『vs.魔王系ヒロイン(仮)』
「……ん。朝か」
朝日の差し込む、女子寮の一画。部屋には本棚と机、そして大量のぬいぐるみが転がるベッド。
そのぬいぐるみの中から藍色の髪の美少女が起き上がった。ジークのクラスの委員長こと、シルヴィだ。
「いい天気、出かけるには丁度いいわ」
メガネがなくてぼんやりとしか見えていないが、窓の向こうには青が広がっている。今日、彼女はリリーナたちと出かける予定を立てていた。
残る眠気を飛ばすため、シルヴィは窓を開けた。ひゅう、と秋の冷たい風が頬を撫でる。
「うう、ちょっと冷えるかしら。今日は少し羽織るものがいるかも……」
冷えた空気に身悶えながら、外の眺めた。丘の上に立つ学生寮からは校舎が一望できる。少しずつ紅葉し始めた山々、古めかしくも美しい校舎、小鳥のさえずりと、飛び交う火球。
いつも通り穏やかな週末の朝だ。
「……ん? 火球?」
普段と違う場違いな風景が見えたようで、シルヴィはまだ寝ぼけているかと目をこする。そして念のために眼鏡をかけた。
気のせいだった。飛んでいたのは火球ではなく、巨大な鉄球だった。空中でなぜか二つに割れている。
「な、何が起きてるの!?」
シルヴィがガバリと体を起こし鉄球が飛んできていた方向を見る。そこには何故か燃えたり凍ったりしている竹林ができていた。
『vs.魔王系ヒロイン(仮)』
「あはは、今のは冷やっとしたよ! ジークはすごいね!」
「そりゃどうも! 皮肉にしか聞こえないけどな! てちょ、まっ、アブな!」
くそ、鉄球すら叩き切られた。先ほどからこちらの攻撃はことごとく回避されるか、切られている。
どういう理屈かわからないが、フィリアは飛ばした魔法を真っ二つに切り裂いている。魔法使いにとっては悪夢のような技術だ。
上からはお返しとばかりに、無数の竹が飛んできた。慌てて避けると、妙にドスドスと音を立てて地面に突き刺さる。
え? 殺すつもりじゃないよね? 大丈夫だよね?
「平気だよジーク! 私、治療魔法の方が得意なんだ! でも頭は守ってね!」
「そういう問題じゃないと思うんですけど!? これって試合だよね!?」
くそ、わざとか! てか、心の声読まれた!?
ついさっきまでこっちの番だと思っていたのに、状況はまるで有利にならない。
完全に初動を失敗した。不意打ちのつもりだったが、不意打ちされるなんて――
――俺が数発の火球を纏いながら突貫すると、フィリアは自分の足元から竹を急成長させて飛び上がった。予想外のことに驚いてるとその竹を追うように無数の竹が足元から生える。
その速度はもはや弾丸。なんとかしないと、竹が体に突き刺さる。
やむなく、纏っていた火球を急成長する竹に叩き込む。しかし、そんなのは関係ないとばかりに竹は炭化しながら伸び続ける。ギリギリ剣でいなしながら転がって回避した俺は、すぐさま起き上がり剣を構えた。
周囲は一瞬で竹林になっていた。風に揺られる葉のざわめきが妙に大きく聞こえる。フィリアの姿は見えない。
「こ、これはやばいな」
しかし、フィリアはまちがいなくこちらを狙っているだろう。
しかし場所がわからない。なぜなら竹林のあちこちから狙う気配がするからだ。
「……そういう気配の殺し方か。というかいきなり上位属性なんて」
魔法は火風水土の四大元素だが、それぞれの隣りの属性を組み合わせることでさらに四種類の属性ができる。
火と風で雷属性、風と水で氷属性、水と土で木属性、土と火で金属性だ。
そして、この合成属性は上位属性と言われ、あやつるためには元となる二属性への深い理解が必要となる。そんなものを詠唱なしで即発動なんてこと、王国最強と言われた魔導部隊だってできるかどうか怪しい。
「なにが強いね、だ。自分の方がよっぽどバケモンじゃねぇか」
「バケモンなんて、失礼だなぁ」
背後からフィリアの声が聞こえた。咄嗟に剣を振るうが、すでに彼女の姿は消えていた。
「くっ……。暗殺者かなんかか?」
「お師様とはよく森で狩りをしてたからね。それで気配の散らし方は習ったんだ」
上の方から声が聞こえた。顔を上げると地面と平行になるように竹に立っているフィリア。重力をまるきり無視した姿勢なのに、さも余裕な様子でこちらに話しかけてきた。
「ジークは強いからね。申し訳ないけど自分のテリトリーを先に作らせてもらったんだ」
「……いつから用意してたんだ?」
「準備運動のときかな。その時にちょっとね」
あのつま先でトントンしてたやつか!
