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『謎ヒロインの全貌』

ブックマークありがとうございます!


「ジーク、それにカインも一緒にご飯食べよ?」


 午前の授業が終わり、俺とカインが取り留めのない話をしているとフィリアが昼食を誘ってきた。

後ろにはシルヴィとリリーナ。いつものメンバーだ。すっかり、仲良くなったなと、衣替えを終えて冬服のきた三人をまじまじと見る。うん、とっても可愛いです。

 秋の気配が色濃くなり、肌寒い夜も増えてきた。木々に茂る葉はまだ青いが、そろそろ紅く染まる頃。


 木よりも先に、フィリアの好感度(ハート)のほうが早く染まりそうです。


 フィリアのハートが黄色になってからしばらく。好感度の数値は順調すぎるほどに伸びていた。

 今日のフィリアの好感度は? ハートは黄色、数値は50!


 ああ、やばい。このままだと来年の夏を向かえられない。

数値が上がっていくことに喜びを感じる反面、これが魔王復活のタイムリミットだと思うと恐怖でもある。

 恋愛をとるか、世界をとるか。こういうのをセカイ系っていうんだっけか……。

俺はぼんやりと前世のにわか知識を思い出していた。


「どうしたのジーク? 難しい顔してるよ?」

「フィリアちゃん気にしないで。いつもの発作だから。それより飯食おうぜ!」


 カインよ、俺はお前のためにもこうやって悩んでいるんだぞ。その言い草はないんじゃないか。

 お前の昼飯は後で回収だ。



『謎ヒロインの全貌』



「ちくしょう、俺のカツサンドのカツ全部食いやがって……」

「失敬な。とったのは肉の部分だけだろ」

「衣だけ残してもそれはカツっていわねぇだろ!? 残ってるのパンとパン粉だけじゃねぇか!」


 そんなことないぞ。キャベツとソースが残ってるじゃないか。

 俺たちは相変わらずの面々と一緒に昼食をとっていた。場所もいつもの中庭だ。

肌寒い季節であるが、日が照るとまだまだ汗ばむ陽気。時々吹いてくる風が心地よい。


「あなたたちはいつもいつも……。ほらカイン、私のおかずあげるから落ち着きなさい」

「……委員長、俺すごく感動しています。こんなにあなたが温かいなんて」

「何を大げさな……」

「今まで、ドライアイスと思っててすいませんでした」

「カイン、今日はずっと飢えてなさい」

「えっ何で!?」


 いや、わかるだろ。そこは思ってても口にするなよ。

このデリカシーの無さをなくせば、こいつはきっとモテるはずなのに残念なやつだ。


「そういえば、いよいよね」


 カインたちのやり取りを見ているとリリーナが何かを切り出した。

 だるだるのセーターの袖を揺らしながらプチトマトを指したフォークを振っている。シルヴィとカインはやり取りをやめてリリーナに振り向いた。


「ああ、言われてみれば、いよいよか」

「今朝、先生にも言われたわ。今日のホームルームで細かい説明をするから、しっかり聞くように」

「うーい、了解。へへ、楽しみだな」


 リリーナの言いたいことを、二人は察したらしい。しかし、フィリアにはピンと来なかったのだろう。頭に何個もハテナを浮かべている。


「いよいよって、何が?」

「フィリアは知らないか。実はこの時期、あるイベントのための選抜が行われるんだ」


 首をかしげるフィリアに俺は説明をしてあげることにした。


「中学生、高校生を対象にした大会だよ。ソールダム王国という、魔法文化に特化したこの国ならではの魔法競技大会、ソールダム学連魔法祭の出場選抜の時期なんだ」


 ソールダム学連魔法祭。それはソールダム魔法学園から始まった、魔法を使った大運動会だ。


 歴史は百年。その始まりはなんと悪名高い()()()()だ。

 もはやギャングたちの抗争といっても差し支えない、学校全てを巻き込んだ魔法合戦。

一週間の学校機能の停止に、流石の教師陣も我慢の限界だったらしい。校長が直々に各派閥のリーダーを呼び出して問いただした。


——長期にわたる授業妨害。これは停学、いや退学処分ものだ。言い訳はあるかな土派の生徒会長?

