、素材も買って、余りが出たら武具も見ようかな? などと考えながら周囲を見て回って、
「――お?」
ある建物の前で、わたしの足は止まった。
目を凝らすと『雑貨屋』と表示された建物のガラスにはディスプレイの商品がいくつか置かれていて、その一つに心を奪われた。
カメラ。
そう、カメラ。至って普通のカメラがぽつんと置かれていた。
特に何の飾りもない地味な形だけど、目を引かれた。だってそれを使えば今まで見た最高の景色や最高のプレイヤーとの出会いを永遠に保存することができる。これからたくさんの場所を回って、たくさんの記憶を手に入れる。でも、全てを鮮明に留めておくなんて無理に等しい。
だからこそ、魅力的なアイテムに見えた。
扉を開き、カランカランという鈴の音を追い風に、素早い動作でわたしは店内を進んでいく。
ガラスケースの中に置かれたアイテムの目の前までたどり着くと、透明な外装に設けられたベルを押してみる。
高らかな音が店内に響き渡り、すぐにスタッフNPCが近くに駆けつけてくれた。
「そちらの商品は、500Gになります」
うっ、お駄賃の半分も……。
で、でも欲しいもん! 我慢せず買っちゃおう!
【安物のカメラ】ランク:F
効果
四十枚まで写真を保存することができる。
うーん……四十枚、かぁ。
何だかすぐに使い切っちゃいそうだなー。もう一個買って……いやいや、残量が少なくなってからにした方がいいよね。うん、今はまだやめておこう。
まずは料理に必要な油や調味料を買わないと。
とりあえず塩や醤油など最低限のものを揃えると、ちょうどクエストの報酬金はゼロに変わった。
金欠になっちゃったけど、悔いはない! さあ旅の続きだー!
お店を出て、再び街の中を歩いていく。せっかくだからこの綺麗な景色を写真に収めておきたい。
どこか最適な写真スポットはないかなー?
進行の先にあったベンチに腰を下ろして、早速買ったばかりのカメラを構え、辺りを見渡してみる。
左には忙しなく走っているプレイヤーたちの姿、右にはこれまた必死に駆けているプレイヤーたち。……あれ? 何だか人が多い気がする。それにまだ序盤の都市なのに、明らかにベテランの領域に位置するだろうプレイヤーの姿がちらほらと見られた。
何かイベントでもやっているのかな?
そんなことを考えながら、今度は上を見る。高いところからならいい絵が撮れるかも――
「ん?」
そんな思考を、目の前にある建物。その屋根の上に現れた違和感が遮った。
――黒い、影。
速すぎて形はよく分からなかったけど、レンズの中に間違いなく漆黒の何かが映り込んでいた。
「何だろ……」
気になったので、わたしは追うことに決めた。
下から捜索は無理なので、上に登る方法を考える。といってもどうやって……あっ!
それはたまたま見つけた路地に入ってすぐのこと、何という偶然か屋根にまで続く梯子が立てかけられていた。
「よーし」
早速登って、屋根の上にたどり着く。
さてさて、黒い影はどこかな?
とりあえず屋根の上を進んでいく。連なって作られているため、建物ごとに隙間はなく、平面なので通路のように歩きやすい。
真っ直ぐ道なりに進んでいくと、先には街の端を意味する草の壁が待ち構えていた。つまり行き止まり……ん?
よく見ると突き当たりに、一人のプレイヤーが。
印象としては、漆黒。特にそれ以外の特徴はない衣装に身を包んでいるだけなのに、不思議とただ者じゃないオーラを醸し出している。
近づくにつれて、それが女性ということが分かった。どこか落ち着いた雰囲気の、衣装とは対照的な銀色の髪、女の人にしては短めの……
「あれ……?」
そして、彼女には見覚えがあった。
「おや?」
草の壁に設けられていた花に触れていた女性が、不意にこちらを見た。
彼女は少しだけぱちぱちと目を瞬かせた後、明るい笑顔を見せてくれた。
「やあ、ネコちゃん」
「こんにちは、クレアさん!」
彼女は旅のアドバイスをくれた、先輩だった。
……でもさっきとは衣装が全然違うような?
「もしかして君も、追っかけてきたのかな?」
「追っかける?」
口に出して、ああ、と納得できた。
「そうなんです! 上を見てたら黒い影が見えたので、何かなーって」
「? ……ふむ、なるほどなるほど」
何やら難しい顔を作るクレアさん。
けどすぐに笑顔を取り戻して、
「いや、何でもないよ。……そうだね、わたしも探し物をしていたんだ」
クレアさんはそう言うと、顔を横に向けた。
それは都市の中心部。広場があるその場所には一回り巨大な塔が聳え立っていた。
……あ、さっき外壁からはみ出て見えていたのは、あの建物だったのかな?
「あそこの天辺からなら見えると思うんだ」
「なるほど……」
確かにあの場所からなら都市全体が見渡せそう。
……でも見たところ、入れる場所がない。シンボル的な存在なのかな? 遠くからでもここに街があるということが分かる印のような。
「でも、入り口や窓はないみたいですよ?」
「大丈夫、必要ないよ」
クレアさんはそう答えると足元に置いたバックパックを背負い、こっちを見た。
「ネコちゃんもどうかな? 一緒に」
「へ? う、うん、行けるなら登りたいですけど」
「よし、決まりだ」
「わ、わわっ?」
足がふわりと宙から離れる。
理由は、クレアさんがわたしを抱っこしたからだ。
「さあ行こうか」
「い、行くって――ふ、ぉお、あ」
グゥン! と、突如として体に襲いかかる負荷。
続いて頬を叩く鋭い風。
何が起きたのか、それを確認するために首を伸ばして辺りを見渡してみる。
「へ……」
そして、意外にもすぐに理解できた。
遥か下に位置する地上、すぐ近くに見える雲、クレアさんの足元には何もなくて……つまりこれは、
「とん、とんで、とんでえ、えええ――」
「飛んでるよー」
和やかな声と笑顔。
この人、やっぱりただ者じゃないみたい……わあ!
再びの負荷。
反射的に衝撃が来た方向を見ると、そこには石の壁があった。それが塔の外壁だと気づいたのは、クレアさんがもう一度跳躍し、塔の天辺に到達してからだった。