なるほど、完全にやられた。不意打ちのつもりが不意打ちされていたなんて。
しかし、準備時間を考慮しても無詠唱でこの発動速度は尋常じゃない。発動範囲も異常だ。竹林ごしに校舎が見えない。いったいどれほど広いのか。
「エルフって確か森に住む種族だったけ? これじゃ、ますますエルフかな?」
「いや、エルフはどっちかというと広葉樹林。竹林のイメージはないよ」
おどけた様子で話しかけるフィリア。その様子に疲労の様子はない。これはまだまだ余力があるな。
「あれ? ちょっとイメージと違ったか。でも竹が一番便利なんだよね。育つのも早いし……」
「隙ありっ!」
俺はフィリアが立っていた竹を切り裂いた。竹はフィリアが直立している方向に倒れ込む。
このままだと、フィリアは頭から地面に叩きつけられる。だというのに何故か楽しそうな顔をしていた。
彼女はその体勢のまま剣を軽く振るう。すると先ほどまで立っていた竹が縦に四つに割れて、先端がそのまま俺に向いた。
「まっず……!」
「武器になるし、ねっ!」
フィリアが裂けた竹を俺に蹴り飛ばした。ぎょっとするほど正確に俺の人中に飛んでくる竹を咄嗟にかわすと、後ろからドゴンと音がなった。あまりの音に冷や汗を流しながら、背後をちらっとのぞいた。
「あっぶ…………なぁ!?」
「ふいー。セーフ」
それが幸いした。地面に鋭角に刺さった竹はなぜか異常な速度で成長し、巨大な幹となって俺に突っ込んできた。思わずダイビングしながら避けるとその先端はそのままフィリアの方へ。彼女はその竹に手で着地すると、まるで曲芸師のように手だけで飛び上がり別の竹に移った。
「あぶないなぁ。これは試合なんだから、もうちょっと話しながら楽しんでもいいんじゃない?」
「あいにく負けず嫌いでな……! 何をやっても勝たせてもらうぜ……!」
寝転がりながら、首だけをフィリアに向けて言い放つ。フィリアは少し驚いた顔をした。
「それがジークの素? ふふ、いつもの優等生っぽい雰囲気とは随分違うね」
「幻滅したか? 悪いけど、勝つためにはキャラなんて捨てるからな」
あんまりヒロインに、しかもフィリアにはこんな姿見せたくなかった。
でも、もういい。恋とかヒロインとか関係ない。
ちょっと勝ちたくなった。
「先手必勝! くらえ雷撃!」
「水盾! いいよジーク! そうじゃなきゃ面白くないからね! 最高!」
くそ、フィリアの方が魔法の発動が早い!
俺が放った雷撃が、フィリアの水の盾に阻まれた。フィリアが手を握ると、盾は一瞬で水蒸気になり、周囲を白く染め上げた。
「くっ……! 突風!」
水煙が散ると、フィリアの姿はなかった。もう一度俺は半身に構えて周囲を伺った。さっきと同じ状況、周囲からは複数の気配、どれがブラフで、どれが本命か。
「この状況は、なるべくなら避けたかったんだけどな……!」
やむおえず、探知魔法を使おうとしたその時だった。
竹が揺れる音が近づく。右から、思ったら左、今度は後ろ。その音に思わず振り返りそうになるがすんでのところで我慢する。
「こんなあからさまな音立てるわけがな……!?」
「あからさまな場合もあるよ!」
ギリギリのところで鞘を跳ね上げ、袈裟切りを受ける。鞘が半ばまで切れていた。危ない、本気だったら鞘ごと切られているところだった。
ホッとしたのもつかの間、フィリアは膝蹴りを繰り出した。それを左手で持った折れかけの鞘で受ける。今度こそ鞘が真っ二つに。割れた鞘が顔を掠めた。思わず顔をしかめる。その隙にさらに追い打ちがくる。
ギリギリ体勢を立て直した俺はフィリアの剣を受けた。無理やりつばぜり合いに持ち込む。これは、まずいなぁ……。
一見、男である俺が有利だが、それは鍔迫り合いをしている間だけ。できればこの状態になるのは避けたかった。
「やっぱり、力くらべじゃ敵わないか……!」
「俺としては、このまま、押し切りたいけど、な……!」
「そんなに、私は、甘くないよっ! せいっ!」
フィリアは急激に力を抜いて、そのまま体を半回転させた。それにつられて、一瞬体制が崩れる。
それを皮切りに、フィリアの連撃が俺を襲う。時に手首を返し、持ち手を変えながら振るわれる剣は変幻自在。つかみ所がない攻撃に、俺は防戦一方になった。
「くっ……! アクション映画かよ……!」
視界にフィリアがいる状態を保ちたかったのは、いつ攻撃が来るかを知りたかったからではない。
さっきの素振りを見て察したのだ。
剣の腕は、俺よりフィリアの方が上だ。