——言い訳などありません。先生方に黙ってイベントの予行演習をしたことに変わりありませんから。


——ん? イベント? どういうことだ?

——この魔法に特化した学校ならではの、生徒たちによる魔法武闘大会です。いずれは王都全体に……。


——まてまてまて、全く話が見えない……。な、なんだ副会長その紙束は。

——今回の予行演習から考えたイベントの概要、および進行台本です。


——だ、だからなんのことだ! 今は君たち生徒会が起こした不祥事の話を……。

——参考までに、王都議会の意見もまとめてあります。反応は概ね良好、予算を組んでも良いと学連理事が。

——二人とも座りたまえ。詳しく話を聞こうか。


 こうして生まれたのがソールダム学連魔法祭である。

ちなみに、表向きには当時の校長の発案とされ、歴史にも名が残っている。大丈夫かこの学校。


 競技内容は魔法を使った試合。個人、団体の二部門がある。王都の学校代表で競い合うのが本大会。

そして、各学校で行う選抜予選がある。本大会で好成績の選手には推薦枠なども設けられるので。これに全力をかける生徒も多い。選抜予選といえどなかなか侮れない迫力ある試合が見られる。


「ソールダム学連魔法祭……」

「聞いたことない? 春先にある結構有名な大会なんだけど……」

「あー……。王都への旅行者が増える時期があった気がしたけど、それだったんだ……」


 感心した様子で頷くフィリア。前に田舎の出身と言っていたけど、それにしても浮世離れしている。 

 この大会はソールダム王国が国を挙げて行う大会。大会の結果が新聞に載るのだ。一度も目にしないことはないだろう。


「……やっぱり、エルフだから俗世からは離れて過ごしていたとか?」

「あはは、ジークはいつもそう呼ぶね。何それ?」


 君みたいな金髪とんがり耳の超絶美少女のことだよ、と心の中でツッコんだ。そもそも、俺が言っているエルフとは見た目の話。この世界にエルフという種族はない。

 人種がないわけではないが、エルフやドワーフ、獣人といった別種族はいない。剣と魔法がモチーフの世界観であったが、ゲームの方針で複雑になりそうなものはなくしたそうだ。

 だからこそ、あまりにも違和感のある特徴のヒロインに、出会った当初パニックを起こした。


「……俺の読んでいた物語の、森で生活している美しい種族がエルフって言うんだ」

「おやおや? ひょっとして私は今、ナンパをされているのかな?」


 フィリアはいたずらな表情で俺を見た。言われて初めて迂闊なことを言ったのに気がつく。

俺は慌てて否定する。その他三名が俺のことをニヤニヤと見ていた。お前らなんか言えよ。


「ち、ちがうって! たまたま、その、容姿の特徴が似ていたからってだけで……」

「ふふ、わかってるよ。そんなに否定されちゃうとちょっと傷つくよ?」

「わ、悪い……。別に否定した訳でもないというか……」


 しどろもどろになる俺を見て、クスクスとまた楽しそうに笑うフィリア。どうやら、またからかわれたようだ。

 好感度が黄色になってわかったことだが、普段は誠実な彼女だが、割と悪戯っぽい面がある。別に嫌な感じはないし、その度に好感度がちょっと上がるのだから、つい許してしまう。


 というか、めっちゃ楽しいです。なにこのラブコメ感。


「その、金髪でツンと耳が尖っているって特徴を持ってる種族なんだ」

「ああ、この耳ね。そんなに変かな?」

「い、いや、変ではないよ? むしろ似合っていると言うか……」

「あ、やっぱりナンパだ」

「だから違うって!」


 あはは、と笑うフィリア。

 裏設定まで読み込んだこの世界。ゲームに登場するヒロインたちのことは何もかも知っている。

だからこそ、会話の主導権を握れる。気軽に会話もできるし、どう接すればいいかもわかっていた。

 でも、目の前にいるヒロインのことは本当に何も知らない。何を言ったら喜ぶか、何を言ったら悲しむか、どんな性格なのかすら。この世界に転生して、初めての経験。


 もう一回いいます。なんだこのラブコメ感。めっちゃ楽しいんですけど!


