『休日、日課、デートの誘い?』
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部屋に朝日が差し込んで、俺は目覚めた。日がのぼってからまだ間もないのだろう、寮はひっそりと静まっている。
今日は休息日。週末の学校は休みとなる。
せっかくの休み、まだまどろみを楽しみたいがそういうわけにもいかない。少し重い体に鞭を打ってベッドから抜け出す。軽く伸びをして眠気を飛ばした。
さて、日課を始めるか。
『休日、日課、デートの誘い?』
見上げれば朝の空をちぎれた雲がまだらに彩っていた。
呼吸をするたびに胸がスッとする冷たい空気は、押し寄せる秋の気配をこれでもかというほど感じさせる。
ソールダム魔法学園を一望できるこの丘に、我らが学生寮は存在する。
「瞑想は夜でいいかな……。今日は予定もあるし」
前世では怠惰な生活を送ってきた俺だが、今世では毎日欠かさずに剣術も魔法も鍛錬してきた。
学校に入る前はがむしゃらに強くなろうとしていたが、今はそうでもない。そこまで強さのいる世界ではなかったからだ。
だからといって、全く戦う機会がない訳ではない。なので腕を鈍らせない程度には素振りと瞑想をしているのだ。それは授業があろうが、休日だろうが毎日だ。気分的にはラジオ体操。
「……うん。日課にはいい天気だ」
誰に聞かせるわけでもなく、ただひとりごちた台詞。
「日課って何するの?」
「のおおああっ!?」
それを聞いていた人物がいたらしい。
先月に転校してきたとんがり耳の超絶美少女、フィリアだ。
濃い緑のチュニックに黒いタイトパンツを履いている。首から下げているのは何やら民族的な飾り。寒くなってきたというのに足元は編み上げのサンダルだ。
その姿はどうみてもエルフの休日!
「エルフの休日!」
「あはは、相変わらず変なの」
言わずにはいられなかった。
しかし、フィリアに気にした様子はない。
――パラメータチェック。黄色のハートの数値は58。
思わず天を仰ぎそうになる。すごい勢いの上がり方だ。本来であれば大喜びするところだが、この数値が魔王復活へのカウントダウンだと思うと気が気ではない。
気持ちが落ち込む前に話題を変えよう。
「どうして、こんなところに?」
「へへ、私も朝の日課があるんだ。そうしたら後ろ姿が見えて……迷惑だった?」
フィリアはこてんと首を傾げて微笑む。だが、ちょっとだけ不安そうな目。
なんだこいつ。クッソ可愛いな!
「あ、いや別に平気。俺はこれからなんだ」
「そかそか、じゃあ見てていい? 見たところ剣の鍛錬みたいだし」
フィリアはちらりと俺の傍を見る。俺は腰に剣を差していた。
この世界で何年も使ってきた相棒。特に目立った能力はないが、とにかく頑丈に作られたショートソードだだ。
「それはいいけど……。見てて面白いか?」
「ふふ、きっと楽しいよ」
なぜかわからないが妙に嬉しそうにしているフィリア。
やばい、なんかこそばゆい。このままだと攻略する前に攻略されてしまいそうだ。俺は気持ちを落ち着かせるために、かぶりを振って剣を構えた。
この世界に転生したのは、『学ファン』が大好きだったからだ。しかし、転生して気づいたのはあんなに好きだったヒロインたちに、意外なほど恋をしないということ。
もちろん、嫌いになったわけではない。何というか、相手のことを知りすぎているのだ。その結果、妹と接する感覚に近くなってしまったと言える。
その点で比べるのであれば、フィリアは完全に知らない存在。どういった反応が返ってくるのかわからないのだ。
だからこそ、返ってくる反応にいちいちときめいてしまう。数字に出てしまうのもそれに拍車をかけていた。
長々といったが、つまり俺は、フィリアが好きになっているのだ。
「へぇー。ジークって剣が得意なんだね。剣筋が綺麗」
「ふっ……ふっ……ありがとう。意外だった?」
煩悩満載で俺が素振りをしているとフィリアが少し驚いた様子で言った。そのまま返事をすると彼女は少しバツが悪そうに頬をかいた。
「ああ、ごめんなさい。失礼なこといったね……」
「いや、別に。見た目がさえないことは自覚してるよ」
「そんなことはないけど……って言い訳にしかならないか」
何度か素振りをした後は、昔覚えた剣術の“型”をゆっくりと丁寧になぞっていく。一通り終えたら、精度を保ちながら速く行う。それを繰り返してより速く、鋭く、滑らかに一連の動作をこなしていく。
