『脈動』
およそ二百年前、世界は当時4つの国が軍事的に拮抗する戦乱の時代であった。
各国は優位性を手にすべく謀略を張り巡らし、国境付近は小競り合いが続いていた。
そんな中、ある日突然、そいつは現れた。
見上げるほど巨大な体躯、禍々しくねじ曲がった二本の角、空を全て覆い尽くさんと広がる一対の翼。
その後魔王と呼ばれることとなる、一匹の黒いドラゴンである。
『脈動』
この世界に魔物はいれど、その強さや大きさは現代の動物とそれほど差がない。せいぜい象より少し大きい奴がいる程度だ。竜といった存在も、現代と同じく空想上の存在だった。
そんな世界に、城に匹敵する大きさの飛行能力を持った生命体が現れたのだ。世界にとって、まさに青天の霹靂。
魔王は出現するやいなや、四つの国を見境なく襲撃した。各国は抵抗を試みたが、空中を自在に飛び回る魔王になすすべもなく、街は蹂躙されていった。
そんな状態になってなお、まとまりを見せない四つの国。それを見かねて立ち上がった人物がいた。
ジョゼフ・ソールダム・サラマンドラ。後にソールダム王国の1代目国王となる火の英雄であった。
当時、四英雄は各国の戦略兵器として扱われていた。それぞれがただの一人で国を潰すことのできる規格外。一度四つの国は彼らを衝突させたことがある。その時は半径10キロの地域が、生物の住めない不毛の大地と化した。
しかし、どういうわけか数日もしないうちにその広野は鬱蒼とした森へと変わり、しばらくするとただの平原に戻っていたのである。
四つの国は彼らを恐れた。以降、彼らを戦争において稼働させてはならないという条約が結ばれる。
そして彼らは長い間、抑止力としての役割を担っていた。
そんな彼らがジョゼフを中心に、国という垣根を超えて手を結んだ。世界を脅かす未曾有の大災害に挑むために――。
「……というのが、まぁざっくりした冒頭なんだけど」
「絵本とそんな変わらないわね。ちょっと軍記よりになったことぐらいかしら」
リリーナが拍子抜けした、といった顔をしている。
そう、実は国内に出回っている子供向けの派手な物語と変わらない展開なのだ。
黒き魔王は、四つの国で最も強い戦士たちによって退治された。その後四英雄は国に凱旋し、火の英雄は国王となった。水の英雄は大臣となり、風の英雄は学校を作る、そして土の英雄はたくさんの研究を発表し、それぞれが国を豊かにした。物心がつき始めた子供でも知っているお話だ。
そういった事情はゲーム内で触れることはなかったが、絵本や小説で四英雄の活躍をみて目を丸くしたのを覚えている。脚色なしかよと。
「……いや、逆に創作とほぼ同じってことが衝撃だよ。なんだ不毛の大地を数日で森にするって」
「本当、同じ人間とは思えないわ……」
カインとシルヴィは驚いている。禁書の記録自体が、脚色されていると疑っているかもしれない。何も知らなければ俺も疑っていただろう。
俺はこの世界自体がそもそも創作だということを知っているので、設定上、ありえない実力を持った四人の英雄がいたのを知っている。しかし、元からこの世界の住人である彼らには衝撃だったようだ。
「いや、しかし現代魔法の祖と言われた土の英雄がそんなすごい奴だったなんてな。てっきり引きこもりの研究熱心な爺さんだと思ってたぜ」
「カイン、しっかり授業は聞きなさい。ノームは軍人だったって習ったでしょう。そもそも、当時のノームは二十代前半。お爺さんじゃないわ」
「……俺の兄貴と同じくらいかよ。昔ってすげぇな」
しみじみとした顔で納得したように頷くカイン。
いや、そういうことではないんじゃないか。みんな口には出さないが、表情がそういっていた。
「で、それから四人は魔王を倒して一件落着って流れでしょ? 四人は崩壊しかけた国々を一つにしてジョゼフ・ソールダムを第一国王に置いて再建したって」
せっかちなリリーナが俺の話を引取り、答えをせっつく。しかし、物語と違うのはここからなのだ。
「実は魔王を倒したところまでは一緒なんだ。ただ、戦いが終わったとき、残っていたのは三人。火と水と風だけだった」
物語と違う決戦の結末に一同が驚く。それもそのはず、この話は物語どころか歴史の授業で聞く話とも違うからだ。
「どういうこと? だって四人の凱旋に誰もが歓声をあげたって!」
「そうだ! ノームの研究って、魔王戦争の終了後も数十年に渡り発表されただろ?」
「英雄の顔を知っているものは限られていたんだ。だから彼らは芝居を打って、従者の一人を影武者にしたんだ。禁書の記録もその影武者が残したものだった」
一同は驚く。誰もが知ってる歴史の裏にそんな事実が隠されてるとは夢にも思わなかったのだろう。
「魔王は、土の英雄の犠牲によって、肉体を封印されたんだ」
そして俺は見てしまった。フィリアの顔が一瞬、激しい憎悪で歪んだことに。
「土の英雄が封印って……。そもそも、魔王の肉体の封印ってなんだよ!?」
カインが俺に詰め寄る。その疑問は最もだ。魔王の肉体の封印とは? では精神はどうしたのか?
その質問に答えてやりたいが、さっきちらっと見てしまったフィリアの表情が気になる。
そして、みんながあまりにも深刻なのも気になる。確かにやばい話ではあるけど過去の出来事だ。慌てすぎだろう。
どうしようかと考えてると、シルヴィがカイルを手で制した。
「ジークに詰め寄ったって仕方ないでしょ! 一旦落ち着きなさい!」
冷静なようで、深刻な表情のシルヴィ。仕切りにメガネの位置を直していてなにやら余裕がない。
そっちこそ落ち着いてシルヴィさん。別に今すぐどうこうって話はしてないんだよ? 魔王は、今後俺がトチるとあれだけど、まだ大丈夫だ。
「あああ相変わらずカインは、び、ビビリねぇ。そ、それでジーク、そのあと、その、魔王ってどうなったの……?」
リリーナ。煽るのはいいけど、すごく震えているよ? あとそんな不安な顔しないで。すぐ世界が滅ぶとかじゃないから落ち着いてね?
三人の様子はまさに阿鼻叫喚といった様子であった。
みんながこれほど慌てているのにも理由がある。魔王は、恐怖の権化として躾によく扱われる。悪いことしたら魔王が来る。好き嫌いしたら魔王に食われる。いうこと聞かないと魔王に連れてかれるなどだ。
簡単に言うと、お化けがくるぞ、である。
だから、幼少からそう教育されてきた彼らは魔王に対し潜在的な恐怖を感じている。俺の話が本当か嘘かもわからないというのに、もうすでに彼らは魔王が本当にいると信じきっていた。
「……こりゃ、全部話さないとダメだな」
三人の様子に俺はそう感じた。中途半端で終わるとこの三人は落ち着かないだろう。
しかしあれだ。目の前でパニクる人を見ると逆に冷静になるというのは本当だな――。
「ごめん、ジーク。話の続き、聞いてもいい?」
慌てる三人をよそに、フィリアが申し訳なそうな顔をして続きを促してくる。
しかし、瞳孔が全開だ。拒否は絶対許さない、目がそう言っている。
チラリと頭の上を見みた。
黒いハート、数値は99に上昇。脈動するかのように明滅していた。
矢印は俺にではなく、どこかあさっての方向をむいていた。何に対してかはわからない。
……これ本当に続き話して大丈夫だよね。
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