魔法も仕掛けることもできないまま、豪雨のように押し寄せる攻撃をいなし続ける。やばい、このままだとジリ貧だ。
その焦りがまずかったのか、俺は判断を間違えた。
いつの間にか背後には竹。下がって避けようにも、避けられなくなった。フィリアが突きを出す。体をひねり紙一重でかわす。それを見てフィリアがニヤリと笑った。ああこの攻撃、漫画で見たことあるかも。
「ぐっ!? しまっ……!?」
「とった……! 私の勝ち……!」
そのまま体を倒し、突きを強引な切り払いに変えるフィリア。
竹の葉から溢れる日差しで、彼女の剣がキラリと瞬く。その刃は吸い込まれるように俺の体へ向かっていき――。
俺は盛大にずっこけた。ほんの少し上を剣がかすめる。フィリアが驚いて目を見開いた。俺も驚いた。
何が起きたかわからないまま、起き上がるべく手をつくと、地面がベシャベシャに濡れているのに気づいた。
あ、これあれだ。先手で仕掛けた水溜りだ。
「超ラッキィィィィ!」
「こ、このおおおおおお!」
悔しそうに地面を踏みつけるフィリア。その瞬間水溜りがブルブルと震えだした。
急いでその場を離脱すると、俺のいた場所からは水溜りからは間欠泉のように水柱が立っていた。慌ててフィリアから距離を取る。
「だああ、危ない! 本当にあぶなかった!」
「ちっくしょう! あと少しだったのに!」
女の子が畜生なんて言ってはいけません! 俺は心でツッコミを入れながら、体勢を整えた。
無詠唱、しかも足での魔法の即興行使。確かお師様って人の技といってたか。
敵ながら天晴。あなたのお弟子さんは王国の師団長レベルに強くなってますよ。
フィリアも体勢を整えるべく、まるでワイヤーアクションのように竹の上に飛び乗った。このまま隠れられたら、それこそさっきの二の舞だ。俺は左手を掲げ、俺は初撃と同じく周囲に火球を纏わせた。その数、およそ二十個。
「無詠唱でそんなに……」
「あいにく、無詠唱はフィリアだけの専売特許じゃないんだよ……!」
俺は火球を放ち始めた。フィリアは竹の上を飛び移りながら逃げる。このまま打ち続けても、当たるビジョンはまるで見えない。
よし、置き打ち作戦だ。
しばらくフィリアめがけて打ち続ける。残弾を使った俺の癖の植え付け。相手をリズムに乗せていく。フィリアの動きが単調になってきた。よし狙うならここしかない。
フィリアの回避を先読みして火球を置きにいく。
俺のリズムに慣れてたフィリア。そこをあえて崩しての攻撃。対応して火球を避けるフィリア。
しかし、彼女が火球を避けた先にはもう一発の火球がある。フィリアに火球が迫る。避けようとしても間に合わないだろう。
「やったか……! あ!」
やったな。やっちまったよ。
つい口走ってしまったセリフ。フィリアに火球が当たる。なんだか上手くいかない気がした。
「とうっ!」
軽い掛け声とともに、不安定な体制からフィリアは剣を一閃する。
その途端、火球は千切れるようにかき消えた。
「……は?」
「ふぅ、あぶなかった」
え、嘘でしょ? なに今の?
「な、んで……」
「ああ、なんで魔法が切れるかってこと?」
声も出せずに頷く俺に、にひひとイタズラそうに笑う。
「これね、お師様の直伝。やり方は内緒」
おい、お師様!? なんてこと教えたんだよ!?
軽くパニックになった俺は残りの火球をグミ撃ちする。それを避けたり切ったりしてフィリアは避け続けた。
なんだあれは。対魔法使いに対して、あんなの反則だ。
全ての火球を撃ち尽くした俺に、フィリアが声をかけてきた。
結局全て、避けるか切られた。悔しくって仕方がない。
「もう終わりかな? さあ、今度はこっちの番……」
「何、勘違いしてるんだ」
俺はにっと口角を上げた。多分今の俺は暗い笑みを浮かべているだろう。
こめかみがピクピクと動いているのが自分でもわかる。決して自棄になったわけではない。
もういいや、容赦なしだ。
俺は転生する際、神様にあるお願いをしていた。魔力総量の限界を無くしてほしい、と。
おかげで幼少から鍛え上げた魔力総量は無尽蔵といってもいい。だからこういった魔力に任せた強引な技ができる。
「まだ俺の攻撃は終了してないぜ」
再び、俺は左手を抱える。俺の周囲に火球が浮かびあがった。
その数、およそ五十。
これがもし一斉に飛んできたら、流石に無事では済まないんじゃないか?
フィリアの顔が引きつっている。なんか、気分がちょっとすっとした。
「おかわりですよおおおお!」
「けっこうです!」
さあ、反撃開始だ。