『復活の兆し』
いきなりだが、この世界の元となったギャルゲー『学園ファンタズム! ~マジマジラブリケーション~』の概要を話そう。
「……ジーク?」
このギャルゲーは魔法が存在している世界を舞台にしたラブコメがメインの作品だ。しかし、剣と魔法のファンタジーという側面も兼ね備えているのでRPG的要素がおまけとして組み込まれている。
「何で黙っているの?」
このRPG要素がなかなかのクオリティで、これ単体でもゲームになるのではないかと言われるほど。
それもそのはず、このゲームの制作には世界的ヒットを出し続けるRPGシリーズのスタッフが入り、悪ノリで本格派なシステムを作り上げていたからだ。
「おーい。ジークー?」
そのあまりの完成度に本編のシナリオライターも触発された。そしてある条件を満たすと主人公の在学中に魔王が復活し、学校に襲いかかってくるというRPG風のルートを作ってしまった。
それが魔王復活ルートである。
「……何か言えない事情でもあるの」
「ひいっ!?」
現実逃避してただけです。そんなハイライトのない目で見つめないでください。魔王みたいです。
『復活の兆し』
俺の悲鳴に驚いて、先ほどまでパニックになって言い合っていた三人が振り返る。
「もう、ぼーっとしすぎだよ? それに女の子に悲鳴をあげるのは良くないんじゃないかな?」
「え? あ、いやごめん。そうですね……」
ぷーっと膨れるフィリア。その顔には先ほどまであった圧は消えていた。白昼夢だろうか。
「びっくりさせんなよ。何事かと思っただろ?」
「どうせいつもの考え癖が出たんでしょ? ジークはたまに上の空だから」
「ひょっとしてフィリアに驚いて悲鳴をあげたの? ビビリねー……」
おいちびっ子、お前には言われたくないぞ。
全く人の気も知らないで、とため息をついた。
魔王復活ルート。
ハーレムルートから派生するそれはヒロイン全てのが好感度の恋愛値が60以上、かつサポートキャラを含めた全キャラクターが好感度の友好値60以上であることで発生するルートだ。
このルートに入ると、専用アニメが流れる。RPGでよくある天変地異の前触れみたいなものだ。大地がとどろき、野生動物たちが一斉に逃走を始める。学園にいる馬やペットも落ち着きをなくし、そのせいで主人公たちは何かが起きたことに気づくのだ。
しかし、このルートを一周目で行うのがほぼ不可能。二週目以降の特典を持ってやっと到達できる。
今現在の数値は
・シルヴィ、恋愛値63
・リリーナ、恋愛値61
・カイン、友好値65
そして、今ここにいない二人のヒロインの恋愛値が確か65で横並びだったはず。
⋯⋯こうやってみるとヤバイな。もうリーチじゃないか。このまま二年の夏休みに入れば晴れて魔王復活ルートだ。
しかし、ここはゲームと違い現実。ゲームでは起こりえないタイミングで魔王復活ルートに入ることもあり得る。その結果フィリアが転校して来たのであればなんとなく納得ができる。
それにしてもおかしい。このルートの条件には特典がないと攻略がシビアすぎるライバルキャラの友好度もあったはず。アイツは確か二年の春にならないと現れなくて……。
あ、悲劇回避のために、昔マブダチになったんだった。もう友好値マックスじゃん。
……もしかして、ルート突入?
「ふふ、みんなあんまり責めないで? それで、魔王の肉体が封印されたってどういうこと?」
……いや、まだいけるかもしれない。
俺は気づいた。魔王復活ルートは全てのヒロインが恋愛値が60以上。
つまり、魔王復活のためには、ヒロインであるフィリアの恋愛値も必要。
この乱高下する数値は気になるが、すくなくともピンクのハートにはならないだろう。
とにかく、今後の方針は決まった。今後の学生生活はフィリアの好感度を上げすぎないようにすればいい。
この時の俺は失念していた。さっきも言ったがここは現実。何もかもゲームのようにはならないと。
「ああ、ごめん。話の続きだけど……」
魔王はあまりにも強大すぎた。もはや人外の能力をもつ四英雄をもってして絶望的なほどに。
城にも匹敵する質量は少し体を揺するだけで大地をえぐる。内包する魔力をこめたブレスは山を穿ち、天を割いた。
何よりも厄介なのはその再生能力。骨を砕き、肉をえぐろうが瞬く間に傷が治っていくのだ。
四英雄は考えた。標的は魔王の精神。精神が滅びれば、肉体も滅びることに賭けたのだ。
極限の戦いは連日連夜つづき、ついに魔王の精神を滅ぼした英雄たちであったが、戦いはそこで終わらなかった。
もはや肉体だけの亡骸にもかかわらず、魔王は暴れ続けた。
全てを出し尽くした英雄たちが絶望に包まれる中、土の英雄だけは一人立ち上がった。
――私の全てでもって、奴を封印する。
他の英雄たちの制止を振り払い、大地に巨大な裂け目を作った。そして、魔王の肉体もろともその裂け目に落ちていき、自分ごと魔王を封印するのであった——。
「……その時、土の英雄は魔王が肉体だけで活動できることを隠すため、封印の事実を秘匿にするように残った英雄たちに頼んだ。残された英雄は彼の意志を継いで事実を隠すことにした」
「……なんだよ、土の英雄。むちゃくちゃカッコいいじゃねぇか」
カインが目をにじませる。土の英雄の選択に打ち震えていた。
「それで生きているように見せかけるために、ノームの研究を……」
「研究の発表はもともと土の英雄の計画らしい。なにかあった際、この順に発表してほしいと手紙があったそうだ。暗号の解き方も全て記載してあったらしい」
「なにそれ!? それじゃまるで、死ぬことが前提みたいじゃない……!」
納得がいかないと、悲痛な声をあげるリリーナ。
土の英雄、ランドルフ・スーラ・ノームは魔法研究者だったが、同時に軍人でもあった。最悪の場合を想定していたのであろう。
「……本当の英雄であったノームの偉業を知るのは自分たちしかいない。風の英雄は土の塔に校長室を置いて、密かに彼を偲んでいたのね……」
讃えられることのない英雄の偉業を、シルヴィは偲んだ。
亡き偉大な英雄に祈るように、みんながうつむく。それはフィリアも同様だった。
しかし、彼女を疑っていた俺は怪しんだ。そっと耳をそばだててみる。
「……土の英雄……ランドルフ……あいつの……あいつのせいで……!」
ああ、これは黒だ。間違いない。
フィリアの上の矢印はどこかあさっての方を向いていた。
ハートは黒、数値は100。炎のようなオーラに包まれていた。
「……フィリア?」
「……! あ、ごめんジーク、聞いてなかった。どうしたの……?」
「いや、なんも言ってないよ。様子がおかしいからどうしたのかなって?」
「ううん、大丈夫! ちょっと想像と違う話を聞いちゃってびっくりしただけ」
パタパタと手を振って平気なアピールをするフィリア。
彼女の正体が何かは分からないが、警戒するに越したことはない。
今後は彼女の行動も監視していかないとな。俺は忙しくなりそうなこれからの日々に、内心でため息を吐いた。
「ありがとうね、ジーク」
「……え?」
「ううん。なんでもない」
ふふ、と微笑むフィリア。その笑顔はこれまでと違っていたような気がした。まるで、気心が知れた相手に向けるような、よそよそしくない雰囲気――。
ハッとした俺はフィリアの好感度を見た。矢印は俺に、数値は30。
ハートの色は黄色になっていた。
魔王復活のカウントゲームが始まった瞬間だった。