 いや、落ち着こう。頭を冷やすんだ俺。

 騙されてはいけない。フィリアは今、魔王に関係するヒロインである可能性が大きい。これは罠。

 一歩間違えれば世界滅亡のバッドエンドになることもあり得る。たとえ、このやり取りが死ぬほど楽しくて、正直見た目も仕草もどストライクで、はじめてのヒロインを着実に攻略している充実感があったとしても。

 いや、いいんじゃないか? 魔王とか俺の勘違いかもしれないし? むしろバッチコイでは? いやでも……。

 苦悩する俺を他所に、フィリアは自分の耳について語り出した。


「この耳は生まれつきなんだ。他の人より耳がいいけど、それ以外は特にない。ちっちゃい頃はこの耳のせいでみんなに気味悪がられた」


 フィリアは何かを噛みしめるような顔で自分の耳を撫でた。


「ある日、私は村から出て一人になった。奇異の目で見られるこの耳はずっと嫌いだったんだ……」


 どこか遠い表情で空を見上げる。


「でも、ある人に出会った。その人は私の耳をたくさん褒めてくれた。この耳は魔力への感応が良くなる能力があったみたいで、自分の後継者に相応しいって私を拾ってくれた……」


 フィリアは何か大切なものを抱えるように、手のひらを抱いた。


「その人のおかげで、色んなことを知った。世界が広がった。生きてるのが楽しいって思えるようになった。だから今は、その人が好きだっていうこの耳が好き」


 今、フィリアは心から大切な思い出を話している。そう確信できるほど、彼女の表情は慈しみに溢れていた。


「ジーク、ありがとうね。この耳を褒めてくれたのは二人目。すごく、嬉しい」


 フィリアはニコっとはにかんだ。嬉しそうに、恥ずかしそうに。


 え、何この、ヒロイン力。君、本当にいなかったキャラクター? メインにいなかった?

ほら、なんか他の三人も妙に感動しちゃってるよ。そういえば君達いたね。忘れてたよ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。問題はフィリアをどうするかだ。

 俺の頭を冷やして、状況をゲーム的に捉えようとフル回転させた。先ほどの独白を思い出す。フィリアからいくつか見逃せないキーワードが出ていた。


 まず、辛い幼少時代。次に、ある人物との出会い。耳の能力。そして、()()()として見込まれたこと。


——これはもしや魔王の後継者として、フィリアが魔王になるパターン!


 恐らくその人物というのが滅びたはずの魔王。そして自らの手でフィリアを自分の器に仕立てようとしているのだろう。肉体は封印されているからな。

 なるほど、大体の流れが見えてきた。ゲーム的な見方をすれば、フィリアが魔王の器として完成する前に、彼女を助けるのが最終目標だ。魔王復活ルートの結末は、不完全な復活を遂げた魔王を滅してからのハッピーエンド。

