『土風論争』
土風論争。
それはこの学校でおよそ百五十年続く、学生討論会の議題の一つだ。
その内容は、なぜ風の英雄シルフは、土の塔に校長室を設けたのかである。当初は校長室の謎と言われ、よくある学校の七不思議の一つを討論した内容だったそうだ。
学生討論会とはいうが、そんなのは名ばかりでどこにでもある部活動のひとつに過ぎなかった。
食堂で一番美味しいメニュー、学園一の美人など、討論する内容はファミレスでやればいいようなものばかり。そんなほぼ帰宅部とかわらない集団だ。
時には、魔法学についてや学校の方針など、そこそこいい題材で議論をすることもあったが、大抵はグダグダに終わる。所属の大半が知識人でないので、結局まとまらないのだ。そもそも面白くないから続きもしない。
そしてこの土風論争も、もとはそのつまらない議題のひとつだった。
ある日、この校長室の謎が、学園祭の学生討論会のイベントで扱われた。
はじめは学園一の美人を決めるというテーマだったそうだが、ミスコンとかぶると言われて渋々この題材にしたらしい。その交渉の際、生徒会も参加するなら、ということで折り合いをつけたそうだ。
そして、それが全ての始まりだった。
当時圧倒的カリスマを誇っていた生徒会が参加したことでイベントは大いに盛り上がった。いや、盛り上がり過ぎた。
生徒会長がリーダーの風派。土の英雄に借りがあった風の英雄は、その借りを返すためという説の派閥。
副会長がリーダーの土派。土の英雄が発表した研究に風の英雄が負けを認め、その敬意を込めたという説の派閥。
最初は粛々と行なっていた討論。しかし、やがて白熱していき、過激になり、収集がつかなくなった。罵詈雑言が飛び交い、襟首を掴みあい、観客をも巻き込んで激化。そしてこれは生徒会が二分するという事態にまで発展、学校中を巻き込んで泥沼化していく。
以後、この事件は土風論争といわれ、以降百五十年悪い意味で続いていくこととなる。
多分に私情が含まれたこの二つの派閥は、生徒会選挙に直結する派閥となった。
体育祭の組み分けが風組、土組。食堂も左右で二分。トイレも階で見分けなんてことも当たり前にあったそうだ。
最もこじれた時は小競り合いや暴力沙汰、バリケードを作り合っての魔法合戦が勃発。一週間全ての授業がストップしたということもあったそうな。
現在はだいぶ落ち着いているが、表に出ていないだけであって、今なお水面下では激しい戦いが切り広げられている。
「えっと……。もう一度聞くけど校長室の話だよね?」
俺らは一同に頷いた。
『土風論争』
そう、さっきから話しているのは校長室の話だ。
まさか、英雄シルフも自分が校長室が土の塔にある理由を明かさなかったばかりに、こんな内紛じみた殺伐な論争が起きているとは夢にも思わないだろう。きっと草はの陰で泣いているに違いない。
「まぁ、散々脅したあとで言うのもなんだけど、学生討論会だったり生徒会にかかわらなければそんなにひどい連中じゃないから気にしなくていいよ」
「そうそう。奴らも自分たちの悪評をわかっているから、他人に押し付けるなんてことはまずしないし」
「まずってことは、たまに強引ってことだよね……」
フィリアは少し青い顔でにが笑いをしている。多分関わりたくないってことだろう。気持ちはわかるぞ。
俺もたまたま、生徒会室に入ることがあったんだが、会長に、ところで君は何派かねって言われた時は生きた心地がしなかった。生徒会全員が何を考えているかわからない真顔で俺を見ていたからな……。
「だから、大声でこの話をすると奴らが出てくるからみんなしないのよ。フィリアも気をつけてね」
「なるほどね。みんなありがとう……。でも結局、校長室のことは分からずじまいか」
フィリアは微笑んだ。その顔はどこか寂しそうで、残念そうにみえた。
「理由、知りたかったな……」
いつも、教室では明るく優しく振る舞うフィリア。
でも、今の何かを我慢をする姿が、消え去りそうに儚く見えて——。
だから、つい俺は言ってしまった。
「……本当の理由、教えてあげたいな」
「え? まじ? ジークひょっとして理由知ってるの?」
言ってからハッとした。校長室の真実はゲーム的裏設定。しかもこの国の重要機密。正直、俺からの情報と言われると色々まずい。しかし時すでに遅く、俺がポツリと呟いた言葉はカインに耳に届いてしまったようだ。
「やめなさいよジーク。木偶の坊が間に受けてるわよ」
「なんだと、小粒チョコ!」
「な、この木偶の坊! もう一度いってみなさい、ただじゃおかないから!」
「やめなさい二人とも! みっともないから」
リリーナはどうやら俺の冗談と受け止めたようだ。
これ幸いと、冗談で終わらそうとしたがその時、いきなりフィリアが俺に詰め寄った。
「本当に!? フリントウッドくん知ってるの!?」
「お、おちついてランドさん……ちょっと近い」
ワクワクした様子で目を輝かすフィリア。絶句するほど可愛いい顔が、鼻がつきそうなところまで来ている。顔がかあっと熱くなった。
「ほら、フィリア。品がないわよ。男子にそんな近づかない」
「ご、ごめんシルヴィ……。それにフリントウッドくんも」
少し照れながら離れるフィリア。ホッとしたような、残念なような。
そんな気持ちを悟られないように、俺は視線を逸らした。
「い、いやいいよ……。あと、フリントウッドは言いづらいだろ? ジークでいい」
「そっか。じゃあ私もフィリアでいいよ。ジーク」
いつものふわりとした笑顔を浮かべるフィリア。どうやらいつもの調子に戻ったようだ。
ふと、気になって好感度を見てみた。
相変わらず黒のハートだが、数値は40まで下がっていた。
いや、数値高くね? 絆されそうになったけど騙されないよ?
今だに高い黒ハートの数値にしょぼくれていると、リリーナが問い詰めてきた。
「で、それが本当ならなんでそんなこと知ってるの?」
痛いところを突かれてしまった。さすが商家の生まれ、疑り深いと言うかせっかちというか。
ここで俺が、この世界は前世でやり尽くしたゲームの世界だから知ってるんだよ、というと可哀想な人を見るような目を向けられるだろうから適当にごまかしておく。
「うちの親父の知り合いが話してくれたんだよ。魔王戦争の重要文献にあったとかで」
とっさに出た言い訳であったが、まるで嘘というわけではない。裏設定では四英雄の真実を綴った記録が王立図書の最奥にあるのだ。魔王の正体も倒された場所も書かれてしまっているので禁書扱いで封印されている。
「ああ、ジークのお父様は王立図書の司書長だったものね。それで……」
「そういうこと。これ禁書の情報だから知れ渡るとみんな前科持ちだよ」
「え、そんな危ない情報なの? 俺ちょっと席外そ……」
「今更ビビってんじゃないわよバカ」
「あだだだだ! わかったから耳引っ張るなって!」
ここにいるメンバーはフィリア以外メインキャラだから信頼はしている。でも、一応口止めはしておこう。
「ジーク、その重要文献の話詳しく聞かせて!」
さて、本題に戻ろうと語りだしたその時だった。俺の言い訳に意外なほどに食いついた者がいた。
転校生のフィリアだ。先ほどと同じように俺に迫る。
さっきまで、学校の噂にウキウキする少女の目だった。
だが今はうってかわり、まるで狙っていた何かを見つけたような獣のような目。校長の話というよりは、魔王戦争に食いついている様子。
……あれ? ひょっとしてこの子、魔王に関係するヒロイン?