フィリアはしばらくの間、その場に座って静かに俺の型を見ていた。少しして、再び口を開いた。
「……すごいね。ジーク、結構強いでしょ?」
「まあ、ね。一応こう見えて中等部では学連魔法祭の個人戦に選ばれてた」
「学年首席は武道もできたか」
勉強は原作知識があったからね。それに幼少から色々とやってたんだ。
「今だからいうけど、ちょっとジークのことを侮ってたんだ」
「侮ってた?」
「うん。フリントウッド家って、実は私の中では有名というか……。代々、王立図書の司書をやってる家でしょ? お師様は昔、頻繁に通ってたみたいで、その時からフリントウッド家のことはよく知ってるっていってた」
なるほど……。フィリアの言う通り、フリントウッド家は代々王立図書の司書として、本を管理してきた。
それこそ、重要機密や禁書なども全てだ。
俺の予想通り、フィリアのお師様が魔王であるならば復活のために何かを調べていたのだろうか。
これは、フィリアと出会えたのはある意味ついてるかもしれない。
各キャラ攻略ルートの場合、エンディングは卒業後の進路や彼女たちを語って終わる。それも、全て一年以内の進捗状況だ。
しかし、何故か魔王復活ルートの場合、主人公や彼女たちの成長した姿、つまり数年後が描かれる。
この世界は現実。ゲームのエンディング後も世界は続いていく。各キャラのルートのエンディング後に魔王が復活してしまうことも十分にあり得た。このままフィリアを攻略していけば……。
「……フリントウッド家の神童。齢十二にして魔法を開発した天才魔導師。しかもその魔法はたった四年で常識になるほど浸透している」
「ん? あ、ああ。それね……」
「お師様もすごく褒めてたよ。この年齢で魔法の開発、しかも十分評価されるものを作れるなんてって……」
昔の話か。いわゆる現代知識の活用をしていた時期だな。俺としては現代日本にあって便利なものを再現したに過ぎないんだけど。
というか、フィリアさん。なんか言葉に含みがありませんか。
気のせいかどこか喧嘩腰な雰囲気を醸し出すフィリアに困惑した。コレもしかするとそういう流れ……?
「……ねぇ、ジーク。ちょっと試合をしてみない?」
「試合って……今ここで?」
「そう、今ここで」
フィリアは立ち上がると、準備運動を始めた。
そうなる流れだよね! どうしよう、ちょっと断りたい。女の子に剣を振るうのはためらいがあるし、今日は予定があるからあまり疲れたくない。日課も軽く済ませてあとは夜にやる予定だったのだ。
というかフィリアさん、サンダルですけど。
「……その格好でやるの?」
「そうだよ? むしろ制服より動きやすくていいよコレ?」
「いや、だってサンダルだし、得物もないし……」
「大丈夫。素足なのは私のスタイル。むしろサンダルは力を出しやすいの。それに……」
言いながらフィリアは首飾りに手を伸ばす。そしてぶどうの房のように首飾りの一部をちぎる。ちぎられた飾りは彼女の手の中でみるみると形を変えていった。
民族的な意匠の鍔を持つ直剣だ。薄くて細め、長さは腕ほど。前世的にいえば中国剣だろうか。柄の尻に蔦のような飾りが付いている。
「……驚いた。その飾り、剣だったのか」
「他にもぶら下がってるよ? 弓だったり槍だったりナイフだったり」
「実は完全武装だった!?」
「ふふふ、乙女のたしなみだよ。さて……」
想像以上にやる気満々なフィリアに顎が落ちる。
そんな俺をさておいて、彼女はつま先でトントンと地面を小突く。そして感覚を確かめるように直剣を何度か振った。
その剣筋に俺は思わず吹きそうになった。見ただけでわかるフィリアの実力。この感覚は久しぶりだ。
「ジーク、私と付き合ってくれる?」
「……俺でよければ、喜んで!」
妖艶に笑いながら構えるフィリア。今そのセリフは反則だろう。そんなこと言われたら断れないじゃないか! 断る気は無いけどな!
俺は言い終わると同時にフィリアに駆け出した。
剣を振りかぶりながら無詠唱で火球を放つ。さらに彼女の足元に水場生成をセット、フィリアの初動を殺しにかかった。
男から仕掛けるなんてとか、いきなり卑怯とか言わないでほしい。
だって勝てるか怪しいんだもん。
次回、戦闘回です。
正直な話、この二人の戦闘を書くことになるとは思ってもみませんでした。