 それはつまり、()()()()()()()ということだ。


 ふざけるな。そんなのをハッピーエンドなんて呼べるか。

まずはフィリアのいう、大切な人を知らなければならない。とりあえず探りを入れよう。


「……その人ってどんな方なの?」


 聞いた途端、フィリアは眼を爛々と輝かせ、残像が残りそうなほどの速度で俺に振り向いた。 

 あ、これ地雷だ。別の意味で。


「あのねあのね、お師様はね。とっても偉大な大魔導師なの! 王都ですら敵うものはいないんじゃないかってくらい理解が深いんだ。そして火水風土あらゆる魔術を超超高度な水準で合成できる天才の中の天才! 詠唱短縮どころか無詠唱、しかも足裏で魔法を行使できるんだよ! 森で狩りをするときに私はついていって見てたんだ。特に土魔法を使ったトラップや水魔法を使った捕縛が芸術的でうっとりするんだけど、でも、全盛期とは程遠いっていっつも自分を卑下するの。手とか杖を使わないで足で組み立ててるにもかかわらずだよ!? そんなすごいことしてるのに謙虚すぎるのがちょっと信じられない。でも、そんな謙虚なお師様も素敵だけどね。へへ……。しかも狩りもすっごく上手なの。弓の腕前が達人クラスで、しかも剣術も一級品! 足裏で魔法を扱いながら弓矢を使って魔物とも戦うんだよ! 凄いよね! 私も教えてもらってるけど、剣術はなかなかうまくいかないんだ……。でも、弓は太鼓判を押されたんだよ! 流石は私の弟子だって上手くいくとギュって抱きしめて、ずっと頭を撫でてくれて……えへへへへへへ。すっごくすっごく優しいんだ。だって最初に私を見たときもまずは傷を癒さないとなってボロ雑巾みたいだった私の傷を癒して、丁寧に拭いてくれたし……。そのあと、あったかいご飯を出してくれたときは思わず泣いちゃったんだけど、ずっとそばにいてくれたの。その時の私はお師様のことを全く信用してなかったから、その事についてなんも思ってなかったんだ。むしろ、すぐ豹変して私に暴力を振るうんだと思ってた。本当、当時の私って恩知らずだよ。死ねばいいのにって今でも思う。でもお師様はそんな事一切なくて、怒るときもあったけど、その時は私が大怪我するようなことを勝手にした時だけだった。自分が怪我するようなことがあっても全然気にしないんだよ? もう本当に素敵!」


「お、おう……」


 やばい、半分以上聞き取れなかった。まさかここまで陶酔してるとは。

 先ほどまで、神妙にこっちを見ていた三人が目をそらし、後の授業の話をしている。

 いや、聞けよ君達。頼むから空気にならないでくれ。


 なんとなく聞こえた限りだと、その人はお師様と呼ばれ、魔術と武芸に秀でた優しいお方らしい。

 俺は一度深呼吸すると、もう少し詳しく聞いて見ることにした。

 大丈夫だ。覚悟はできている。


「ぜ、全盛期ってことは今は結構お歳をめされてるのかな……?」

「そんなことないよ! 確かに実年齢はそこそこって言ってたけど、見た目は二十代後半って感じかな。艶のある黒髪、鳶色の瞳、凛々しい顔立ち、背が高くて、引き締まってて、足が長くて、まつ毛も長くて、声がよくて、いい匂いがして、おしゃれで、笑うと可愛くて……」

「そ、そっか! かっこいい人なんだね!?」

「そう! 王都でもなかなか見ることのできない紳士だよ!」


 思わず話の途中で返事をしてしまった。これ以上語られるとちょっと辛い。

 歳の割に見た目が若い、黒髪の男性か。なんとなくわかった、もういい。後半は主観が多分に入ったどうでもいい情報だろう。

 わかったことはもう一つ。俺が危険だと言っても無駄だということ。

今の彼女はその人を親同然に慕い、心酔している。そんなこと言えば、蛇蝎の如く嫌われてしまいそうだ。


「ちなみに、なんていう方なの?」


「名前? ルシフ・ランドっていうよ」


 そうか、それがラスボスの名前か。俺はまだ見ぬ最後の敵に、心の中で宣戦布告を放った。


「……フィリア、せっかくなら学連魔法祭の予選に参加して見たらどうかしら」

「え?」


 俺が心で覚悟を決めている間に、シルヴィは急に話の筋を戻した。妙に強引だな。


「学連魔法祭は王都でも人気のイベント。受賞すれば内申的にもすごく有利になるわ。今後フィリアが王都で研究室を持つ時にすごく役立つはずよ」

「でも……私は卒業したらお師様のところに帰るし……」


 シルヴィの誘いに難色を示すフィリア。どうやらイベントが嫌というよりも興味ないと言った様子。

 委員長の狙いはわかった。成績優秀なフィリアを参加させてクラスを盛り上げようとしているな。こういうことでは打算的に動くシルヴィ。らしいというか、なんというか。


「……受賞者は大々的に王都で発表されるの。あなたが優秀な魔導師って事になればお師様も鼻が高いと」

「やる。予選の申請ってどうすればいいの?」


 食い気味で参加表明をするフィリア。一瞬、シルヴィは眼を丸くするしたが、すぐにニコリと微笑んだ。フィリアはお師様が絡むとポンコツになるようだ。


フィリアの好感度、黄色のハート。

現在の数値、58。


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